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第五章
美しい鳥
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理一と、公園デート! これは夢か?
由加はまばたきを意図的にやってみた。何度まばたきをしても、目の前の理一はいなくならない。どうやら、現実。
「じゃあ、ぜひご一緒させてください」
不気味にニヤニヤしていないか不安になりつつ、冷静を装って言った。つもりだったが、口がうまく動かない。
「じゃ、さっそく。こっちです」
理一は立ち上がり、歩き始める。
由加も、飛んで浮かびそうなふわついた足を地面に押し付けるようにあとをついていった。
公園内でも、木々がうっそうと茂るエリアを歩いていく。背の高い木ばかりで、ほとんど日差しも入らないようだ。さっきまでの、初夏の陽気でキラキラ輝いていた広場とは雰囲気がまったく違う。ひとりだったら、怖くて引き返してしまったかもしれない。
ひんやりとした空気が、半袖の腕にまとわりつく。
「この公園に、こんな秘境があったんですね……」
雰囲気に飲まれ、思わず声を落とす。
「初めて来た人からすれば、秘境ですよね。自然が豊かだから野鳥も集まってくれる」
由加の大げさな物言いに、理一はくすくすと笑いながら小さな声で言う。
すれ違う人も、みんな理一のように長いレンズを付けたカメラを所持している。野鳥好き、カメラ好きの人にとっては、当たり前のスポットのようだ。
五分ほど歩いたところで、目の前に壁が現れた。四角い穴がいくつか開けられていて、そこからカメラで撮影している人の後ろ姿が見える。
「ここです。あいている窓に行きましょう」
さっきよりもより小さな声だ。会話できるよう、理一が耳に顔を近づけてくるから、どうにも恥ずかしい。
壁には、どのような野鳥がいるのかの解説があった。木々、池、止まり木など、野鳥が訪れやすい環境を作っているとのこと。
理一が窓部分にカメラをセットし、ジェスチャーで液晶画面を見るように指示される。由加がカメラの液晶画面を見てみると、望遠レンズで写されているヒスイ色の美しい鳥が止まり木にいた。きょろきょろとあたりを見回すようにしていて、すぐにどこかへ飛んで行ってしまった。
理一が、壁に貼られた案内を指さす。そこには「カワセミ」と書いてあった。飛ぶ宝石とも称される、美しく古来から人気の小鳥だそう。
(こんなにきれいな鳥がいるんだ……)
鮮やかなヒスイ色の小鳥に目を奪われる。
以前、理一に見せてもらったメジロもかわいらしい小鳥だった。色合いはモスグリーンで自然に馴染む色合いだったことに対し、カワセミは鮮やかな青色だ。
なるほど、野鳥撮影に熱狂的になる気持ちがわかる。この美しい鳥の、もっとも美しい一瞬を切り取りたい。
理一はカメラを持ち上げ、指で来た道を指した。由加はうなずき、帰路につく。本当は、もっと野鳥を見ていたかったけれど……。
少し歩いたところで、理一は声を出した。
「本当はもっといろいろな鳥を見ていただきたかったんですけどね。野鳥がいつ来るか待っていると、あっという間に数時間経過してしまうので早めに切り上げました」
由加が感じたことを、理一も感じてくれていた。それだけで、うれしい。
「いつでもいるわけじゃないんですね」
やっと、息ができる気がした。自然の空気を、思いっきり吸い込む。
「人間がいるって思うと、あまり寄ってこなくなりますしね」
だから、あのように壁を作って、境界線を作っているのか。
「カワセミ、すっごくきれいでした! あんなにきれいな小鳥がいるなんて、知らなかったです」
「そうなんです、野鳥好きじゃないと、なかなかお目にかかれないんですよね。カワセミはきれいな水辺じゃないと来てくれませんから」
理一の好きなことを、ニコニコと楽しそうに語ってくれている。それだけで、幸せな気持ちになる。
さきほどまで居た広場に戻ってきた。眩しいほどに明るくて、にぎやかで、同じ公園とは思えないグラデーション。
「じゃあ、僕はここで」
あっさりとした言葉に由加は動揺してしまう。
(帰っちゃうのか……。引き留めて、このままどこかへ出かけようと誘うのはどうだろう。
いや、おかしいか。今はたまたま会ったから行動を共にしただけであって、デートではないんだし。でも、ここで誘わないと次にいつ会えるのかわからない。しかし、ヘタに誘ったらもうお店に来ないかもしれないし……)
「またおにぎり買いに行きますね~」
頭の中でもやもやしているうちに、理一は駐車場があるエリアへと向かって行ってしまった。由加は、反射的に小さく手を振るしかできない。
(やった後悔よりやらない後悔……ってことで)
やらかしたら後には引けないし時間は戻せないけど、何もせずぐじぐじする分には、なにも失わない。もっとも、何も手に入らないけれど。
由加の人生はずっとそう。
がんばれば、努力すれば何か得られたかもしれないのに、何もしないことで身を守ってきた。
努力が実らなかったら? 余計なことをして恥をかいたら? でも、やらなきゃ始まらない。
青い空を眺めながら、由加は足早に「結-musubu-」へ向かった。
由加はまばたきを意図的にやってみた。何度まばたきをしても、目の前の理一はいなくならない。どうやら、現実。
「じゃあ、ぜひご一緒させてください」
不気味にニヤニヤしていないか不安になりつつ、冷静を装って言った。つもりだったが、口がうまく動かない。
「じゃ、さっそく。こっちです」
理一は立ち上がり、歩き始める。
由加も、飛んで浮かびそうなふわついた足を地面に押し付けるようにあとをついていった。
公園内でも、木々がうっそうと茂るエリアを歩いていく。背の高い木ばかりで、ほとんど日差しも入らないようだ。さっきまでの、初夏の陽気でキラキラ輝いていた広場とは雰囲気がまったく違う。ひとりだったら、怖くて引き返してしまったかもしれない。
ひんやりとした空気が、半袖の腕にまとわりつく。
「この公園に、こんな秘境があったんですね……」
雰囲気に飲まれ、思わず声を落とす。
「初めて来た人からすれば、秘境ですよね。自然が豊かだから野鳥も集まってくれる」
由加の大げさな物言いに、理一はくすくすと笑いながら小さな声で言う。
すれ違う人も、みんな理一のように長いレンズを付けたカメラを所持している。野鳥好き、カメラ好きの人にとっては、当たり前のスポットのようだ。
五分ほど歩いたところで、目の前に壁が現れた。四角い穴がいくつか開けられていて、そこからカメラで撮影している人の後ろ姿が見える。
「ここです。あいている窓に行きましょう」
さっきよりもより小さな声だ。会話できるよう、理一が耳に顔を近づけてくるから、どうにも恥ずかしい。
壁には、どのような野鳥がいるのかの解説があった。木々、池、止まり木など、野鳥が訪れやすい環境を作っているとのこと。
理一が窓部分にカメラをセットし、ジェスチャーで液晶画面を見るように指示される。由加がカメラの液晶画面を見てみると、望遠レンズで写されているヒスイ色の美しい鳥が止まり木にいた。きょろきょろとあたりを見回すようにしていて、すぐにどこかへ飛んで行ってしまった。
理一が、壁に貼られた案内を指さす。そこには「カワセミ」と書いてあった。飛ぶ宝石とも称される、美しく古来から人気の小鳥だそう。
(こんなにきれいな鳥がいるんだ……)
鮮やかなヒスイ色の小鳥に目を奪われる。
以前、理一に見せてもらったメジロもかわいらしい小鳥だった。色合いはモスグリーンで自然に馴染む色合いだったことに対し、カワセミは鮮やかな青色だ。
なるほど、野鳥撮影に熱狂的になる気持ちがわかる。この美しい鳥の、もっとも美しい一瞬を切り取りたい。
理一はカメラを持ち上げ、指で来た道を指した。由加はうなずき、帰路につく。本当は、もっと野鳥を見ていたかったけれど……。
少し歩いたところで、理一は声を出した。
「本当はもっといろいろな鳥を見ていただきたかったんですけどね。野鳥がいつ来るか待っていると、あっという間に数時間経過してしまうので早めに切り上げました」
由加が感じたことを、理一も感じてくれていた。それだけで、うれしい。
「いつでもいるわけじゃないんですね」
やっと、息ができる気がした。自然の空気を、思いっきり吸い込む。
「人間がいるって思うと、あまり寄ってこなくなりますしね」
だから、あのように壁を作って、境界線を作っているのか。
「カワセミ、すっごくきれいでした! あんなにきれいな小鳥がいるなんて、知らなかったです」
「そうなんです、野鳥好きじゃないと、なかなかお目にかかれないんですよね。カワセミはきれいな水辺じゃないと来てくれませんから」
理一の好きなことを、ニコニコと楽しそうに語ってくれている。それだけで、幸せな気持ちになる。
さきほどまで居た広場に戻ってきた。眩しいほどに明るくて、にぎやかで、同じ公園とは思えないグラデーション。
「じゃあ、僕はここで」
あっさりとした言葉に由加は動揺してしまう。
(帰っちゃうのか……。引き留めて、このままどこかへ出かけようと誘うのはどうだろう。
いや、おかしいか。今はたまたま会ったから行動を共にしただけであって、デートではないんだし。でも、ここで誘わないと次にいつ会えるのかわからない。しかし、ヘタに誘ったらもうお店に来ないかもしれないし……)
「またおにぎり買いに行きますね~」
頭の中でもやもやしているうちに、理一は駐車場があるエリアへと向かって行ってしまった。由加は、反射的に小さく手を振るしかできない。
(やった後悔よりやらない後悔……ってことで)
やらかしたら後には引けないし時間は戻せないけど、何もせずぐじぐじする分には、なにも失わない。もっとも、何も手に入らないけれど。
由加の人生はずっとそう。
がんばれば、努力すれば何か得られたかもしれないのに、何もしないことで身を守ってきた。
努力が実らなかったら? 余計なことをして恥をかいたら? でも、やらなきゃ始まらない。
青い空を眺めながら、由加は足早に「結-musubu-」へ向かった。
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