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6巻

6-2

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 先ほど窓から見た中庭を通って石造りの哨戒塔の下部に着くと、思ったよりも大きくて圧倒されてしまう。俺は塔を見上げ、引きつった笑みを浮かべた。


「か、階段が長そうだな……」
「めぇっ! めめめぇ! めぇっ!」

 長いとは言ってもゲームなので、満腹度と給水度が減るだけだから、まだ良いけど。
 明らかに鍛え上げられた兵士用の階段には、NPCの皆が苦戦する。それに手を貸しながら上がりきると、まさに死屍累々ししるいるいの状態になった。
 元気なのは俺達プレイヤーと兵士のナルだけだ。NPCからは感心した目で見られているけど、俺も現実なら死屍累々のグループに入ると思うので、あまりそんな風に見ないでほしい。
 彼らが回復するまでしばらくかかりそうだけど、見学の時間はたっぷりあるから慌てなくていいよ、とのこと。
 一方の俺達は、4人体制で哨戒している兵士達にはすみのほうへどいてもらい、大きな窓から景色を眺めてみた。


「うっわぁ~、これはお金が取れる絶景だね!」
「ん、規則正しく並ぶ民家も、真ん中にある大通りもいい。これは頑張って上った価値がある」

 ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶヒバリとヒタキ。
 小桜と小麦も窓枠に乗り、一緒になって窓の外を覗き込んでいる。どちらも二股の尻尾をゆらゆらさせているから、楽しんでる……よな。そうだと思っておこう。
 壮観な眺めを堪能たんのうしている2人と2匹は放置してよさそうなので、俺は頭上にいるリグと腕に抱くメイのために、指を差しつつ説明を試みる。


「リグ、メイ、あっちの派手な屋根が冒険者ギルドだな」
「シュ? シュ~シュッ」
「めぇめっめめめぇめ」

 2匹とも、なんとなく分かったって感じかな?
 見ているだけでも楽しいけど、こうやってワイワイ会話するとすごく面白い。
 身を乗り出しすぎて危ないヒバリを、ヒタキと一緒になって引っ張り戻したりしていると、あっという間に時間が過ぎていく。
 30分くらいすると、ナルが残念そうに手を打ち鳴らした。そろそろ時間らしい。


『これで見学は終わりだよ。城門まで送るから、最後の最後で気を抜いて迷子にならないよう、しっかりついてきてね~』

 ナルがそう言って歩き出すので、俺達も後ろに続いた。なんだかナルの口調には、「お家に帰るまでが遠足です」ってニュアンスが含まれている気がしてならない……。


「庭園より、ずっとレアな場所に連れてきてもらっちゃったね! これはめっちゃ自慢じまんできるぞぉ~!」
「ん、よかったよかった」
「「んにゃにゃんにゃにゃ」」

 そんな話をしているうちに城門に戻ってきて、これで解散かと思ったら、いきなりナルが大声を上げた。


『あ、そうそう! 忘れるところだった。この場にいる冒険者の皆さんに一言、我々は年齢や性別関係なく、あの哨戒塔を息切れなく上りきれる君達の入隊を、心からお待ちしてるよ~。安定収入と、頑張れば頑張った分だけの昇格は約束できるからね!』

 明るい口調とは裏腹に、目が笑ってないような気がする。ってか、明らかに笑ってないって。
 ナルの気持ちも分かるがちょっと怖い。案の定、全員が静かになってしまった。
 そして、直後の『じゃあ解散』という拍子抜けするくらい気の抜けた声を合図に、王城の見学会は終わりを迎えたのだった。
 と、とりあえずヒバリもヒタキも満足した様子なので、いったん噴水広場にあるベンチに戻って、次の計画を聞こうか。


     ◆ ◆ ◆


 噴水広場のベンチに座り、各々おのおのが膝の上にペット(俺ならメイ)を乗せて、モフモフを堪能する。
 そんなことをしていると、ヒバリがとても満足した表情でヒタキに話しかけた。


「最後ちょっと怖かったけど、楽しかったね!」
「仕方ない。どの国にとってもそうだけど、傭兵にもなる冒険者はいつ敵になるか分からない。優秀な冒険者にはできるだけつばつけたい、んだと思う」
「あぁ、なるほどな」

 ヒタキもナルの変貌へんぼうに思うところがあったのか、視線を地面に向けながらしっかりした口調で話した。俺もなんとなく分かった気がする。優秀な人材を仲間に引き入れたいのは当然だからな。
 まぁ俺達には関係のない話だから、記憶の片隅に留めておくだけで良さそうだ。
 そろそろ大きい戦闘イベントがありそうだとか2人は話してるけど、どうなんだろうな。
 ある程度ゲームには慣れてきたし、戦闘好きな仲間もいることだし、もしかしたら参加するかもしれん。


「次は何するんだ? もうお昼を過ぎてるから、時間がかかることはできないかもしれないけど」
「ふっふっふ、それなら心配ないよツグ兄ぃ!」

 俺が問いかけると、ちっちっちと人差し指を左右に振り、ドヤッとした表情をするヒバリ。


「はぁ……」

 俺は思わず気の抜けた返事をしてしまったが、まったくもって気にしていないようだ。


「ふへへ、王都は驚きと楽しみに満ちているんだよ、ツグ兄ぃ。次は魔法石を掘りに行こうか!」
「ほ、掘りに……?」

 高らかに言い放たれた言葉に、俺はものすごく困惑する。
 王都に鉱山はなかったよな……と首を傾げていると、ヒタキが服の袖を引っ張った。


「ここにはちょっとしたダンジョンがある。魔物があまりいない、魔法石掘りができる。はかどりまくり」

 俺の耳に手を当てて、コソッと告げて離れていくヒタキ。
 ヒバリの言い放った言葉もだが、今のヒタキの行動もよく分からん。


「まぁ、魔法石が採れるなら行ってもいいかもな。防具の強化ができるみたいだし」

 簡単に言うと、防具を強化できる魔法石の採れるダンジョンがあって、そこで頑張って採掘をすると。ツルハシとかなくてもいいのかな?
 メイの大鉄槌だいてっついで壁を殴ればいいのかもしれないが、他の諸々もろもろは準備しなくていいのか?
 そんなことを聞くと、「ツグ兄ぃの料理と、全部の壁を殴り壊す気力があれば大丈夫だよ!」と、満面の笑みを浮かべた妹達にグッジョブポーズを返されてしまった。
 じゃあ行こう、とメイを抱いたまま立ち上がり、ヒタキに道案内を頼む。
 俺は知恵の街エーチで見たあの高い建造物しか知らないから、他のダンジョンがどんな感じなのか分からないんだよな。うん、覚えることがいっぱいだ。


 ヒバリとヒタキに連れられてきたのは、広場の近くにある冒険者ギルド。哨戒塔からも見えたここが、どうやらダンジョンの入り口になっているようだ。
 とはいっても、俺にはどうしたらいいのか分からない。ヒタキに視線を向けると、控えめな声で「受付に行こう」と言われた。
 受付に着くと、ヒバリが元気よくお姉さんに話しかけた。


「こんにちは、お姉さん! 魔法石のダンジョンに行きたいんですけど、いてますか?」
『こんにちは、可愛らしい冒険者さん。まだまだ空きがあるので、すぐにでも行けますよ。手続きしますか?』
「よろしくお願いします!」

 突然のヒバリの質問にも笑顔で対応してくれたお姉さんが、早速手続きを始める。良い人だな。
 手続きを進めながら器用に注意点の説明もする、その手際に俺は感心してしまった。
 確か接客系のスキルや書類整備のスキルがないと、ギルドの受付は務められないんだっけ。給料がよくても大変そうだ。
 あ、ちなみに諸注意は……こんな感じだな。


◇他の多くの冒険者も魔法石を求めてダンジョンにもぐっているよ。いざこざを起こさず、遭遇しても見て見ぬ振りをしましょう。

◇ダンジョンの心臓であるかくは、もっとも大きい部屋の中心に浮いているよ。これを外に持ち出したらダンジョンが消えてしまうので、持ち帰ったりしないように。

◇ダンジョンはありの巣状に広がっているので、迷子になったら貸し出された腕輪を壊しましょう。転送の魔法陣が刻まれているので、ダンジョン入り口まで移動できます。ただし少々お高い。

◇これらを守れないと厳しい処分が待っているよ。最悪ギルド資格の剥奪はくだつ


 渡された腕輪は細身のシルバー製で、簡単に壊せるようになっていた。
 飾り気のないシンプルな腕輪をまじまじ見ていると、受付のお姉さんが話し出す。


『これで全ての手続きが終わりました。時間制限もございませんので、心行くまで楽しんでください。お帰りの際は、また受付にお立ち寄りくださいませ。腕輪の返却などの必要がございますので』
「はーい!」
『気をつけて行ってらっしゃいませ』

『入り口はあちらです』と教えてもらい、元気なヒバリ達を引き連れ、早速入り口に向かった。
 採取できる魔法石の量に制限はないし、入場料もないから、魔法石の量によっては売ってもうけられるかもしれないな。今回は自分達で使うけど。


「ギルドの中にダンジョンの入り口があるって、ちょっと面白いよね」
「ん、ちょっと面白い。魔法石掘り、頑張ろ」
「ほら、行くぞー」
「シュシュッ」

 楽しそうに話す双子を促し、ダンジョンの入り口に立っている職員に腕輪を見せる。
 入り口をくぐると、石や土がき出しになった空間が広がっており、すぐにダンジョンだと分かった。
 松明たいまつのような魔法具の照明が、一定の間隔で壁に掛かっている。なので決して真っ暗ではないけど、魔物がいるかもしれないので気をつけないと。
 はしゃぐヒバリを落ち着かせ、早くもモフモフに手を突っ込み、大鉄槌を取り出そうとするメイは頭を撫でて止める。
 蟻の巣状にダンジョンが広がっていて、そこかしこに人がいるなら、ヒタキ先生のスキルが役に立つはずだ。


「ヒタキ、スキルで人気ひとけのない場所を調べて、誘導してくれるか?」
「ん、任せて。少し奥まで行くけど、大丈夫」

 力強く頷いてくれるヒタキが、とても頼もしく思える。いつもお世話になります。
 移動を始める前に小桜と小麦に顔を寄せ、今回はヒタキについていくように伝えた。
 猫又ねこまたは少しの光があれば周囲を見渡せるので、きっとヒタキの助けになってくれるだろう。
 こころよく了承してもらえたので、俺も安心して後ろをついて行く。
 薄暗くて狭いけど、地下なのに湿っぽくないのでまだ快適だと思う。あくまでも俺の主観だけどな。
 蟻の巣のような細い道を進み、何度かツルハシやスコップで魔法石掘りをする冒険者と遭遇し、ようやくヒタキが足を止めた。


「ん、ここで魔法石掘りしよう」
「うん、そうだね。ここなら良さげかも!」

 何が良さげなのか俺にはさっぱり分からないけど、2人がそう言うのなら任せよう。
 小桜は前方、小麦は後方にいてもらうことにしたので、帰り道に迷うこともないはず。それにヒタキがいるし、一応俺も道を覚えているからな。
 あたりを見渡しながらうずうずしているメイに、ヒバリが声をかけた。


「さて、メイの出番だよ。思い切りどうぞ」
「めめっ! めぇめっめめめ!」

 途端に表情を輝かせたメイが黒金の大鉄槌を取り出し、元気な声で振り下ろす。
 ダンジョンの壁は再生スピードが速く、STR(力)の低い冒険者は採掘するのが大変だろう。だが俺達には破壊力抜群ばつぐんのメイがいるので、こういうことに苦労することはないかなぁ。
 大きな音を立て、黒金の大鉄槌がダンジョンの壁を穿うがった。
 大小様々な岩が周囲に散らばり、それらをヒバリとヒタキが拾い上げては、魔法石はどれだと探し始める。
 再生スピードよりわずかに早く、壁を壊していくメイ。これなら、まるで栗拾くりひろいをしている様子の2人に任せておけば大丈夫そうだ。
 騒音で魔物を呼び寄せてしまうんじゃないかな……と思いつつ、あたりを見渡す。
 一定の時間が経過すると壊れた岩は消えてしまうので、スピードアップのため、俺もヒバリやヒタキと同じく魔法石を探すのが良いかもしれない。
 でもここはあまり広くないから、俺まで参戦したらおしくらまんじゅう状態になってしまいそうだ。それはそれで楽しいかもだが、さすがに思いとどまり、頭上のリグと一緒に考える。


「んー、どうしようか」
「シュッシュシュ~」

 ゆっくりとリグを撫でていると、小麦のいる後方から青年がやってきて、驚いたように叫んだ。


「なんだこのそうお――うぉっ、ね、ねこたんっ!」

 俺達もそうだったけど、採掘中の冒険者と出会うと色んな意味でビックリするよな。うんうん。
 小麦を見て一瞬嬉しそうにした青年は、ハッとして、ささっと通り抜けようとした。しかし今度は小桜を見つけ、とてもさわりたそうな顔をする。
 結局我慢して、キリッとした表情で去っていった。
 そんなに触りたかったら、触ってもよかったんだけどな。
 それからしばらくして、中腰で探し続けていたヒバリがガバッと立ち上がり、片手を突き上げ思い切り叫んだ。


「やった、魔法石見つけたよ! 1個目じゃいっ!」


 小指の爪ほどしかない魔法石だが、嬉しいのは俺も同じだ。テンションの高いヒバリから魔法石を受け取る。


【無名の魔法石】
 ダンジョン内で生成された透明な魔法石。極稀にしか採取できず、あまり市場には出回らない。武器や防具の強化素材、錬金術の素材、MP補給などの用途に用いる。保有魔力量、残り18。


 以前、エーチのダンジョンで手に入れたスケルトンの魔法石とは色が違った。一応調べてみると、あれよりは質の悪いものらしい。
 でもヒバリとヒタキの防具を強化できる貴重な素材なので、なくさないよう大事にインベントリにしまった。
 それから小一時間、主にメイが頑張ったけど成果はかんばしくない。
 まあすぐに見つかるアイテムなら、今までに何個も入手してるか。
 俺がそんなことを考えていると、ヒタキとメイが何やら話し込んでいる。


「しばらくしたら、違う場所も掘ってみよう。良いポイントにぶち当たるかも」
「めめっめぇめっ!」
「ん、がんば」

 一方のヒバリは、地面に転がる岩の欠片が消えていくのを眺めていたり、自然に修復されていく壁を見つめていたりしている。
 メイが壁を壊さないとやることが無いので、ひまなんだろうな。
 やがてヒタキとの会話を終えたメイが、これまでとは反対方向の壁の前で黒金の大鉄槌を構えた。それを思い切り振り下ろすと、轟音ごうおんが鳴り響く。
 これ、すごく今さらなんだけど、騒音問題とかにならないよな? ちょっと心配。


「うぅ~、なかなか見つからないねぇ。まぁたくさん見つかってたら、あんなに高くないし……」

 転がってきた石を選別していると、ヒバリが気になることを言った。


「高い?」
「ん? うん。魔法石ってそこそこ高いよ。魔力の純度がなんとかって、さっき見つけたやつでも、数千ミュするんじゃないかな?」

 俺が聞き返すと、ヒバリは小さく頷いて話してくれた。
 なるほど、としか言いようがない。魔力の純度についてはよく分からないけど、そんなに高いのなら自力で手に入れたほうがいいな。うん。
 ちなみに、魔物の体内で精製された魔法石のほうが高いらしい。このダンジョンで見つかる無名の魔法石は少しお安め。


「出費がバカにならない、ってやつか。武具の強化でお金がなくなるとか、本末転倒だしな」
「うんうん、ファンタジーのゲームだとしても、このあたりが世知辛せちがらいんだよねぇ。あ、みっけ!」

 場所を変更したことが良かったのか、その後の発掘作業は比較的順調だった。
 相変わらず小指のつめほどの魔法石ばかりで、大きくても数センチの魔法石しか見つからないけど。
 俺はしばらく無心で拾っていたが、皆が疲れてきたように思えたので、いったん休憩しようと提案した。
 足下に転がってくる石しか見ていなかったように見えて、実は俺は周りを見ていたのだ! な、なんてな。
 メイが黒金の大鉄槌を振るスピードも、魔法石と石を選別するヒバリとヒタキの集中力も、落ちてきていたからな。
 今は大丈夫だとしても、何か事故があってからじゃ遅いから、今休憩するべき。
 インベントリから適当な布を取り出して地面に広げ、そこに座るよう促した。


「んん~、ずぅ~っと腰かがめてたから、ってる気がするぅ~。あ、小桜と小麦もおいで~」
「むぅ、精神的疲労も考えないと……」

 ヒバリが少し離れた場所にいた小桜と小麦を呼んでくれた。
 俺は布だけでなく、インベントリから必要なものを選んで取り出していく。
 満腹度や給水度のゲージはそれほど減ってないので、今は軽くまめるものだけでいいだろう。
 お疲れモードで小桜と小麦を撫で撫でする双子には、疲労回復効果がありそうなハーブティーを渡した。
 期待に満ち溢れた表情をしているリグ達には、お菓子かしを配る。
 随分とストックが減ってしまった。今度、まとまった量を作らないとな。
 ハーブティーとお菓子を摘まみながら、ヒバリが採取物を指折り数える。


「ん~と、魔法石が8個に、魔法石の欠片かけらが12個。魔力をびた宝石が3個。普通の宝石が6個」
「ふふ、上々じょうじょう。ミィちゃんとも話してあるから、全部ヒバリちゃんの着物につぎ込む」

 ヒタキはそれにうんうんと頷き、俺のほうを向くと、いつものようにグッジョブポーズをした。

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