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第二章

おにぎりと豚汁と

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「すみませんすみません! 調子に乗りました! 友達とか同僚に言うとウケるのでつい!」

 顔を真っ赤にして照れている理一の姿を見て、由加はドキドキしてしまった。

「すみません、ギャグがわからなくて……。世のリイチさんの持ちギャグなんですね」

「あの、あんまり解説しないでもらって……」

 どうしても真面目に受け取ってしまう由加は、ついつい余計なことを言ってしまう。余計な一言が多いという点では、朋子と由加は似たもの親子なのかもしれない。

 真面目そうな外見なのに、結構冗談を言うタイプなんだな。それが愛らしく可愛かった。

 自己紹介をしていると、朋子が温めた豚汁を持ってきた。

 使い捨ての大き目の紙カップに、豚汁が注がれている。湯気がほわっと立っている中でニンジン、豚肉、ごぼう、油揚げ、こんにゃくなどたっぷり。味噌の香りが、由加と理一の間にふんわりと立ち込めた。

「はいどうぞ。私はあっちでランチの準備するから、あとはよろしく!」

 言い出しっぺなのに、さっさと厨房に引っ込んでしまう。しかし、カウンターになっているキッチンだから、こっちの様子は筒抜けだ。きっと、作業しながらこちらの様子を伺っているのだろう。

「まずは、お食事どうぞ」

 朝ごはんを食べようと来店したと言っていた。もう九時を過ぎているから、だいぶ遅めの朝食だといえる。これ以上待たせるのは忍びない。

「では、いただきます」

 理一は、焼き鮭おにぎりに手を伸ばす。おにぎりのてっぺんに乗せられたほぐした焼き鮭がひとかけら、ほろりと皿の上にこぼれ落ちる。

 てっぺんに乗せられた焼き鮭ごと、大きな口でおにぎりをほおばる。こだわりの海苔がパリッと音をたて、理一の口に吸い込まれる。

 ほろりとやさしく握られたおにぎりだけど、崩れることなく理一の手に収まったまま形を保っている。

 もぐもぐと咀嚼し、飲み込んだ理一はぱっと笑顔を見せた。

 容姿が整っているわけではないのに、なんだか目を引く魅力があるなぁと、由加は他人事のように思った。

「美味しいな。いままでおにぎりなんていくらでも食べてきたけど、一番美味しいです。塩気もちょうどいいし、お米の甘味も感じる」

「ありがとー!」

 やはりちゃっかり聞いていたみたいで、朋子が厨房から声をあげた。嬉しそう。

 朋子の声にちょっと照れたようだが、理一はそのまま食べ進める。

「中にもこんなに具が入ってる。贅沢だなぁ」

「朝ごはん、まだだったんですよね」

「そうなんです。朝六時起きで野鳥撮影をしに来ていて。気が付いたらこんな時間で」

「六時起き……」

「早すぎますよね。でも、早い時間の方が他に人がいないし静かだから野鳥が逃げずにいてくれていいんですよ」

 そういえば、近くの大きな公園でときおり大きなカメラを持った人がいるのを見たことがある。撮影スポットなんだろうかと由加は思いを巡らせた。

 理一は焼き鮭を食べ終え、野沢菜のおにぎりに手を伸ばす。

「野沢菜のシャキシャキ感も残っているけど、ごはんとの一体化が絶妙ですね」

「食レポ、お上手ですね」

「あ、いやいや……。なにも言わないのも、ね……」

 恥ずかしそうに目を伏せる理一を見て、由加は慌てる。

「目の前でまじまじ見てたら、褒めないわけにはいかないですよね」

「本当に美味しいから、自然と言葉が出てきただけです」

 あっという間に食べちゃった、と理一は笑顔を見せてくれた。そして、すぐに豚汁に手を伸ばす。ぱきっと割った割り箸でくるくると豚汁を混ぜ、口に含む。ぱぁっと笑みを見せ、箸で次々に具材を運んで行った。

「だいぶ暖かい季節とはいえ、お腹にあったかいものを入れるとほっとしますね。写真を撮っているとついつい食事が後回しになってしまうし、飲み物も冷たいものばかりだから」

 理一は血色の良くなった顔で、豚汁も飲み干した。

「ごちそうさまでした」

 満足げな表情で、理一は紙カップを置いた。
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