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第四章
とん平焼き
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「いただきまーす」
割りばしで、卵焼きを崩していく。中からは白い湯気が出てきて、より一層食欲が増す。
崩れないよう、そっと持ち上げて口に運ぶ。アツアツの具材に驚くものの、ソースとマヨネーズの濃いめの味付けが口の中に広がって幸福感に満たされる。
「美味しい~! ジャンキーな味付けがいいねぇ。でも野菜と肉と卵で出来てて糖質控えめだから、健康的でもあるよね」
これは人気が出そう、と言うと、朋子は安心したように笑った。
「ところで、さっきは話を逸らされたけど、宅配はどうするの?」
とん平焼きを口に運びながら、由加が尋ねる。
すると、朋子はイヤそうな顔でぷいとそっぽを向いた。
「ふん、お父さんにドライバーを頼みたくなくなったのよ」
「断られたの?」
「……こっちが下手に出てお願いしたのにさぁ! 仲良くやろうっていう気概はないわけ?」
両親の喧嘩を聞くとなんだか口の中がまずくなる。熟年夫婦のいざこざ程度でナイーブだと由加自身思うけど、こういう性格なんだから仕方ない。口の中のイヤな味をごまかすように、とん平焼きをせっせと口に運ぶ。
「そもそも、お父さんも働いているわけだから、ドライバーは無理があるよ」
父・修は正社員として働いているから、どう考えてもできないのだ。
「早期退職すれば退職金も増えるっていうし、早めにリタイアしてお店を手伝ってって言ったら『おれの仕事をバカにしているのか、ひどい』って泣きだしてさ。器が狭いったら!」
怒るんじゃなくて泣くのが修らしい。
それに、修の言っていることはもっともすぎる。勝手に早期退職させないであげてほしいと由加は思った。というか、これまでふたりは大きな喧嘩をせずに三十年以上連れ添っていた……と、由加から見て思っている。それは、修の器が大きいからなのか、朋子がやりたいことを我慢して修に尽くしてきたからなのか。
その両方だと思う。朋子はもともと突拍子のない行動をするものの、それを修は笑って見ていた。
でも、個人経営の飲食店をやるという大きな出来事を前に、ふたりの絆はもろくなっている。
由加も三十歳となり「かすがい」としての機能はとうに失っている。
朋子のやりたいことも応援したい。でも、修の悲しみもわかる。でも、修は、お店を手伝う由加は「朋子の味方」と思っているようで、話をしない日々が続いている。
「お父さんにはお父さんの人生があるんだよ。お母さんがお店をやりたいのと同じでさ。あたしにもあたしの人生があるんだよ。けど……」
「けど?」
「うーん、別になんでもない」
(プライドもなんもないから、こうやってお母さんの手伝いをしてるわけなんだけど……)
プライドがない。やりたいこともない。バカにするなと言って涙するほどがんばってきてもいない。言葉に出すのは憚られ、ぎゅっと飲み込む。口の中を癒すとん平焼きはすでに平らげられていた。
「……いいのよ、由加も。自分のやりたいことをやって。お店はバイトを雇えばいいんだし」
朋子の気弱な発言に、思わず顔をあげる。
いじけたような、孤独なような。無表情ではあったけど、由加にはそう感じられた。
「あたしが今やりたいことは、おにぎり屋さんだよ」
椅子から立ち上がり、慌てて言う。今の由加からおにぎり屋さんを奪われたら、またからっぽの人生に戻ってしまう。
朋子は、いつものようにぱっとその場が華やぐ笑顔を見せた。
「あらなぁに。いつの間にか、おにぎり屋さんの魅力に取りつかれたってわけ?」
「うん、大変だけど、すごく充実してる」
「じゃ、これからもこき使わないとね! バイトを雇うといろいろ大変だなって不安だったのよ!」
さっきまでのいじけた様子とは違い、また晴れやかな笑顔を見せた。
やっぱり朋子はこうでなくちゃ。
割りばしで、卵焼きを崩していく。中からは白い湯気が出てきて、より一層食欲が増す。
崩れないよう、そっと持ち上げて口に運ぶ。アツアツの具材に驚くものの、ソースとマヨネーズの濃いめの味付けが口の中に広がって幸福感に満たされる。
「美味しい~! ジャンキーな味付けがいいねぇ。でも野菜と肉と卵で出来てて糖質控えめだから、健康的でもあるよね」
これは人気が出そう、と言うと、朋子は安心したように笑った。
「ところで、さっきは話を逸らされたけど、宅配はどうするの?」
とん平焼きを口に運びながら、由加が尋ねる。
すると、朋子はイヤそうな顔でぷいとそっぽを向いた。
「ふん、お父さんにドライバーを頼みたくなくなったのよ」
「断られたの?」
「……こっちが下手に出てお願いしたのにさぁ! 仲良くやろうっていう気概はないわけ?」
両親の喧嘩を聞くとなんだか口の中がまずくなる。熟年夫婦のいざこざ程度でナイーブだと由加自身思うけど、こういう性格なんだから仕方ない。口の中のイヤな味をごまかすように、とん平焼きをせっせと口に運ぶ。
「そもそも、お父さんも働いているわけだから、ドライバーは無理があるよ」
父・修は正社員として働いているから、どう考えてもできないのだ。
「早期退職すれば退職金も増えるっていうし、早めにリタイアしてお店を手伝ってって言ったら『おれの仕事をバカにしているのか、ひどい』って泣きだしてさ。器が狭いったら!」
怒るんじゃなくて泣くのが修らしい。
それに、修の言っていることはもっともすぎる。勝手に早期退職させないであげてほしいと由加は思った。というか、これまでふたりは大きな喧嘩をせずに三十年以上連れ添っていた……と、由加から見て思っている。それは、修の器が大きいからなのか、朋子がやりたいことを我慢して修に尽くしてきたからなのか。
その両方だと思う。朋子はもともと突拍子のない行動をするものの、それを修は笑って見ていた。
でも、個人経営の飲食店をやるという大きな出来事を前に、ふたりの絆はもろくなっている。
由加も三十歳となり「かすがい」としての機能はとうに失っている。
朋子のやりたいことも応援したい。でも、修の悲しみもわかる。でも、修は、お店を手伝う由加は「朋子の味方」と思っているようで、話をしない日々が続いている。
「お父さんにはお父さんの人生があるんだよ。お母さんがお店をやりたいのと同じでさ。あたしにもあたしの人生があるんだよ。けど……」
「けど?」
「うーん、別になんでもない」
(プライドもなんもないから、こうやってお母さんの手伝いをしてるわけなんだけど……)
プライドがない。やりたいこともない。バカにするなと言って涙するほどがんばってきてもいない。言葉に出すのは憚られ、ぎゅっと飲み込む。口の中を癒すとん平焼きはすでに平らげられていた。
「……いいのよ、由加も。自分のやりたいことをやって。お店はバイトを雇えばいいんだし」
朋子の気弱な発言に、思わず顔をあげる。
いじけたような、孤独なような。無表情ではあったけど、由加にはそう感じられた。
「あたしが今やりたいことは、おにぎり屋さんだよ」
椅子から立ち上がり、慌てて言う。今の由加からおにぎり屋さんを奪われたら、またからっぽの人生に戻ってしまう。
朋子は、いつものようにぱっとその場が華やぐ笑顔を見せた。
「あらなぁに。いつの間にか、おにぎり屋さんの魅力に取りつかれたってわけ?」
「うん、大変だけど、すごく充実してる」
「じゃ、これからもこき使わないとね! バイトを雇うといろいろ大変だなって不安だったのよ!」
さっきまでのいじけた様子とは違い、また晴れやかな笑顔を見せた。
やっぱり朋子はこうでなくちゃ。
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