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第一章
母・朋子のモテ期到来
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「おかみさん、独身?」
「旦那がいるわ。でもまだ別れてないのー」
「残念だなぁ」
三十歳独身彼氏無しの由加よりも、圧倒的にモテている還暦過ぎの朋子。客層は、おにぎり屋「結-musubu-」のある場所が市役所・税理士事務所・会計事務所などが並ぶ場所柄というのもあり、高齢の男性が多いからだ。そうに違いないと由加は自分に言い聞かせる。
「独身だとしてもお断りですよ~」
朋子は、心底イヤそうに言った。
最初は、そんな接客をして大丈夫かと由加は心配したものだ。でも、言われた高齢男性は顔を赤くしてニカっと笑顔を見せる。
「ハッキリ断られるのもいいもんだな! おじさんになると腫物扱いで厳しいことを言ってくれる人がいないからね!」
そして、ふたりしてアッハッハと笑う。
(わからん。あたしにはまったくわからんノリだ)
母・朋子のことを、ずっとデリカシーに欠けたうるさい人だと思っていた。しかしいざ客商売を始めてみれば、デリカシーのなさは裏表がないから安心できると評判で、うるささは底抜けの明るさとして来店客を笑顔にできている……らしい。
この年でお店を始めるなんて無茶だと思ったけれど、なかなか天職のようだ。高齢男性のみならず年齢も性別も問わず朋子は大人気で、嫉妬すら覚える。
*
お昼時である午前十一時~午後一時を過ぎると、おにぎり屋は落ち着きを取り戻す。閉店は午後三時で、それまでは遅めの昼を買いに来る人か、夕飯の足しにしようと総菜を買う人がぽつぽつ来る程度だ。
おにぎり屋「結-musubu-」の店内は狭く、テイクアウトのみの対応をしている。陳列棚も小さく最低限で、基本は注文を受けてから朋子がおにぎりを結ぶことが多い。カップみそ汁やカップ麺も置いておくと、おにぎりや唐揚げだけでは物足りない人が合わせて買ってくれる。
朋子はヒマな時間を利用して総菜メニュー人気ナンバーワンの唐揚げを味付けしていた。明日もたくさん出るだろうから、今日のうちに漬け込んでおく。
唐揚げの味付けレシピは、いたってシンプル。
酒・しょうゆ・しょうが・塩こしょうだけ。こだわりというと、チューブのしょうがではなく、国産しょうがを擦って入れているくらいで、それ以外は朋子の目分量だ。毎回少しずつ違う味になるものの、それが「飽きのこない味」としてリピートされている。
衣は、小麦粉と片栗粉のブレンド。これも「だいたい半々」という適当ぶりだ。
「お母さん、モテていいなぁ」
厨房カウンターの外で、電気ポットに水を補充しながらついボヤいてしまう。
朋子は、漬け終えた鶏モモを冷蔵庫に入れながらニヤついた。
「なんでだろうね。まさかの人生イチのモテ期到来よ」
「否定しないんかい」
「あーあ、お父さんより、もっと甲斐性のある人とも結婚できたかもー早まったなぁ」
「早まったも何も、もう還暦過ぎてるでしょうに」
そうだとしても羨ましい、と由加が嫉妬しかけていると、お店の横開きの扉がカラカラと開く音がした。
「旦那がいるわ。でもまだ別れてないのー」
「残念だなぁ」
三十歳独身彼氏無しの由加よりも、圧倒的にモテている還暦過ぎの朋子。客層は、おにぎり屋「結-musubu-」のある場所が市役所・税理士事務所・会計事務所などが並ぶ場所柄というのもあり、高齢の男性が多いからだ。そうに違いないと由加は自分に言い聞かせる。
「独身だとしてもお断りですよ~」
朋子は、心底イヤそうに言った。
最初は、そんな接客をして大丈夫かと由加は心配したものだ。でも、言われた高齢男性は顔を赤くしてニカっと笑顔を見せる。
「ハッキリ断られるのもいいもんだな! おじさんになると腫物扱いで厳しいことを言ってくれる人がいないからね!」
そして、ふたりしてアッハッハと笑う。
(わからん。あたしにはまったくわからんノリだ)
母・朋子のことを、ずっとデリカシーに欠けたうるさい人だと思っていた。しかしいざ客商売を始めてみれば、デリカシーのなさは裏表がないから安心できると評判で、うるささは底抜けの明るさとして来店客を笑顔にできている……らしい。
この年でお店を始めるなんて無茶だと思ったけれど、なかなか天職のようだ。高齢男性のみならず年齢も性別も問わず朋子は大人気で、嫉妬すら覚える。
*
お昼時である午前十一時~午後一時を過ぎると、おにぎり屋は落ち着きを取り戻す。閉店は午後三時で、それまでは遅めの昼を買いに来る人か、夕飯の足しにしようと総菜を買う人がぽつぽつ来る程度だ。
おにぎり屋「結-musubu-」の店内は狭く、テイクアウトのみの対応をしている。陳列棚も小さく最低限で、基本は注文を受けてから朋子がおにぎりを結ぶことが多い。カップみそ汁やカップ麺も置いておくと、おにぎりや唐揚げだけでは物足りない人が合わせて買ってくれる。
朋子はヒマな時間を利用して総菜メニュー人気ナンバーワンの唐揚げを味付けしていた。明日もたくさん出るだろうから、今日のうちに漬け込んでおく。
唐揚げの味付けレシピは、いたってシンプル。
酒・しょうゆ・しょうが・塩こしょうだけ。こだわりというと、チューブのしょうがではなく、国産しょうがを擦って入れているくらいで、それ以外は朋子の目分量だ。毎回少しずつ違う味になるものの、それが「飽きのこない味」としてリピートされている。
衣は、小麦粉と片栗粉のブレンド。これも「だいたい半々」という適当ぶりだ。
「お母さん、モテていいなぁ」
厨房カウンターの外で、電気ポットに水を補充しながらついボヤいてしまう。
朋子は、漬け終えた鶏モモを冷蔵庫に入れながらニヤついた。
「なんでだろうね。まさかの人生イチのモテ期到来よ」
「否定しないんかい」
「あーあ、お父さんより、もっと甲斐性のある人とも結婚できたかもー早まったなぁ」
「早まったも何も、もう還暦過ぎてるでしょうに」
そうだとしても羨ましい、と由加が嫉妬しかけていると、お店の横開きの扉がカラカラと開く音がした。
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