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第一章
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「これが『雨傘』」
タブレットに表示された絵は、まず「青」という印象が頭に飛び込んできた。青いドレスを着て、青い傘をさしている女性。子供や男性の姿もある。左手前の女性は、傘をささず、バスケットを手に優しく微笑んでいた。困っているようにも見える。
絵画の良さはわからないけれど、とても綺麗な絵だと思った。
「素晴らしいでしょう。絵だけでなく、この作品にはルノワールの苦悩が描かれているの。左右で少し、絵のタッチが違うでしょう? 四年という時間をあけて描かれたの」
見ただけでは、そんなに違いがあるようには思えない。けれど、そういう背景があるなら、そうなんだろう、と反論せずにタブレットの画面を見ていた。
「気に入って模造品を買った。それが、盗まれてしまったの」
盗まれた、という穏やかではない話になって、私は瑠々の顔を見た。今までの偉そうな態度とは違い、女の子らしい、儚げな表情に見えた。
でも……本物ならともかく、模造品ならまた買えば良いのでは……そんなこと、私に言われなくてもわかるか。そうしないってことは、何か理由があるんだろう。
瑠々は私の顔を見ると、また小生意気な顔つきになった。
「模造品なんだから、買いなおせば? と思ってるでしょ」
図星をつかれたが、私は慌てて首を振った。
「思ったけど、そうしないってことは想い出がある、大切なものなんだろうなって思い直したもん」
見透かされて、それを隠すためにちょっと大げさに言った。すると、瑠々はまた女の子らしく微笑んだ。
喜んでいるのだろうか。よくわからない子だ。
「それを探すために、淳悟さんと?」
「そう。暇人だから声をかけたの」
暇人、と言われ、淳悟さんは苦笑いをした。反論はしないので、どうやらヒマなのは事実らしい。
「ここは昔ホテルとして使われていて、そこに飾っていた絵なの」
「華族が建てたと聞いたよ」
淳悟さんが言っていたことを思い出す。
「そう。それを買い取ってね。キャンプ場が出来てからは喫茶店として利用していたのだけど、キャンプ場も無くなって、喫茶店も閉じたの」
キャンプ場が活気のあった時代、私は生まれていなかった。このお屋敷にはずいぶんと歴史があるのだな、と私はまたきょろきょろとあたりを見回した。
確かに豪華なシャンデリアはあるけれど、それくらいしか目立つものがない。ホテルや喫茶店の家具などは片付けられてしまったのだろう。静かに高級感を保ったまま、ここに存在し続けてきたのかな。
あれこれ考えている私を他所に、瑠々はよく通る可愛い声で独り言のように呟いた。
「昔の話はいいわ。『雨傘』を見かけたら教えて。とはいえ、世の中に模造品はいくらでもあるから、見つかる気はしないのだけど」
「よかったですね。自己紹介して、目的を話して。これで、二人はお友達だ」
ニコニコと、淳悟さんが言う。しかし瑠々は首を振った。
「ただの社交よ」
冷たい物言いに、私も強い口調で反論する。
「社交って何。私だって、これだけで友達認定されたら困る」
私のそっけない返事に、瑠々はため息をついた。
「はいはい、私が悪うございました」
瑠々はカフェオレを残し、タブレットを手に立ち上がる。
「別に、あなたが悪いわけじゃ」
キツイ言い方をしてしまった。ごめんと言えずに、中途半端にかばうような事を言うと、冷ややかな顔で見下ろしていた瑠々と目が合う。
「いいの。私と友達になりたいからここに来たのではないものね。淳悟が余計なことしてくれたせいで、私もこの子も嫌な気持ちになったわ」
淳悟さんを鋭く見やると、黙って部屋から出て行った。言っている本当の意味がわからなくて、私は戸惑った。あの子は私に怒っているわけでも淳悟さんに怒っているわけでもない。自分に怒っている、という感じ。
「違います、淳悟さんが悪いわけじゃないです。私が、すぐ怒ったから」
すぐに否定の言葉をかける。淳悟さんは気にしていないような顔で、カフェオレを口にしていた。
「まぁ、瑠々さんの言う事も一理あります。すみませんでした」
私があんな態度をとったせいで、皆が嫌な思いをしてしまった。今日に限ったことじゃない。
これじゃあ、同じ事の繰り返しだよ。
タブレットに表示された絵は、まず「青」という印象が頭に飛び込んできた。青いドレスを着て、青い傘をさしている女性。子供や男性の姿もある。左手前の女性は、傘をささず、バスケットを手に優しく微笑んでいた。困っているようにも見える。
絵画の良さはわからないけれど、とても綺麗な絵だと思った。
「素晴らしいでしょう。絵だけでなく、この作品にはルノワールの苦悩が描かれているの。左右で少し、絵のタッチが違うでしょう? 四年という時間をあけて描かれたの」
見ただけでは、そんなに違いがあるようには思えない。けれど、そういう背景があるなら、そうなんだろう、と反論せずにタブレットの画面を見ていた。
「気に入って模造品を買った。それが、盗まれてしまったの」
盗まれた、という穏やかではない話になって、私は瑠々の顔を見た。今までの偉そうな態度とは違い、女の子らしい、儚げな表情に見えた。
でも……本物ならともかく、模造品ならまた買えば良いのでは……そんなこと、私に言われなくてもわかるか。そうしないってことは、何か理由があるんだろう。
瑠々は私の顔を見ると、また小生意気な顔つきになった。
「模造品なんだから、買いなおせば? と思ってるでしょ」
図星をつかれたが、私は慌てて首を振った。
「思ったけど、そうしないってことは想い出がある、大切なものなんだろうなって思い直したもん」
見透かされて、それを隠すためにちょっと大げさに言った。すると、瑠々はまた女の子らしく微笑んだ。
喜んでいるのだろうか。よくわからない子だ。
「それを探すために、淳悟さんと?」
「そう。暇人だから声をかけたの」
暇人、と言われ、淳悟さんは苦笑いをした。反論はしないので、どうやらヒマなのは事実らしい。
「ここは昔ホテルとして使われていて、そこに飾っていた絵なの」
「華族が建てたと聞いたよ」
淳悟さんが言っていたことを思い出す。
「そう。それを買い取ってね。キャンプ場が出来てからは喫茶店として利用していたのだけど、キャンプ場も無くなって、喫茶店も閉じたの」
キャンプ場が活気のあった時代、私は生まれていなかった。このお屋敷にはずいぶんと歴史があるのだな、と私はまたきょろきょろとあたりを見回した。
確かに豪華なシャンデリアはあるけれど、それくらいしか目立つものがない。ホテルや喫茶店の家具などは片付けられてしまったのだろう。静かに高級感を保ったまま、ここに存在し続けてきたのかな。
あれこれ考えている私を他所に、瑠々はよく通る可愛い声で独り言のように呟いた。
「昔の話はいいわ。『雨傘』を見かけたら教えて。とはいえ、世の中に模造品はいくらでもあるから、見つかる気はしないのだけど」
「よかったですね。自己紹介して、目的を話して。これで、二人はお友達だ」
ニコニコと、淳悟さんが言う。しかし瑠々は首を振った。
「ただの社交よ」
冷たい物言いに、私も強い口調で反論する。
「社交って何。私だって、これだけで友達認定されたら困る」
私のそっけない返事に、瑠々はため息をついた。
「はいはい、私が悪うございました」
瑠々はカフェオレを残し、タブレットを手に立ち上がる。
「別に、あなたが悪いわけじゃ」
キツイ言い方をしてしまった。ごめんと言えずに、中途半端にかばうような事を言うと、冷ややかな顔で見下ろしていた瑠々と目が合う。
「いいの。私と友達になりたいからここに来たのではないものね。淳悟が余計なことしてくれたせいで、私もこの子も嫌な気持ちになったわ」
淳悟さんを鋭く見やると、黙って部屋から出て行った。言っている本当の意味がわからなくて、私は戸惑った。あの子は私に怒っているわけでも淳悟さんに怒っているわけでもない。自分に怒っている、という感じ。
「違います、淳悟さんが悪いわけじゃないです。私が、すぐ怒ったから」
すぐに否定の言葉をかける。淳悟さんは気にしていないような顔で、カフェオレを口にしていた。
「まぁ、瑠々さんの言う事も一理あります。すみませんでした」
私があんな態度をとったせいで、皆が嫌な思いをしてしまった。今日に限ったことじゃない。
これじゃあ、同じ事の繰り返しだよ。
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