上 下
18 / 26
第五章

美しい鳥

しおりを挟む
 理一と、公園デート! これは夢か?

 由加はまばたきを意図的にやってみた。何度まばたきをしても、目の前の理一はいなくならない。どうやら、現実。

「じゃあ、ぜひご一緒させてください」

 不気味にニヤニヤしていないか不安になりつつ、冷静を装って言った。つもりだったが、口がうまく動かない。

「じゃ、さっそく。こっちです」

 理一は立ち上がり、歩き始める。

 由加も、飛んで浮かびそうなふわついた足を地面に押し付けるようにあとをついていった。



 公園内でも、木々がうっそうと茂るエリアを歩いていく。背の高い木ばかりで、ほとんど日差しも入らないようだ。さっきまでの、初夏の陽気でキラキラ輝いていた広場とは雰囲気がまったく違う。ひとりだったら、怖くて引き返してしまったかもしれない。

 ひんやりとした空気が、半袖の腕にまとわりつく。

「この公園に、こんな秘境があったんですね……」

 雰囲気に飲まれ、思わず声を落とす。

「初めて来た人からすれば、秘境ですよね。自然が豊かだから野鳥も集まってくれる」

 由加の大げさな物言いに、理一はくすくすと笑いながら小さな声で言う。

 すれ違う人も、みんな理一のように長いレンズを付けたカメラを所持している。野鳥好き、カメラ好きの人にとっては、当たり前のスポットのようだ。

 五分ほど歩いたところで、目の前に壁が現れた。四角い穴がいくつか開けられていて、そこからカメラで撮影している人の後ろ姿が見える。

「ここです。あいている窓に行きましょう」

 さっきよりもより小さな声だ。会話できるよう、理一が耳に顔を近づけてくるから、どうにも恥ずかしい。

 壁には、どのような野鳥がいるのかの解説があった。木々、池、止まり木など、野鳥が訪れやすい環境を作っているとのこと。

 理一が窓部分にカメラをセットし、ジェスチャーで液晶画面を見るように指示される。由加がカメラの液晶画面を見てみると、望遠レンズで写されているヒスイ色の美しい鳥が止まり木にいた。きょろきょろとあたりを見回すようにしていて、すぐにどこかへ飛んで行ってしまった。

 理一が、壁に貼られた案内を指さす。そこには「カワセミ」と書いてあった。飛ぶ宝石とも称される、美しく古来から人気の小鳥だそう。

(こんなにきれいな鳥がいるんだ……)

 鮮やかなヒスイ色の小鳥に目を奪われる。

 以前、理一に見せてもらったメジロもかわいらしい小鳥だった。色合いはモスグリーンで自然に馴染む色合いだったことに対し、カワセミは鮮やかな青色だ。

 なるほど、野鳥撮影に熱狂的になる気持ちがわかる。この美しい鳥の、もっとも美しい一瞬を切り取りたい。

 理一はカメラを持ち上げ、指で来た道を指した。由加はうなずき、帰路につく。本当は、もっと野鳥を見ていたかったけれど……。

 少し歩いたところで、理一は声を出した。

「本当はもっといろいろな鳥を見ていただきたかったんですけどね。野鳥がいつ来るか待っていると、あっという間に数時間経過してしまうので早めに切り上げました」

 由加が感じたことを、理一も感じてくれていた。それだけで、うれしい。

「いつでもいるわけじゃないんですね」

 やっと、息ができる気がした。自然の空気を、思いっきり吸い込む。

「人間がいるって思うと、あまり寄ってこなくなりますしね」

 だから、あのように壁を作って、境界線を作っているのか。

「カワセミ、すっごくきれいでした! あんなにきれいな小鳥がいるなんて、知らなかったです」

「そうなんです、野鳥好きじゃないと、なかなかお目にかかれないんですよね。カワセミはきれいな水辺じゃないと来てくれませんから」

 理一の好きなことを、ニコニコと楽しそうに語ってくれている。それだけで、幸せな気持ちになる。

 さきほどまで居た広場に戻ってきた。眩しいほどに明るくて、にぎやかで、同じ公園とは思えないグラデーション。

「じゃあ、僕はここで」

 あっさりとした言葉に由加は動揺してしまう。

(帰っちゃうのか……。引き留めて、このままどこかへ出かけようと誘うのはどうだろう。
 いや、おかしいか。今はたまたま会ったから行動を共にしただけであって、デートではないんだし。でも、ここで誘わないと次にいつ会えるのかわからない。しかし、ヘタに誘ったらもうお店に来ないかもしれないし……)

「またおにぎり買いに行きますね~」

 頭の中でもやもやしているうちに、理一は駐車場があるエリアへと向かって行ってしまった。由加は、反射的に小さく手を振るしかできない。

(やった後悔よりやらない後悔……ってことで)

 やらかしたら後には引けないし時間は戻せないけど、何もせずぐじぐじする分には、なにも失わない。もっとも、何も手に入らないけれど。

 由加の人生はずっとそう。

 がんばれば、努力すれば何か得られたかもしれないのに、何もしないことで身を守ってきた。

 努力が実らなかったら? 余計なことをして恥をかいたら? でも、やらなきゃ始まらない。

 青い空を眺めながら、由加は足早に「結-musubu-」へ向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

1ヶ月限定の恋人を買ってみた結果

こてこて
ライト文芸
「キレイさっぱり消えて、粉になる。粉は普通ごみで捨てられるから心配いらない」 俺の自慢の彼女、それは“ハニーパウダー”であった。 落ちこぼれ大学生の俺に対し、とことん冷たかった彼女。それでも俺たちは距離を縮めていき、恋心は深まっていく。 しかし、俺たちに待ち受けているものは、1ヶ月というタイムリミットだった。 そして彼女が辿った悲痛な運命を聞かされ、俺は立ち上がる。 これは1ヶ月限定の恋人と向き合う、落ちこぼれ大学生の物語。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...