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第一章
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グラスが三つ、すでに並べてある。シンプルな、透明なグラス。ブランド物なのか、百円ショップのものなのか、私には区別が付かない。でも、とっても綺麗。磨いてあるのかな。
白地に青い花が描かれた、古めかしいけれどオシャレなデザインのやかんは、音と湯気を立て始めていた。淳悟さんは火を消し、やかんのお湯を少しだけコーヒーの粉に注いでまたコンロに置いた。
「お湯、こんなちょっとでいいんですか?」
「少量のお湯で粉を湿らせて少し時間を置くんです。すると、コーヒーの芯からの香りと風味が顔を出してくれるんですよ」
うっとりと鼻で息を吸った。意味はよくわからないけれど、美味しく飲めるならいいか。
「うちは、お湯に溶けるインスタントしかないからなぁ」
「それはそれで、どれも美味しいですよ。今日は粉ですが、インスタントも飲みます」
「淳悟さん、大人の男性、って感じですね。私の周りはバカな中学生男子しかいないから」
クラスの男子を想像すると、幼稚で腹が立ってくる。私をいつもからう。色黒ゴボウ足とか、脳筋とか。私よりテストの点が悪い奴もいるのに。バカにされる筋合いはない。
バカ、という言葉に淳悟さんは苦笑した。いけない、口が悪かった。私は手で口をおさえた。
「それじゃあ、好きな男の子はいなさそうですね」
「いません。男子なんて嫌い」
これ以上口を開くと嫌われてしまいそうだから、私は一声だけ答えた。
「どんな人がタイプなんですか。男性でも、女性でも」
「タイプ、ですか」
恥ずかしいけれど、本当のことだし。私は正直に答えることにした。
「淳悟さんみたいな、大人の男性です」
ああそう、ありがとう。そう言って余裕の微笑みを返してくれる。そう思ったのに、淳悟さんは目を軽く見開いて、慌てたように顔を逸らした。
「そう、なの」
嬉しそうに顔をくしゃっとさせて、やかんを手にしてコーヒーの粉にお湯を注いだ。
「そんな、気を遣わなくても……別に……。あ、社交辞令だよね、そうだよね」
もごもご言いながら、照れていた。
その姿を見て、私も嬉しくなった。私が褒めたことで、こんなに嬉しそうに笑ってくれる人がいるんだ。胸がほわほわして、あったかい。
「本当です。社交辞令が言えるほど大人じゃないので」
言いながら、緊張してしまった。深い意味なんてないつもりだった。素敵だって思うのは本当だけれど。
淳悟さんは、やかんを手にしたり、メガネを押し上げたり、落ち着きがなくなっていた。その意外な姿がとても可愛らしい。
もう少し、淳悟さんとお話していたい。そう思っていたらダイニングから物音が聞こえた。
淳悟さんの顔を見ると、先ほどまでの笑顔とは違う、また大人の余裕をのぞかせる笑みに戻っていた。
「瑠々さん、やっぱり気になって来たようですね。梨緒子ちゃんも、行ってあげてください。カフェオレ、ちゃんと三人分入れていますから」
さっきグラスを三つ用意したのは、こうなることがわかっていたからか。淳悟さんからしたら、あの子がこういう行動をするのはお見通しだったわけだ。
また文句や嫌味を言われたら嫌だな、と思いながら、ダイニングに戻る。そこには、椅子に座った瑠々の姿があった。足組んで腕組んでるし。
めんどくさい雰囲気。げんなりしながら、私は声をかけた。
「何か嫌なこと言いにきたの?」
少女は、心外だといわんばかりに靴を床に打ち付け、鳴らした。茶色のローファーは、やっぱりぴかぴかだ。
「人を危険人物みたいに言うのはよしてよ」
「なんなの。さっきはすぐに姿を消したのに、今度は偉そうに座って睨みつけるなんて」
負けじと、私も腕を組んで敵の前に立った。
「勝手に人の家来て、文句言われる筋合いないわ。友達になりたいって? そっちこそ偉そうになんなのよ」
白くて、そばかすも毛穴もないような頬を膨らませて言う。言葉遣いとかリアクションとか、なんか古い。
「こっちだって、そんなつもりで来た訳じゃない。『ふじくぼ』ってなんだろうってウロウロしていたら、淳悟さんが来てみないかって誘ってくれただけ」
いろいろはしょったけど、ぎゅっとまとめるとこうだ。
ふーん、と顔をにやけさせながら頷いた。
「淳悟がかっこいいから、ほいほいついてきたわけね」
「……そうだよ」
「淳悟がかっこいい事は否定しないのね」
先ほどまでのやり取りを思い出し、私は言い返せなくなった。顔、赤くなってたら悔しい。負けた気がする。冷静でいなくては。
「カフェオレ飲んだら帰るから、心配しないで」
私が強く言うと、今度は何も言い返してこなくなった。
何を考えているのか、少女は黒目がちの大きな瞳で私を見やった。沈黙があるとどうしていいかわからない。何を言いたいのだろう。
「帰らないで欲しいんですよね、瑠々さん」
台所から、白いトレイにグラスを三つ乗せた淳悟さんが出てきた。優しい手つきで、それをテーブルの上に並べる。
「さ、瑠々さんもどうぞ。腕組みなんて、仲良くなりたい人の前ですることじゃないですよ」
優しくたしなめられ、二人同時に腕を下ろした。意地になって、恥ずかしいところを見られてしまった。
白地に青い花が描かれた、古めかしいけれどオシャレなデザインのやかんは、音と湯気を立て始めていた。淳悟さんは火を消し、やかんのお湯を少しだけコーヒーの粉に注いでまたコンロに置いた。
「お湯、こんなちょっとでいいんですか?」
「少量のお湯で粉を湿らせて少し時間を置くんです。すると、コーヒーの芯からの香りと風味が顔を出してくれるんですよ」
うっとりと鼻で息を吸った。意味はよくわからないけれど、美味しく飲めるならいいか。
「うちは、お湯に溶けるインスタントしかないからなぁ」
「それはそれで、どれも美味しいですよ。今日は粉ですが、インスタントも飲みます」
「淳悟さん、大人の男性、って感じですね。私の周りはバカな中学生男子しかいないから」
クラスの男子を想像すると、幼稚で腹が立ってくる。私をいつもからう。色黒ゴボウ足とか、脳筋とか。私よりテストの点が悪い奴もいるのに。バカにされる筋合いはない。
バカ、という言葉に淳悟さんは苦笑した。いけない、口が悪かった。私は手で口をおさえた。
「それじゃあ、好きな男の子はいなさそうですね」
「いません。男子なんて嫌い」
これ以上口を開くと嫌われてしまいそうだから、私は一声だけ答えた。
「どんな人がタイプなんですか。男性でも、女性でも」
「タイプ、ですか」
恥ずかしいけれど、本当のことだし。私は正直に答えることにした。
「淳悟さんみたいな、大人の男性です」
ああそう、ありがとう。そう言って余裕の微笑みを返してくれる。そう思ったのに、淳悟さんは目を軽く見開いて、慌てたように顔を逸らした。
「そう、なの」
嬉しそうに顔をくしゃっとさせて、やかんを手にしてコーヒーの粉にお湯を注いだ。
「そんな、気を遣わなくても……別に……。あ、社交辞令だよね、そうだよね」
もごもご言いながら、照れていた。
その姿を見て、私も嬉しくなった。私が褒めたことで、こんなに嬉しそうに笑ってくれる人がいるんだ。胸がほわほわして、あったかい。
「本当です。社交辞令が言えるほど大人じゃないので」
言いながら、緊張してしまった。深い意味なんてないつもりだった。素敵だって思うのは本当だけれど。
淳悟さんは、やかんを手にしたり、メガネを押し上げたり、落ち着きがなくなっていた。その意外な姿がとても可愛らしい。
もう少し、淳悟さんとお話していたい。そう思っていたらダイニングから物音が聞こえた。
淳悟さんの顔を見ると、先ほどまでの笑顔とは違う、また大人の余裕をのぞかせる笑みに戻っていた。
「瑠々さん、やっぱり気になって来たようですね。梨緒子ちゃんも、行ってあげてください。カフェオレ、ちゃんと三人分入れていますから」
さっきグラスを三つ用意したのは、こうなることがわかっていたからか。淳悟さんからしたら、あの子がこういう行動をするのはお見通しだったわけだ。
また文句や嫌味を言われたら嫌だな、と思いながら、ダイニングに戻る。そこには、椅子に座った瑠々の姿があった。足組んで腕組んでるし。
めんどくさい雰囲気。げんなりしながら、私は声をかけた。
「何か嫌なこと言いにきたの?」
少女は、心外だといわんばかりに靴を床に打ち付け、鳴らした。茶色のローファーは、やっぱりぴかぴかだ。
「人を危険人物みたいに言うのはよしてよ」
「なんなの。さっきはすぐに姿を消したのに、今度は偉そうに座って睨みつけるなんて」
負けじと、私も腕を組んで敵の前に立った。
「勝手に人の家来て、文句言われる筋合いないわ。友達になりたいって? そっちこそ偉そうになんなのよ」
白くて、そばかすも毛穴もないような頬を膨らませて言う。言葉遣いとかリアクションとか、なんか古い。
「こっちだって、そんなつもりで来た訳じゃない。『ふじくぼ』ってなんだろうってウロウロしていたら、淳悟さんが来てみないかって誘ってくれただけ」
いろいろはしょったけど、ぎゅっとまとめるとこうだ。
ふーん、と顔をにやけさせながら頷いた。
「淳悟がかっこいいから、ほいほいついてきたわけね」
「……そうだよ」
「淳悟がかっこいい事は否定しないのね」
先ほどまでのやり取りを思い出し、私は言い返せなくなった。顔、赤くなってたら悔しい。負けた気がする。冷静でいなくては。
「カフェオレ飲んだら帰るから、心配しないで」
私が強く言うと、今度は何も言い返してこなくなった。
何を考えているのか、少女は黒目がちの大きな瞳で私を見やった。沈黙があるとどうしていいかわからない。何を言いたいのだろう。
「帰らないで欲しいんですよね、瑠々さん」
台所から、白いトレイにグラスを三つ乗せた淳悟さんが出てきた。優しい手つきで、それをテーブルの上に並べる。
「さ、瑠々さんもどうぞ。腕組みなんて、仲良くなりたい人の前ですることじゃないですよ」
優しくたしなめられ、二人同時に腕を下ろした。意地になって、恥ずかしいところを見られてしまった。
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