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第一章

おにぎり屋さん開業のために離婚します

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 還暦を過ぎた母・朋子ともこから、突然「私、離婚する!」と告げられ、由加ゆかは何も言葉を発せなくなった。両親の仲は良かったり悪かったりしつつも、まさか熟年離婚するほど悪化していただなんて。

「え、なんで?」

 由加は、ようやくの思いで問い返す。一方の朋子は娘の戸惑いをよそに、憤慨した様子で口をとがらせた。

「お父さん、私がおにぎり屋さんをはじめたいって言ったら反対するのよ! 許せない!」
「おにぎり屋さん?! どうして急に」

 熟年離婚をすると言ったその次は、おにぎり屋さんを始めたいだなんて。実家住まいで母との仲も友だちみたいだと自負していた由加も、初耳のことづくめの状況に溺れてしまいそうになる。

 朋子は、夢見心地のように笑顔を見せ、両手をぎゅっと握って宙を見上げた。

 古い一軒家は祖父母が建てたものでかなり古い。由加が子どものころにはすでに古かった記憶がある。天井のシミ、また増えたなぁと由加は関係ないことを考え、一時現実逃避してみた。

「お母さんね、ずーっとおにぎり屋さんやってみたかったの」

 うふふ、と柄にない少女のような笑い方をする。

「まあたしかに、お母さんのおにぎりはすっごく美味しいけど」

 商売としてやっていけるレベルだろうか? 飲食店経営が甘いものではないことぐらい、経験のない由加だってわかる。

「お母さんね、いつか自分のお店を持ちたいって独身時代からコツコツ貯めたお金があるの。パートで働いたお金も無駄遣いしないで貯めてね。だからお父さんには迷惑かけないって言ったのに……いい歳して危ないことはやめろって。いい年って何よ! 今が一番若いっていうのに。やらない後悔はしたくないの!」

 思い出して怒りが再燃したようで、苛立ちを由加にぶつけてくる。声が大きい。別の部屋にいる父に、わざと聞かせているかのようだ。

「そりゃ、お母さんは明るいし料理も上手いけど、さすがにこの歳からお店を始めるってのはちょっと……」

 由加が父の意見に賛成しかけると、朋子はニッコリ笑顔でさらにとんでもないことを言いだした。

「何言ってんの。由加も、会社を辞めて手伝うのよ!」

   *

 「派遣社員の契約もそろそろ終わるでしょ」と、母・朋子のゴリ押しで、由加は派遣期間の終了と共におにぎり屋さんを手伝うことになった。元々仕事も好きじゃないし、まぁいいかと乗っかってみる。

 朋子が言い出したら聞かないと、由加も分かっているから……。

「ここは安いけどランチ需要を確実に見込めるわね!」

 などと根拠のない自信で近所の賃貸物件を即決し、店名も内装もぱっぱと決め、飲食店経営のいろはもあっという間に吸収した朋子。食品衛生責任者の資格も取った。母にこんなポテンシャルがあるだなんて、由加は驚きっぱなしだった。

 「離婚だ!」と揉めて以降、両親は雑談をしなくなった。必要なことは話すけど、楽しく会話することはない。

(家がピリピリしていて、落ち着かないのは困るんだよな~)

 しかし、朋子がオープンしたおにぎり屋「結-musubu-」はまさかの大繁盛となり、毎日大忙しになって気まずい思いをしているヒマもなかった。
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