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10巻
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しおりを挟む金曜日の朝。
目覚ましに起こしてもらった俺――九重鶫は、二度寝をしないよう気をつけながら、ゆっくり起き上がった。
大きな欠伸をひとつしてから着替え、顔を洗うために下の階へ。
さっぱりしたらキッチンへ行き、エプロンを着用し、気合いを入れて朝食を作り始める。
「美味しくて、栄養があって、お腹いっぱいになるやつ……」
呟きながら手を動かし、昨日風呂に入りながら考えていたものを作ろうと思う。
昨日のパンと、具材たっぷりのオムレツ。あまり合わないとは思うが、お味噌汁だ。
もう慣れたものなので手早く作っていると、双子の妹達、雲雀と鶲がパタパタ足音を響かせ2階から下りてきた。
どちらが先にトイレへ駆け込むかの勝負だったらしく、敗者鶲の「もぉぉ!」という慟哭が響く。
彼女が負けるとは珍しい。
朝の恒例行事と化した争いが終わり、2人がリビングに入ってきたので挨拶をしたりされたり。
作った料理をテーブルまで持って行ってもらったり、俺は飲み物を持って行ったり。
準備が終われば3人揃っていただきます。うん、味は自画自賛出来るな。
「ねぇねぇつぐ兄ぃ、今日は金曜日だから長めにゲームしても良いよね? 時間かかるかもしれないんだぁ」
「やりたいことがいっぱいある。嬉しい悲鳴。わぁ」
「そうだな。明日は休みだから多めにやっても大丈夫だ」
「ふへへ、やったね」
「ん、やったね」
雲雀の言う「ゲーム」とは、俺達がプレイしているVRMMO【REAL&MAKE】――通称R&Mのことだ。
和気あいあいとした会話も楽しみつつ朝食を終え、学校へ行く雲雀と鶲を見送った。今日も元気いっぱいでなにより。
見送って家の中へ帰った俺は、いつものように家事。
やってもやっても終わらない、無限ループと化している作業。
今日はアレとソレとコレとソコと、と悩みながらも手を動かしていると、あっという間に時間が経ってしまう。
確認を忘れがちな携帯電話を見ても、パソコンを見ても、誰からも連絡が無いので、捗ってしまった感がある。
「……夕飯、夕飯、夕飯なぁ」
全世界の主婦の皆様が共通して悩んでいるであろう献立。
もちろん俺も例外ではなく、悩めば悩むほど他のことに神経が行ってしまうというかなんと言うか、簡単に言えば家事がより捗った。
残りのパンは夕飯に出来るほどではないけど、俺1人で食べきるのは無理な量だし。
「……」
ただでさえ静かな家に静寂が訪れる。
数秒思考を巡らせ、「あ」という呟きが静かなリビングに響き渡った。
今日の夕飯はグラタンにしよう。そうしよう。
なぜグラタンという答えに至ったのかは、よく分からない。
きっと、自分が食べたかったの一言に尽きると思う。うん。
そうと決まれば話は早い。グラタンは、食べるのは一瞬だけど、仕込みに結構な時間がかかる。
まぁ、どんな料理でもそうだけどな。
何のグラタンにするか考えつつ、手早く家事を終わらせてキッチンの中へ。エプロンを着ければ準備万端。
グラタンにおいて一番大事なのはホワイトソースだ。まぁ……マカロニ派やチーズ派もいるだろうけど。
吹っ切れたというか、目標の出来た俺はパパッと料理を作れちゃう……いや、待ち時間も多いからそれなりに手際よく作れたと思う。
「さて、あとはオーブンでこんがり焼き上げれば完成だ」
大きめの深型グラタン皿の、縁ギリギリまでグラタンが入っており、これが焼き上がればさぞかしお腹が満たせることだろう。
このグラタンは1人1皿、家にあるオーブンはひとつ。
焼き上がるのにも時間がかかるので、とにかくさっさとグラタンをオーブンに入れて焼くんだ! って感じ。生焼けはダメ絶対。
っと、そんなこんなをやっていたら家の外が暗くなり、玄関が騒がしくなって、雲雀と鶲が帰ってきた。
2人はまず、手洗いとうがい。しばらくすると、リビングの扉が開かれた。
彼女達は、リビングに入ったらすぐさまくんくんと鼻を鳴らし、キッチンテーブル越しに俺を見てくる。ちょっと笑ってしまった。
「はは、お帰り。雲雀、鶲」
「うん! ただいま、つぐ兄ぃ。美味しそうな匂い~!」
「ただいま。くんくん、これはつぐ兄お手製グラタンの匂い」
部活で思いきり運動したからか、グラタンの焼ける匂いに、空腹が刺激されているようだ。
でも出来上がるにはまだまだ時間がかかる。
美味しそうな匂いにうっとりしている2人に、お風呂を勧めてみる。もちろん即承諾。
「んんー、そうだなぁ。パンとグラタンだけじゃ野菜が足りないし、サラダでも作りますか」
用意するのは、ジャガイモとレタスとトマトと塩コショウ。
簡単に説明すると、適当な大きさにジャガイモを切って、レンジでチンして、適当に塩コショウしながら潰して、これまた適当に切ったトマトとレタスと共に皿へドン。
ほぼレンジでチンで出来た一品。頑張って潰したから手抜きではない、はず。
いつもは雲雀達が手伝ってくれるけど、今日は自分でテーブルに並べようかな。
オーブンでグラタンが焼き上がるまで、手持ちぶさただしね。
ゆっくり配膳しているとグラタンが焼き上がり、飲み物を用意して椅子に座ったところで、ちょうどお風呂上がりのホカホカ雲雀と鶲が現れた。
本当に良いタイミングだ。
しきりにお腹を擦りながらのっそり歩く雲雀と、素早くサッと席に座ってグラタンをロックオンする鶲。双子だけど、こういうところで性格が出て面白い。
揃って食べるときは、基本的に俺が「いただきます」をするので、今か今かと2人は待っている。
「いただきます。グラタン熱いから気をつけて食べるんだぞ」
「いっただっきまぁ~す! あつ、あっつ、うま、うまっ!」
「いただきまふはふ」
雲雀と鶲に続いて、俺も食べ始めた。
熱々のグラタンは、口の中に入れると大惨事を引き起こしかねないので気をつけよう。
十分に冷ましたグラタンをパンの上に載せ、ぱくりとひと口。
中にも上にもたっぷりのチーズと、ぷりっとしたマカロニが良い味を出していて最高だ。
一心不乱に食べていると、ふと雲雀が今日の予定について話し出す。
「あふっ。そうそうつぐ兄ぃ、今日の予定なんだけど、豪華二本立てにしようと思うよ! 美紗ちゃんたってのお願いと、なんだか面白そうなやつ」
「がんばって捻った。楽しんで欲しい」
鶲が器用に食べながら、うんうんと頷いた。
「そうだな、すごい楽しみだ」
……双子の友達である美紗ちゃんのお願いは、わりと簡単に想像がつく。
あぁいや、想像と違うかもしれないから、決めつけるのはよそう。
夕飯を食べ終わったら、いつものように食器をシンクに置いて水に浸ける。
ご満悦な表情を浮かべてお腹を擦っていた2人はゲームの準備。
渡されたヘッドセットを持つ俺の横で、雲雀がパソコンに向かってキーボードをカタカタ。
美紗ちゃんと連絡を取り合っているらしい。
諸々の準備が終わったら、皆でヘッドセットをかぶり、横についているボタンを押す。
すると、すぐさまゲームの世界へ誘われた。
◆ ◆ ◆
大都市アインドの噴水広場。
俺がログインしたと同時に、美紗ちゃん、いやミィから参加申請が来て、あまりの早さに少し笑ってしまった。
ヒバリとヒタキがログインして、次いでミィも現れる。ペットのリグ達も喚び出すと、俺の周りは一気に賑やかになった。
そしてとりあえず広場の端に移動。
「今日もよろしくお願いいたしますわ、ツグ兄様」
「あぁ、今日もよろしくな」
人気の無い端の方に移動し終えて軽く挨拶。
ミィは今日をとても楽しみにしていたようで、狼の耳と尻尾がぶんぶんとフィーバー状態だ。
じっくりゆっくりたっぷり楽しむらしいし、まずはミィたってのお願いとやらを、やってみるのかな。
ヒバリが言っていた、なんだか面白そうなやつ、ってのも気になるけどな。
どうせどっちもやるんだから気にしなくていいか、と心の中で自分にツッコミを入れ、楽しそうにしているヒバリとヒタキの方に視線を向けた。
それだけで彼女達は、俺がなにを言いたいのか分かったらしく、しっかりと頷いてミィにコソッと話しかける。
俺によじ登ってきたリグの背中を撫でつつ、話が終わった3人が口を開くのを待つ。
「とりま、朝っぱらから、ミィちゃんたってのお願いである、巨石のゴーレム退治ってクエストやろう!」
元気なヒバリから言われたのは、やはりミィのお願いで、モンスター退治系のクエスト。
ゴーレムって、あの大きな岩の塊で、ええと物理攻撃でぶん殴ってくるってやつ?
「はい! ゴーレムはとても硬い魔物のようです。ですが体のどこかに魔石が露出しているので、そこが弱点とのことです」
「ん、攻略掲示板で対策はバッチリ」
ミィとヒタキが楽しげな様子で乗っかり、足元を見ればメイがピョンピョン跳びはねて、鼻息を荒くして今か今かと待っている様子。
「というわけでツグ兄ぃ、ギルドに退治クエスト受けに行こう!」
「はいよ」
そんなこんなで皆を連れギルドに行き、巨石のゴーレム退治って依頼書を、クエストボードからペリッと引き剥がした。
もしかしたら、防御力が高くて倒すのに時間がかかるかもしれないから、と受けるクエストはこれだけ。もしかしたらを考えられるって、素晴らしいとお兄ちゃん思うぞ。
【街道を塞ぐ巨石のゴーレム退治】
西の門から道なりに進むと、街道を大きな岩の塊が塞いでいます。騎士団の調査によるとゴーレムの反応を示しており、魔物退治専門の冒険者への依頼となります。ゴーレムは攻撃力、防御力共に規格外ですので、お気をつけください。
【依頼者】冒険者ギルド(NPC)
【ランク】E~C
【報酬】討伐完了で5万M
受付も混んでいなかったのでスムーズに進み、軽い説明を受けて俺達はギルドをあとにした。
クエストの場所が少し遠いこともあり、噴水広場に戻らず歩きながら作戦会議だな。
街の中は人が多くて、話しながら歩くのは至難の業だけど、門をくぐって外に出れば、人の数は数えるほど。
クエスト内容の確認やゴーレムの特徴など、色々と話しながらのんびり歩いて行く。
こちらの道は冒険者が数人いただけで、行商人などNPCの姿はなかった。まぁ当たり前か。
15分程度歩いていると、巨大なゴーレムであろう岩が現れる。
「攻撃するか、めっちゃ近づくと、起き上がってきて戦闘になるって、受付の人が言ってたよね。この辺はピクリともしない」
「ん。いつも通りの作戦で行く。あとは臨機応変で頑張る」
「相手は岩の塊ですので、剣より拳より、打撃の鬼である大鉄槌が弱点だと思われます。あと、関節も弱点かもしれませんわ。それに魔物ですもの、とにかく殴れば倒せると思いますの。ふふ、ちょっとはしゃぎすぎですわね」
ゴーレムの周りには白線が引かれており、騎士団の人達が頑張った証かと、1人で納得してしまう。
俺が戦うとかではないからアレなんだけど、とりあえず戦ってみるしかないと思う。
ヒバリ達が、勝負にならない強敵に挑むとは思えないしな。安全第一。
作戦会議などは彼女達に任せ、俺はゴーレムであろう大きな岩を眺めてみる。
大きさは俺を縦に3人分、横に3~5人分ってところか。
色は、白と灰色が混じった普通の岩という感じで、土や赤茶色の汚れがついている。これはご愛嬌かもしれない。
どうやら作戦は、ヒバリがゴーレムの攻撃を引き受けるタンク。
ヒタキが小桜と小麦を連れて遊撃。
ミィはメイと左右からゴーレムをひたすら攻撃。
リグは俺の護衛で、俺はHPMP回復係と、いつも通り。
パーティーのバランスが良いから、レイドボスでもない限り倒されるってこともないだろう。
ヒタキが、周囲に巻き込まれそうな人などがいないことを確認。
皆で決めた場所に着くと、ヒバリが盾を構え剣を振りかぶり、ゴーレムに叩き付ける。
「んじゃあ、私がヘイト稼ぐまでちょっと待ってから攻撃始めてね! いくよ~、さぁんにぃ、いち、おんどりゃ……硬っ!」
カーンという、もの悲しい音が鳴り響いた。やはり鉄の剣だとしても、石を斬るのは難しいよな。
「ヒバリちゃん剣はゴーレムの継ぎ目、盾は平面を殴ってくださいな!」
「あっ、うん! 良し、ターゲットは私に固定したよ!」
ヒバリ達が戦い始めて少し経った。
ゴーレムの攻撃力が高いので、ヒバリのHPが勢いよく減るときがある。
それに合わせ、俺はポーションを投げる。
リグにはゴーレムの顔を目がけて糸を吐いてもらう。
一瞬で払われてしまうんだけど、動きが雑になったりするので、多少の効果はあると思いたい。
ゴーレムの攻撃で一番厄介なのは、自分の関節などを無視した360度全方位振り払い、かな。ヒタキのシャドウハウンドが一撃で全て倒されてしまうんだから。
「……むぅ。弱点、どこだろ?」
スキル【MP譲渡】をヒタキに施していたら、ふとそんな呟きを残してまた走って行く。
そう言えば、体のどこかに露出してる弱点の魔石があるって……ど、どこに?
ゆっくりじっくり見ることの出来る俺でさえ見つけられず、ミィとメイが打撃でチマチマとゴーレムのHPを削っていく。
どうやらこのゴーレムは再生能力を持っているらしく、戦闘が長引きそうだな。
そんなこんなでヒバリにHPポーションを投げていたら、不意にミィがヒバリへ声を張り上げた。
「ヒバリちゃん、ゴーレムの様子が変ですわ!」
ゴーレムになんだか赤いモヤのようなものが漂い始め、ヒバリは、キツいながらも捌いていた攻撃を連続で食らうようになった。
いったん下がって体勢を立て直した方が良いんじゃ無いか、そんなことを言う間もなく、ゴーレムの拳がヒバリに直撃した。
一瞬でHPが消し飛び、光の粒となって消え去る。
ヒバリが「ぴぇっ!」と意味をなさない言葉を最後に消えたのは少し面白かったけど、彼女がいないと俺達は色々マズい。
敵の360度攻撃で、範囲外にいた俺とリグ以外は全滅。ちょっと敵の強さを見誤ってたな。
すると何もなかったように、ゴーレムは丸まった大きな岩の姿を取った。
範囲内に入らなければ良いのか、攻撃をしなければ良いのかよく分からない。
「白線の外側にいる俺達には目も向けない。お金減っちゃうから、このままダッシュでアインドに戻ろうか、リグ」
「シュ~」
しょんぼり落ち込むリグの背中を撫で、クルッとゴーレムに背を向け走り出す。
噴水広場に戻ればヒバリ達もいるはず。転ばないように気をつけないと。
応援ありがとうございます!
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