25 / 26
第七章
由加の挑戦
しおりを挟む
やった後悔をしてみようと思ったものの、なにをやればよいのやらわからない。まったく経験が浅すぎる。
これまで男性と交際したことはあるけれど、たいてい相手からなんとなく好意を持たれ、そしてなんとなく興味を失われるといった感じで、薄めすぎたカルピスのような恋愛しかしてこなかった。
自分から行動するのははじめてだ。
でも、おにぎり屋の店員である以上、個人的にダイレクトメッセージを送って店に来てもらうよう呼びかけるのは気が引けた。まして、大した交流もないのにいきなり仲良くなりたいと言うのも、相手からしたら恐怖でしかない。
まずはちゃんと、お客さんとして来てもらって、好感を持ってもらいたい。
でも、平日は会社員として働く理一が来ることは稀だ。だったらと、朋子に提案する。
「月に何回か、土曜日も営業しない?」
自宅のリビングでくつろぐ朋子に提案する。側には修もいた。あれから、ふたりは同じ空間で過ごすことが増えた。
「土曜日? うーん、おやすみが減るのは体調的にきついんだけど……どうして?」
「玉砕覚悟で自分を売り込めって言ったのはお母さんなんだから、責任とって協力してもらうよ」
その言葉で、朋子は理解したようだ。宅配の時みたいに、反対はさせない。やった後悔をさせてほしい。
「娘の初めてのやる気に免じて、協力しましょ」
朋子は、満面の笑みでうなずいた。
「土曜日なら、お父さんも手伝えるぞ」
「お父さんはいいや」
朋子の即答に、修はしゅんとなってしまった。
仲良しこよしになるのはまだ先か、もう金輪際ないか……。
土曜日のオープンのために、由加が新メニュー開発をすることになった。
これまで、朋子だけが担っていたメニュー開発。思いのほか難しい。
これはいい、とアイデアを朋子に提出しても「これ作って、いくらで売るつもり? これ傷みやすい食材だからやめて。作るのに何分かかるの? 作り置きは廃棄の元だからやらないわよ。売る相手をイメージしてる?」などと、質問とダメ出しをくらい続ける。
(難しいよ……)
土曜日の客層は、平日とは違う。公園に遊びに来た人・これから観光地へドライブする人・家で食べるために簡単に済ませたい人。ひとり・ふたり・グループ。老若男女。パターンはさまざまありすぎて、どこにターゲットを絞るべきかわからない。
「お母さんは、いつもどう考えてる?」
「私は、由加やお父さんがおいしいって言っていたものから、値段や材料を考慮してアレンジしてるだけ。家庭料理の延長だもの。それを好きだと思ってくれる人に買ってもらうだけ」
それがうちの店のいいところ~♪ と歌いながら、洗濯物をたたむ。
朋子こそ、お客さんに退かぬ媚びぬ省みぬ、だと思う。全員に好かれるのも難しいけど、全員に嫌われるのも難しいと言って、好きにやっているようだ。
「なるほどねぇ」
普段料理をせず、誰かに喜んでもらった経験のない由加には厳しいものだ。
書いては消してを繰り返し、汚くなったノートに『公園で、カメラや荷物が多くても食べやすいもの』と書いた。
(……いや、おにぎりならだいたいそうじゃん。サンドイッチやハンバーガーだって……)
そこで、はっとひらめく。
「おにぎりサンド……」
すぐにスマホを開いて、インターネットで検索する。
通常のおにぎりと違い、断面を見せることで華やかさが出るおにぎりサンドの写真がたくさん出てきた。韓国発祥でキンパとも言うらしい。
「お母さん、これどうかな」
スマホの画面を見せると、顔を遠ざけながら朋子が眉間にシワを寄せて見る。そして、へぇとひとこと呟いて表情をやわらげ、由加の顔を見た。
「お母さんにはない物が作れそうね。やってみたら?」
「やった!」
翌日から、お客さんの来ない時間を見計らって試作品作りに励む。
朋子の作るおにぎりは定番の具材が多く、昔ながらの味が結-musubu-の魅力的だ。だから、具材に今っぽさを出してしまうとお店のイメージを損なう気がする。
老若男女馴染みがあって、おにぎりサンドにして断面の見栄えが良い具材として、スパムをメインとすることにした。
スパムと相性の良い厚焼き玉子の組み合わせが定番だろう。まずは、作ってみることにした。
真四角の海苔を広げ、中央下半分に切り込みを入れる。右半分にごはんを平らにして置き、マヨネーズを塗る。海苔の右上にスパム、右下に厚焼き玉子を置く。そして、時計回りに折りたたんで形を整え、ラップにくるんで馴染ませる。ラップごと半分にカットすると、断面がきれいなおにぎりサンドができた!
「案外上手じゃない。厚焼き玉子はボロボロだけど」
「いっそスクランブルエッグのほうがいいかも。調理時間も短くて済むし、火も通りやすいから傷みにくそうだし。じゃあ、食べてみて」
厨房に立ったまま、ふたりで試食してみる。
「甘めの玉子焼きとしょっぱいスパムの相性がいいわね。でも……」
「ちょっと、しつこいよね?」
濃い味が好きな由加にはちょうどいい……ということは、一般的には濃い味だろう。
「そうね、年をとるとこういうのはちょっとしんどくて」
一口目はよいものの、食べ進めていくうちにくどさを感じてしまう。これでは若い人にしか受け入れられないかもしれない。
「マヨネーズを減らすのと、玉子の砂糖を少なめにするのと……あとは、青じそはどうかしら」
「青じそ?」
「困ったときは、青じそよ。一枚どーんと入れると爽やかになるし、見た目もよくなるわ」
「やってみよう」
厚焼き玉子を甘さをおさえたスクランブルエッグにし、マヨネーズ少なめ、青じそを追加して再度チャレンジ。
「うん、さっきより食べやすい。見た目も華やかになったし」
朋子の評判は上々。由加も食べてみる。しかし、先ほどの試作品のパンチ力を思うと、物足りない気もした。
「うーん、若い人はさっきくらいの味のほうが好きかも。あたしは最初のほうが美味しいと思う」
マヨネーズを減らしすぎたか? でも砂糖の甘味はこれくらいが丁度よさそうだ。
少しずつ、微調整していこう。
「注文のときに、マヨネーズの量を聞くのはどう?」
「そうだね。塩加減とあわせて聞いてみよう」
由加は、料理をしない自分がメニュー開発なんて無理だと思って、これまで取り組みもしなかった。あたしなんかがやったところで……って諦めていた。
でも、やってみたらできるかもしれない。自分の料理を美味しいって食べてもらえるかもしれない。そう思うと、楽しくて仕方なかった。あれこれチャレンジして輝いている人を他人事のように見ていたけれど、今ならわかる。
うまくいってもいかなくても、挑戦は毎日を輝かせるんだ。
これまで男性と交際したことはあるけれど、たいてい相手からなんとなく好意を持たれ、そしてなんとなく興味を失われるといった感じで、薄めすぎたカルピスのような恋愛しかしてこなかった。
自分から行動するのははじめてだ。
でも、おにぎり屋の店員である以上、個人的にダイレクトメッセージを送って店に来てもらうよう呼びかけるのは気が引けた。まして、大した交流もないのにいきなり仲良くなりたいと言うのも、相手からしたら恐怖でしかない。
まずはちゃんと、お客さんとして来てもらって、好感を持ってもらいたい。
でも、平日は会社員として働く理一が来ることは稀だ。だったらと、朋子に提案する。
「月に何回か、土曜日も営業しない?」
自宅のリビングでくつろぐ朋子に提案する。側には修もいた。あれから、ふたりは同じ空間で過ごすことが増えた。
「土曜日? うーん、おやすみが減るのは体調的にきついんだけど……どうして?」
「玉砕覚悟で自分を売り込めって言ったのはお母さんなんだから、責任とって協力してもらうよ」
その言葉で、朋子は理解したようだ。宅配の時みたいに、反対はさせない。やった後悔をさせてほしい。
「娘の初めてのやる気に免じて、協力しましょ」
朋子は、満面の笑みでうなずいた。
「土曜日なら、お父さんも手伝えるぞ」
「お父さんはいいや」
朋子の即答に、修はしゅんとなってしまった。
仲良しこよしになるのはまだ先か、もう金輪際ないか……。
土曜日のオープンのために、由加が新メニュー開発をすることになった。
これまで、朋子だけが担っていたメニュー開発。思いのほか難しい。
これはいい、とアイデアを朋子に提出しても「これ作って、いくらで売るつもり? これ傷みやすい食材だからやめて。作るのに何分かかるの? 作り置きは廃棄の元だからやらないわよ。売る相手をイメージしてる?」などと、質問とダメ出しをくらい続ける。
(難しいよ……)
土曜日の客層は、平日とは違う。公園に遊びに来た人・これから観光地へドライブする人・家で食べるために簡単に済ませたい人。ひとり・ふたり・グループ。老若男女。パターンはさまざまありすぎて、どこにターゲットを絞るべきかわからない。
「お母さんは、いつもどう考えてる?」
「私は、由加やお父さんがおいしいって言っていたものから、値段や材料を考慮してアレンジしてるだけ。家庭料理の延長だもの。それを好きだと思ってくれる人に買ってもらうだけ」
それがうちの店のいいところ~♪ と歌いながら、洗濯物をたたむ。
朋子こそ、お客さんに退かぬ媚びぬ省みぬ、だと思う。全員に好かれるのも難しいけど、全員に嫌われるのも難しいと言って、好きにやっているようだ。
「なるほどねぇ」
普段料理をせず、誰かに喜んでもらった経験のない由加には厳しいものだ。
書いては消してを繰り返し、汚くなったノートに『公園で、カメラや荷物が多くても食べやすいもの』と書いた。
(……いや、おにぎりならだいたいそうじゃん。サンドイッチやハンバーガーだって……)
そこで、はっとひらめく。
「おにぎりサンド……」
すぐにスマホを開いて、インターネットで検索する。
通常のおにぎりと違い、断面を見せることで華やかさが出るおにぎりサンドの写真がたくさん出てきた。韓国発祥でキンパとも言うらしい。
「お母さん、これどうかな」
スマホの画面を見せると、顔を遠ざけながら朋子が眉間にシワを寄せて見る。そして、へぇとひとこと呟いて表情をやわらげ、由加の顔を見た。
「お母さんにはない物が作れそうね。やってみたら?」
「やった!」
翌日から、お客さんの来ない時間を見計らって試作品作りに励む。
朋子の作るおにぎりは定番の具材が多く、昔ながらの味が結-musubu-の魅力的だ。だから、具材に今っぽさを出してしまうとお店のイメージを損なう気がする。
老若男女馴染みがあって、おにぎりサンドにして断面の見栄えが良い具材として、スパムをメインとすることにした。
スパムと相性の良い厚焼き玉子の組み合わせが定番だろう。まずは、作ってみることにした。
真四角の海苔を広げ、中央下半分に切り込みを入れる。右半分にごはんを平らにして置き、マヨネーズを塗る。海苔の右上にスパム、右下に厚焼き玉子を置く。そして、時計回りに折りたたんで形を整え、ラップにくるんで馴染ませる。ラップごと半分にカットすると、断面がきれいなおにぎりサンドができた!
「案外上手じゃない。厚焼き玉子はボロボロだけど」
「いっそスクランブルエッグのほうがいいかも。調理時間も短くて済むし、火も通りやすいから傷みにくそうだし。じゃあ、食べてみて」
厨房に立ったまま、ふたりで試食してみる。
「甘めの玉子焼きとしょっぱいスパムの相性がいいわね。でも……」
「ちょっと、しつこいよね?」
濃い味が好きな由加にはちょうどいい……ということは、一般的には濃い味だろう。
「そうね、年をとるとこういうのはちょっとしんどくて」
一口目はよいものの、食べ進めていくうちにくどさを感じてしまう。これでは若い人にしか受け入れられないかもしれない。
「マヨネーズを減らすのと、玉子の砂糖を少なめにするのと……あとは、青じそはどうかしら」
「青じそ?」
「困ったときは、青じそよ。一枚どーんと入れると爽やかになるし、見た目もよくなるわ」
「やってみよう」
厚焼き玉子を甘さをおさえたスクランブルエッグにし、マヨネーズ少なめ、青じそを追加して再度チャレンジ。
「うん、さっきより食べやすい。見た目も華やかになったし」
朋子の評判は上々。由加も食べてみる。しかし、先ほどの試作品のパンチ力を思うと、物足りない気もした。
「うーん、若い人はさっきくらいの味のほうが好きかも。あたしは最初のほうが美味しいと思う」
マヨネーズを減らしすぎたか? でも砂糖の甘味はこれくらいが丁度よさそうだ。
少しずつ、微調整していこう。
「注文のときに、マヨネーズの量を聞くのはどう?」
「そうだね。塩加減とあわせて聞いてみよう」
由加は、料理をしない自分がメニュー開発なんて無理だと思って、これまで取り組みもしなかった。あたしなんかがやったところで……って諦めていた。
でも、やってみたらできるかもしれない。自分の料理を美味しいって食べてもらえるかもしれない。そう思うと、楽しくて仕方なかった。あれこれチャレンジして輝いている人を他人事のように見ていたけれど、今ならわかる。
うまくいってもいかなくても、挑戦は毎日を輝かせるんだ。
1
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
【完結】御食事処 晧月へようこそ 第5回ほっこり・じんわり大賞奨励賞受賞
衿乃 光希
大衆娯楽
第5回ほっこり・じんわり大賞奨励賞頂きました。
両親を事故で亡くし、三歳で引き取られた一穂と、幼い子供の養い親となる決意をした千里。
中学校入学まで仲の良かった二人の間に溝が入る。きっかけは千里の過去の行いのせいだったーー。
偽物の母娘が本当の母娘になるまでの、絆の物語。
美味しいご飯と人情話、いかがですか?
第7回ライト文芸大賞への投票ありがとうございました。86位で最終日を迎えられました。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
私と継母の極めて平凡な日常
当麻月菜
ライト文芸
ある日突然、父が再婚した。そして再婚後、たった三ヶ月で失踪した。
残されたのは私、橋坂由依(高校二年生)と、継母の琴子さん(32歳のキャリアウーマン)の二人。
「ああ、この人も出て行くんだろうな。私にどれだけ自分が不幸かをぶちまけて」
そう思って覚悟もしたけれど、彼女は出て行かなかった。
そうして始まった継母と私の二人だけの日々は、とても淡々としていながら酷く穏やかで、極めて平凡なものでした。
※他のサイトにも重複投稿しています。
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる