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第三章
人に聞いちゃいけないこと
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「あ、そういえば円香さん、ご結婚は?」
朋子がまたデリカシーのないことを尋ねた。
「お母さん、そういうことを聞くのは……」
「ダメなの? どうして?」
本当に理由がわからないみたいで、「きょとんとした顔」のお手本みたいな顔をした。
「……だって、失礼でしょ」
「失礼かどうかは由加じゃなくて円香さんが決めるの。答えたくなければ、答えたくないって言えばいいんだから。失礼なことだとしたら、そう言ってくれて構わないもの」
難しいことじゃないでしょ、と朋子は円香を見た。
「えっと……私は、聞かれても平気です。失礼に思う人もいるかもしれませんが」
朋子が会社勤めをしていたら、パワハラで訴えられるんじゃないかとヒヤヒヤする。しかし、イヤならイヤと言って構わないとハッキリ言う朋子の姿もまた、潔いと思ってしまう。
相手に気を遣う。失礼のないように。パワハラのないように。怒られないように。
年齢を重ねるにつれそんなことばかり考えるようになり、触れてはいけない見えないラインばかりを見るようになった。相手がどういう人なのかを知ることよりも、いかに『ほどよい距離をキープするか』で。
気を遣って距離をキープして誰とでもニコニコ話そうとした結果、由加の学生時代の友だちとは疎遠になり、会社でも親しい同僚はできなかった。
「私、バツイチなんですよねー」
過去を振り返ってぼんやりしていた由加の耳に、驚きの情報が飛び込んできた。
「バッ……」
口にしていいものか一瞬判断に迷い、一文字を口にしたのみとなった。
(円香さんがバツイチ? 私と年齢は変わらなそうだけど……)
「えー! そうなの!」
朋子が、へぇーとため息のような声を出した。
由加は、びっくりしてなにも言えない。
「母の病気がわかる数か月前に離婚したので、そのダメージもあってあの時はぼろぼろになりました。あ、離婚自体は私がしたくてしたんですけど、いろいろ大変で……」
照れたように、円香は肩をすくめた。
「円香さんおいくつ?」
相変わらずグイグイ聞く朋子だが、由加も気になっていたのでなにも言わず円香の言葉を待った。言いたくなければ言わなくていいんだから。
「年齢は……言いたくないです。まぁ、年相応の見た目なので察してください」
バツイチは言えるけど、年齢は言いたくない。人それぞれ、触れてほしくないものは違うのだなと由加は学んだ。聞いてみなければわからない。
「そういえば、私も離婚しようかなって思ってたのよね! いろいろ教えてほしいわ」
「お母さん、離婚はやめたって言ってたじゃない」
「今のところそうだけど、何があるかわからないし?」
うふ、と手を顎の下においてぶりっこしている。
「朋子さんも、離婚を考えているんですね。離婚はいいですよ。自分の人生にこんな自由が待っていたんだってびっくりしますよ。ま、子どもがいないから気楽に言えますけどね。今は母との生活を楽しみます」
「いいわね! 私も残り少ない人生、自由に羽ばたきたいわ。子どもはこんなに大きいしもういいでしょ」
「残り少ないだなんて! まだまだですよ」
楽しそうに、離婚を前向きに話している。
離婚どころか結婚もしていない由加にとって、ふたりの会話についていけなかった。
おそらく同世代であろう円香は、由加が到達していない山をいくつも登っていると知り、なんだか気落ちしてきてしまう。テストで九十点取って喜んでいたら、百点の人たちがなぜか反省会をしているような居心地の悪さと恥ずかしさ。
円香は腕時計を見て「そろそろ出なくちゃ! それでは」と慌てて店を出ていった。SNS運用について聞くのを忘れたなぁと思いつつ、今の由加にはそんなエネルギーが残っていなかった。
再び静寂の訪れた店内で、由加はぽつりと口をひらく。
「お母さんは、自分に正直に生きた結果、みんなに愛されていいよね」
「そう? お母さんも友だちいないけど」
確かに、学生時代の友だち、ママ友、ご近所さん、元パート先の人。いずれも特に親しい人はいない。
「……まぁ、ずっといっしょにいるのはしんどいって気持ちはわかる。お客さんは面白がってくれているけど」
「由加は逆に、もっと心を開いてもいいかもね。心を開かないと、誰にも開いてもらえないわよ」
心を開くのって、案外難しい。たとえば自分がバツイチだったら、円香のようにほがらかに言えるだろうかと、由加は考える。もしくは、母親が病気になって気落ちしたとき、馴染みの店に顔を出して、辛い事情を話せるだろうか。
心を開いても、相手から心を開いてもらえなかったら?
バツイチであることを開示して、引かれたら?
そんなことばかり考えて、人との距離をとってしまっているのだろうか。
恋愛だけじゃなくて自分の人生も手探りだと、由加は己の年齢を顧みて情けなくなる。
どんなに落ち込んでいても、ランチタイムは近づいてくる。落ち込んでいるヒマも情けなくなっているヒマもないのが、今の由加にとってはありがたかった。
朋子がまたデリカシーのないことを尋ねた。
「お母さん、そういうことを聞くのは……」
「ダメなの? どうして?」
本当に理由がわからないみたいで、「きょとんとした顔」のお手本みたいな顔をした。
「……だって、失礼でしょ」
「失礼かどうかは由加じゃなくて円香さんが決めるの。答えたくなければ、答えたくないって言えばいいんだから。失礼なことだとしたら、そう言ってくれて構わないもの」
難しいことじゃないでしょ、と朋子は円香を見た。
「えっと……私は、聞かれても平気です。失礼に思う人もいるかもしれませんが」
朋子が会社勤めをしていたら、パワハラで訴えられるんじゃないかとヒヤヒヤする。しかし、イヤならイヤと言って構わないとハッキリ言う朋子の姿もまた、潔いと思ってしまう。
相手に気を遣う。失礼のないように。パワハラのないように。怒られないように。
年齢を重ねるにつれそんなことばかり考えるようになり、触れてはいけない見えないラインばかりを見るようになった。相手がどういう人なのかを知ることよりも、いかに『ほどよい距離をキープするか』で。
気を遣って距離をキープして誰とでもニコニコ話そうとした結果、由加の学生時代の友だちとは疎遠になり、会社でも親しい同僚はできなかった。
「私、バツイチなんですよねー」
過去を振り返ってぼんやりしていた由加の耳に、驚きの情報が飛び込んできた。
「バッ……」
口にしていいものか一瞬判断に迷い、一文字を口にしたのみとなった。
(円香さんがバツイチ? 私と年齢は変わらなそうだけど……)
「えー! そうなの!」
朋子が、へぇーとため息のような声を出した。
由加は、びっくりしてなにも言えない。
「母の病気がわかる数か月前に離婚したので、そのダメージもあってあの時はぼろぼろになりました。あ、離婚自体は私がしたくてしたんですけど、いろいろ大変で……」
照れたように、円香は肩をすくめた。
「円香さんおいくつ?」
相変わらずグイグイ聞く朋子だが、由加も気になっていたのでなにも言わず円香の言葉を待った。言いたくなければ言わなくていいんだから。
「年齢は……言いたくないです。まぁ、年相応の見た目なので察してください」
バツイチは言えるけど、年齢は言いたくない。人それぞれ、触れてほしくないものは違うのだなと由加は学んだ。聞いてみなければわからない。
「そういえば、私も離婚しようかなって思ってたのよね! いろいろ教えてほしいわ」
「お母さん、離婚はやめたって言ってたじゃない」
「今のところそうだけど、何があるかわからないし?」
うふ、と手を顎の下においてぶりっこしている。
「朋子さんも、離婚を考えているんですね。離婚はいいですよ。自分の人生にこんな自由が待っていたんだってびっくりしますよ。ま、子どもがいないから気楽に言えますけどね。今は母との生活を楽しみます」
「いいわね! 私も残り少ない人生、自由に羽ばたきたいわ。子どもはこんなに大きいしもういいでしょ」
「残り少ないだなんて! まだまだですよ」
楽しそうに、離婚を前向きに話している。
離婚どころか結婚もしていない由加にとって、ふたりの会話についていけなかった。
おそらく同世代であろう円香は、由加が到達していない山をいくつも登っていると知り、なんだか気落ちしてきてしまう。テストで九十点取って喜んでいたら、百点の人たちがなぜか反省会をしているような居心地の悪さと恥ずかしさ。
円香は腕時計を見て「そろそろ出なくちゃ! それでは」と慌てて店を出ていった。SNS運用について聞くのを忘れたなぁと思いつつ、今の由加にはそんなエネルギーが残っていなかった。
再び静寂の訪れた店内で、由加はぽつりと口をひらく。
「お母さんは、自分に正直に生きた結果、みんなに愛されていいよね」
「そう? お母さんも友だちいないけど」
確かに、学生時代の友だち、ママ友、ご近所さん、元パート先の人。いずれも特に親しい人はいない。
「……まぁ、ずっといっしょにいるのはしんどいって気持ちはわかる。お客さんは面白がってくれているけど」
「由加は逆に、もっと心を開いてもいいかもね。心を開かないと、誰にも開いてもらえないわよ」
心を開くのって、案外難しい。たとえば自分がバツイチだったら、円香のようにほがらかに言えるだろうかと、由加は考える。もしくは、母親が病気になって気落ちしたとき、馴染みの店に顔を出して、辛い事情を話せるだろうか。
心を開いても、相手から心を開いてもらえなかったら?
バツイチであることを開示して、引かれたら?
そんなことばかり考えて、人との距離をとってしまっているのだろうか。
恋愛だけじゃなくて自分の人生も手探りだと、由加は己の年齢を顧みて情けなくなる。
どんなに落ち込んでいても、ランチタイムは近づいてくる。落ち込んでいるヒマも情けなくなっているヒマもないのが、今の由加にとってはありがたかった。
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