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第二章

リーチマイケルご来店?

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「こんにちはー」

 由加と同世代くらいの男性客だ。首から、一眼レフカメラを下げている。

「いらっしゃいませ!」

 パッと商売用の笑顔を見せ、朋子がカウンターの中に戻る。

「カウンターに無いものでも、すぐに作りますよ」

 基本的にピーク時以外は作り置きをしないため、お店にはほとんど品物が並べられていない。なので、お店に来たお客さんには毎回同じ声掛けをしている。

「あ、はい。それじゃあ……」

 男性は店内に掲示してあるメニュー表をじっと見た後、ちらりと由加の前にある焼き鮭おにぎりを見る。

「あの鮭のおにぎりと、それから野沢菜のおにぎりをひとつずつ」

「かしこまりました。少々お待ちくださいね」

 朋子がおにぎり作りにとりかかる。野沢菜のおにぎりも人気商品のひとつ。軽井沢産の野沢菜を、ほかほかのごはんに混ぜこんでいく。

 その間に、由加はレジへ。

「先にお会計お願いします」

「あ、はい」

 焼き鮭ひとつ、野沢菜ひとつ……と由加がレジを打っていると、朋子が厨房から口を開いた。

「ねぇお兄さん。お品代はいらないから、この子にカメラ教えてやってくれない?」

 焼き鮭のおにぎりを経木を置いたパックに置いて、ニッコニコの笑顔で言っている。

「ちょっとお母さん、失礼だよ」

 男性客が持つカメラは、父の持っているカメラよりもずいぶん高そうに見える。それにポケットがたくさんあるベストを着ていて、いずれも膨らんで見える。それは、学校行事の際に見たカメラマンの姿に重なった。

 明らかに素人ではない人に、数百円のおにぎり代だけで教えを請おうとする姿勢に冷や汗が出る。

「すみません、気にしないでください」

 由加は慌てて謝罪する。

 思いつきでなんでも言ってしまう朋子の尻ぬぐいをすることには慣れているけど、たまに、すごくイヤになる。いらだつ気持ちを発することはせず、何か固くて不快なものを飲み込むように腹におさえこむ。

 しかし、朋子はあっけらかんとしたものだ。

「失礼かどうかを決めるとは由加じゃなくてお客様よ」

 朋子は言いながら、野沢菜を焼き鮭の隣に置き、パックを輪ゴムで留めて使い捨てのおしぼりをはさむ。

 また、それっぽい正論を言って。由加はおそるおそる、男性客を見る。

 男性は、控えめな笑顔を見せた。その笑顔に、腹におさめた不快なものが消えてなくなった気がした。

「僕で良ければ。プロの写真家ではないので、ご期待に沿えるかわかりませんが」

「あら嬉しい! 言ってみるもんね!」

 朋子はご機嫌になっている。

 プロではないにせよ高いカメラや周辺機器を揃えているレベルの人だ。失礼なことに変わりはない気がするのだけど、今ケンカをしたところで男性客を困らせてしまうだけだ。由加は頭を下げるしかできない。

「本当にすみません。ありがとうございます。お時間大丈夫ですか?」

「今日は有給を取って撮影にきてて。お腹がすいたからどこかで朝食でも、と思って調べてこちらに来たんです。なので、時間はいくらでも」

 男性は、少し恥ずかしそうに言う。

「そうと決まれば! 今はお客様が少ないし、イートインコーナーにしちゃいましょう!」

 朋子は撮影用に出したテーブルの上に、パックにつめられたおにぎりを置く。

「さらにサービスで豚汁も出すから待ってて」

 勢いに任せて朋子が場をセッティングしていく。

「なんか本当にすみません……どうぞおかけください」

 椅子に座るよう、身振りを添えて促した。

「いえいえ、明るい方でなんだか元気が出ますね」

 男性客は本当にそう思っているのか、ニコニコしている。

「毎日一緒だと、けっこう大変なんですけどね。あ、申し遅れました。私は橘井由加と言います。あちらは母の朋子です」

「僕は、マイケルです」

 まいける? あきらかにアジア人顔だけど、アメリカの人なのかと由加は混乱する。

 由加がどう返事をしていいか困惑していると、相手は次第に顔を赤くしていく。

「あっ……すみません。本当は理一りいちです。理科の理に漢数字のイチで理一です」

 それを言い終わると、男性は頭を抱えた。急な仕草に、由加はさらに混乱する。

「どうしました? 頭が痛いとか……」

「いえ……つまらないギャグを言ってしまった自分を責めてました」

 つまらないギャグ、マイケルのことか。

「ギャグ……理一なのにマイケル。……リイチ、マイケル。リーチマイケル……」

 由加の頭に、ラグビー選手の顔が浮かぶ。あぁなるほど、と由加は納得する。

「あ、そういうことですか」
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