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5巻

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 少しいそがしいながらもいつも通りの朝。
 中学校に行く双子の妹達、雲雀ひばりひたきを玄関で見送ってから、俺――九重ここのえつぐみはゆっくりと出かける用意を始めた。
 電車に乗ってホームセンターへ行き、適当な大きさの布を購入するためだ。
 次の日曜日に、俺達は近所の神社が主催するフリーマーケットに参加するんだが、その時、机にいて見栄みばえを良くするのに使おうと思う。
 実を言うとあそこのフリーマーケット、俺も小学生や中学生の時に、何度か両親と参加したことがあるんだ。
 妹達が生まれてからは、なにかとドタバタして不参加だったけれど。
 で、経験者は語るという訳ではないが、こういった布は絶対役に立つからな。
 ホームセンターでの用事を済ませた後、スーパーで特売品を買いあさったり、帰り道で知り合いと話したり、神社に寄ってフリーマーケットに参加する準備をアレコレしたりしていたら、あっという間に妹達が帰ってくる時間になった。


「たっだいま~つぐぃ。お腹いたなぁ」
「ただいま、つぐにい。部活の走り込み、疲れた」

 妹達は手を洗ってから、元気良く扉を開けてリビングに入ってきた。
 元気いっぱいの雲雀は俺のことを「つぐ兄ぃ」と呼ぶ。そしてやや感情の薄い口調の鶲は、「つぐ兄」と語尾を伸ばさない。
 陸上部という、俺なら体力的についていくのが無理であろう部活をやっている妹達は、本当によく食べる。
 たくさん動いているからだと思うが、食べざかりの男の子と変わらないんじゃないか?
 俺は冷蔵庫から、可愛らしい箱に入ったシュークリームを取り出しつつ答えた。


「あぁ、おかえり。夢結堂ゆめむすびどうのシュークリーム買ってきたぞ」
「うわっ、オシャンティなシュークリーム!」
「出かけた? ……あ、つぐ兄ありがとう」

 箱を見た雲雀が驚きながら中を覗き込む。
 鶲は少し首をかしげていたけど、すぐに俺が今日何をしていたかを察したようで、微笑ほほえみながら礼を言った。


「どういたしまして」

 ちなみに「夢結堂」というのは、最近、若い女性に人気のお菓子かし屋さんである。
 俺は今日、それを実感させられた。
 知り合いに評判を聞いて行ったんだけど、男の俺がホイホイ店内に入ったら肩身がとてもせまかった。
 まぁ俺が勝手にそう思っただけかもしれないけど。
 シュークリームで小腹を満たすと、各々おのおのがやらなきゃいけないことに手をつける。
 俺だったら夕飯の仕上げ。妹達だったら宿題……だな。


 夕飯の準備を終えて風呂掃除ふろそうじをしていると、リビングから雲雀のさけび声が聞こえてきた。
 慌てて戻ってきたら、ただの宿題が終わった歓声かんせいだった。
 なんともまぁ……まぎらわしいにもほどがある。
 夕食を食べて風呂に入り、寝る準備もある程度してから、お待ちかねのゲーム時間タイム
 用意周到よういしゅうとうという言葉がぴったりに感じるほど、妹達の準備は速かった。
 まぁ2人が楽しみにしているだけでなく、俺自身も楽しみになってきているし、ゲームをやることに異存いぞんはないぞ。
 雲雀だって毎回うなりながらも、宿題はしっかり終わらせてるからね。


「はい、ログイ~ン!」

 鶲に手渡されたヘッドセットをかぶり、雲雀の元気な声を聞きながら、俺はVRMMO【REALリアルMAKEメイク】のログインボタンを押した。
 いつも通り意識が沈む感覚におそわれ、あらがうことなくそれに身をゆだねる。
 昔はログイン時に事故が起きて、社会問題にもなったらしい。でも現代いまではVRMMOで事故が起こるなんてあり得ないのだそうだ。
 技術の進歩はすごいよな。


     ◆ ◆ ◆


 ふっと、いつもの意識が浮き上がる感覚。
 目を開けると温泉の街コウセイの噴水広場だった。
 もう見慣れた光景である。
 今日はゲーム内の筑波山つくばさんに行くための前哨戦ぜんしょうせん、みたいな予定だったよな。
 このR&Mの世界は日本の地形に対応している。
 一応ヒタキにゲーム内での地名も教えてもらってるんだが、現実リアルでの呼び方のほうが覚えやすいし分かりやすい。なのでついそちらを使ってしまうのは許してほしい。
 話を戻すと、俺達は今、現実世界で言うと茨城いばらき県の神栖かみす市あたりにいる。
 筑波山に向かうため、まずは霞ヶ浦かすみがうら――ゲーム名はミスティレイクのほとりにある潮来いたこを目指すことになった。
 潮来――このゲームではチョウライという村に泊まっている、大型客船愛好家ギルドが製作した大型遊覧船ゆうらんせんが目的だ。
 遊覧船は筑波山の近くにも停泊するので、これを利用しない手はないらしい。
 遊覧目的なのか移動手段なのか、結構ざつな運航のようだな。心配しても仕方ないけど。
 金額は1人当たり2500ミュと良心的で、ペットのリグ達の分はなんと無料だった。
 さて、ログインした俺がまずやらなきゃいけないのは、そのリグ達をび出すこと。
 俺がウインドウを開いていると、ヒバリとヒタキがなにやら相談をしていた。


「んん、コウセイから2~3時間歩けば、チョウライに着くかな。途中に敵が多かったらもっとかかるけど~」
「チョウライ、村というより集落。安全地帯あるかもしれない。けどギルドはないかも」
「だよねぇ~。あぁでも、どこのギルドで報告しても完了するから、クエストはやっとこうか」
「ん」

 現実世界だったら、家から筑波山まで車で2時間なのにな。
 そして、街や村にギルドがあるのは当たり前だと思っていたんだが、住人の数が少ない場合はギルドもないみたいだ。ちょっとシビア。


「じゃあ、ギルドで討伐とうばつ依頼を受けてから出発で大丈夫だな?」

 さっそく飛びついてきたリグ達をあやしつつ、俺は妹達に聞いた。
 うなずかれたので、噴水広場からギルドへ向かう。
 これまで何度か使ったことのある街から街への馬車が、チョウライまで出ていればよかったんだけど、集客の見込めない場所には行き来がないのだそう。
 ゲームでも世知辛せちがらさがあふれてるな。まるで一昔前の日本みたいだ。


「よぉし、チョウライに向けて出発だ~!」

 買い忘れた物はないか入念に確認し終わると、ヒバリが片手を突き上げて叫んだ。
 呼応するように、リグ達も気合いの雄叫おたけびを上げる。


「シュシュ~!」
「めめっめ~、め!」
「にゃんにゃん」

 今日はいい天気なので、コウセイの近くからでも筑波山が見えた。
 運悪く雨で見えなかったとしても、とにかく北西方向に歩いていけばチョウライにたどり着くはず。
 それに舗装ほそうされていないとはいえ商人の使う街道もあるので、そうそう迷子になることはなさそうだった。
 向かってくる魔物は倒してお金となってもらいつつ、のんびりと景色を楽しむ。
 途中、馬止めがある広めの土地を見つけたので、そこで休息を取って再び出発。
 ゲームの設定上肉体の疲労がないので、適当に飲み食いしながら歩き続けても大丈夫なんだけど、気分的にやっぱり休息は取りたいよな。


     ◆ ◆ ◆


 魔物との戦闘を何度か繰り返し、歩くこと2時間と少し。
 村と表現するにはいささか小さなチョウライに到着した。
 奥にはひときわ目をくものがデンッと存在している。大型客船愛好家ギルドの遊覧船が、湖に陣取っているのだ。


「うわぁ、すっごいねぇ~」

 ポカンと口を開けて感想を口にするヒバリと、全力で同意という風に何度も頷くヒタキ。
 俺やリグ達も呆然ぼうぜんと突っ立っていたので、双子のことをからかったりはできない。
 さすがにこんなに大きいとは思わなかった。
 ただずっとここにいても仕方がないので、遊覧船を食い入るように見つめるヒバリとヒタキを促し、集落に入っていく。
 魔物対策らしき太いさくに囲まれた集落は、ごくごく一般的なものに思えた。
 木造の家屋かおくが並び、家畜かちくが放牧され……視界のはしにちらつく船さえ無視すれば、どこにでもありそうな風景だ。
 ギルドらしい建物はなかったが、集落の中央には、俺達も会ったことのある女神様――エミエールをした石像が建っていた。
 教会で見た美しい女神像には及ばないが、魔物けの効果と、周囲を安全地帯にする効果はちゃんとあるらしい。
 俺達は遊覧船に乗せてもらうため、ぶらぶらしながら大型客船愛好家ギルドのメンバーを探すことにした。
 まぁ遊覧船の近くに行けば会えるんだろうけど、集落の探索もしたいからゆっくりとね。


     ◆ ◆ ◆


 広い集落ではないのであっという間に探索も終わり、遊覧船へ向かうことに。
 船に近づくにつれ、徐々にプレイヤーの姿が見え始めた。
 乗客っぽい人も少しばかりいた。
 客の数が思ったより少なくて心配になってしまったけれど、ゲームならどうとでもなるか……と思い直す。
 遊覧船を視界に入れながら歩いていると、ギルドの人であろうチャラそうな外見の青年が話しかけてきた。


「ちわっす。お兄さん達は乗船したい系っすか? 乗船したい系ならここで大丈夫っすよ。案内しますんで、俺の話ちょっと聞いて欲しいっす」
「え、あぁ……」
「歩きながら説明するっす。こっちっすよ~」

 青年の言葉遣いに俺は呆けた表情をさらしてしまったが、すぐに調子を取り戻して頷いた。
 こういうタイプの人とあまり接した記憶がないから、どう対応をすればいいのか戸惑とまどってしまったけど、普通に接すればいいよな。
 そこで聞かされた諸注意は……。
 船が動き出したら走り回らないこと。
 景色を見るのはいいけど、船縁ふなべりから身を乗り出さないこと。
 人魚やセイレーンに遊ぼうと誘われても、魔物なので受け容れないこと。
 ……などなど。
 俺とヒタキが思わずヒバリのほうを見たのはご愛敬あいきょうだ。


 さて、3人分の金額を払った俺達はさっそく船に乗り込んだ。
 遊覧船に相応ふさわしく展望デッキは広々としていて、視界をさえぎられることなく景色を堪能たんのうできた。
 展望デッキから船内へ戻る扉も綺麗きれい彫刻ちょうこくかざられていて、大型客船愛好家ギルドの船への愛が感じ取れること感じ取れること……。
 船内に戻った俺とヒタキは、休憩きゅうけいスペースにある木製のベンチに腰掛けた。
 ヒバリやリグ達は船に興味津々きょうみしんしんで、ギルドの人達に許可をもらってから、さらに探検しに行ったよ。
 許可されて喜ぶヒバリ達を、ギルドの人は微笑ましそうに見ていた。
 トラブルはないと信じたい。
 窓からの日差しが暖かく、しばらくベンチでのほほんとしていたら、不意にヒタキが自身の指を折り出した。


「朝の7時、お昼の12時、夕方の5時。3回行ったり来たり。忘れないようにしないと」

 あぁ、確かに。
 ちょっと眉根まゆねを寄せて考え込むヒタキの頭に手を置きつつ、俺は同感だと頷く。


「そうだな。油断していると、そういうところがおろそかになりそうだ」
「ん、行き当たりばったりも楽しい。けど約束してる。約束、守れなかったら悲しい」

 双子達は同級生と、日本の地理でいう水戸みと方面にある王都で待ち合わせをしているのだ。
 今日はリアルの木曜日で、日曜までに王都に行けばいい。なので、ゲーム時間としてはかなり余裕があると思う。
 けど寄り道をし過ぎたり迷子になったりしたら、間に合わないかもしれない。
 気をつけないと変な場所で変なドジをしそうだからな、俺。


 そんなこんなでベンチで時間をつぶしていると、船が出航しゅっこうする時間になったのか、慌ただしい雰囲気になってきた。
 俺とヒタキはギルドの人達の邪魔じゃまをしないよう展望デッキに向かい、出航するところを見ようと船の周囲を見渡す。
 ちょうど探検から帰ってきたヒバリ達もいたので合流し、誰もいないデッキの特等席に陣取らせてもらった。つまり、船の先端部分だな。
 霞ヶ浦は湖なので、ベタベタする潮風ではなく心地よい風が流れてくる。
 気候も穏やかだし、冒険するのに適してるよな。
 最初はゆっくり進んでいた遊覧船も、徐々にスピードを増していく。
 この湖の大きさなら、船旅は1~2時間になりそうだ。
 手すりを握り、サイドテールを思い切り風になびかせたヒバリが、楽しそうに表情を輝かせてヒタキに話しかける。


「ふぁ~、きっもちいいねぇ~!」
「ん、船に乗るのは久々。とてもいい気持ち」
「お父さんが休み取れるなら、今度の家族旅行は船でも良いかもね。じゃなくても水辺とか!」

 サイドテールを押さえつつ、ヒタキはほほを紅色に染めて繰り返し首肯した。
 リグは俺の頭の上に乗って真ん丸おめめをキラキラ輝かせているし、メイはピョンピョンと甲板かんぱんを飛び跳ねている。
 小桜こざくら小麦こむぎは船のスピードに驚いたのか、尻尾しっぽふくらませていた。


「む、順調ならログアウトまでにコウセイに戻れるはず。でも、運が悪いとダメかも。神様に祈っておいて」

 ヒタキがまたも楽しそうな表情を一変させ眉をひそめたので、俺は彼女の頭に手を乗せてやる。


「遊んでるとマズいかもしれないけど、そこまで急ぐ旅でも……うぉっ、あれは」

 その時不意に、遠目にも存在感のハンパない、巨大な女神像が目に入った。
 あれが牛久うしく大仏のゲーム版と言われている石像か。
 話には聞いてたけど、実際に見るとその大きさは想像を超えている。
 俺の声に反応したヒバリも楽しそうに親指を突き出した。


「んん~? うわ、あれはさすがにすごいね!」

 観光地になっていそうだなと思いつつ、俺は視線を巡らせて、船が水をかき分けて生じるキラキラした波を見つめた。
 心が洗われるというか、とても穏やかな気持ちになるというか……このまま何事も起こらず、筑波山まで行けるといいな。
 あ、見たことのない綺麗なヒレを持った魚が跳ねたぞ。


 陽気な気候をのんびり堪能していると、筑波山であろう山の姿がどんどんくっきりとしてきた。
 今さらだけどあれで良いんだよな? 他に山っぽい山はないし。


「あ、見えてきた見えてきた~!」

 整備された船着き場が見えると、遊覧船のスピードがゆっくりになって、乗客が荷物の確認など下船準備を始めた。
 船を降りる際には、出航は時間厳守、時間になったら待たずに出てしまう、この船の推進力は大型の魔石を使っている……といったことを教えてもらった。
 ちゃんとお礼を言ってから、ギルドの人達に別れを告げる。
 登るペースにもよるけど山で一泊するだろうから、彼らと次に会うのは明日だな。


     ◆ ◆ ◆


 俺達は船着き場から離れ、あまり整備されていない街道を歩き出した。
 ここにも馬車の通ったわだちが強めに残っているので、山を見て進めば大丈夫だ。
 雑草がしげっているが、ヒタキ先生のスキル【気配探知】にかかればたいした障害でもなかった。
 どうしても避けられない魔物だけ倒しながら、ついに山のふもとにたどり着く。
 幼馴染おさななじみ飯田いいだ美紗みさちゃん――ミィがいると魔物と戦いたがるから、少し波乱があったに違いない。けれど俺は基本慎重派しんちょうはなので、どうしてもそれらを避けてしまう。
 まぁ安全が一番。
 日差しを遮るため両目の上に手をかざしゆっくり見上げると、山は予想より大きくなかった。


「そこまで高い山じゃないんだな」
「ん、初心者向けらしい。でも現実と違って魔物がいるから、気をつけて登ろう」
「現実の筑波山って、ガマの油売りが有名だよ~。だからか分かんないけど、カエルの魔物が多いみたい。私、カエルは平気なんだ~ゲロゲロ」

 ヒタキは俺の言葉に小さく頷き、ヒバリはなぜか小ネタを話し出す。確かにガマの油売りの口上こうじょうは聞いたことあるな。小さいころに。


 そんなこんなで、俺達はなだらかな斜面を歩き始めた。
 少し雲が出ているけどほぼ快晴と言って良い、快適な登山日和びよりだった。
 加えて、ヒタキのスキルがあれば魔物に気をつけなくても良い。
 とても恵まれていると思えたが、やはり全てが順調にはいかなかった。
 どうやらさっき話に出たカエルの魔物のなかには、探知スキルに引っかからない個体がいたらしい。


「むきー!」

 突然ヒバリが大きな叫び声を上げた。


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