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9巻

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 今日は日曜日なので、俺――九重ここのえつぐみは、平日の朝より少しだけ遅く起きた。
 いつものように着替えてリビングに行くと、双子の妹達、雲雀ひばりひたきの姿はない。
 彼女達の部屋の前を通っても物音ひとつしなかったので、まだ寝ているのだろう。
 用事はないし、俺もゆっくりしていいかもしれない。あ、朝食はちゃんと作るよ。
 冷蔵庫を開けて食材を眺めていると、ふと、双子との会話を思い出した。


「……そう言えば、ガレット食べてみたい、とか言ってたな」


 確かテレビで特集されてたんだっけ。そば粉はないけど、小麦粉もベーコンもチーズもジャガイモもあるから作ってみよう。
 少しばかり不安に感じる慣れないメニューは、俺達がプレイしているVRMMO【REALリアルMAKEメイク】――通称R&Mの中で試してからのほうが良いかもしれない。
 VR技術の進歩はすごい。今に始まったことじゃないけど。
 そんなこんな考えながらガレット作りをしていると、雲雀と鶲が起きてきた。
 俺はスープも作り、ワイワイにぎやかにいただきます。
 即席にしては美味おいしいと思う。まぁいためれば美味しいものばかり使っているから当然、と言われたらちょっとアレだけど。
 毎度のことながら絶賛してくれる雲雀と鶲に感謝しつつ、ペロリとたいらげ、ごちそうさまでした。
 お腹がこなれるまでまったりしていたら、ハッとした表情の雲雀が話しかけてくる。


「あ! つぐ兄ぃ、お昼くらいにゲームやりたいんだけどいい?」
「ん? あぁ、いいけど」
「ええっとねぇ、今日は久々に、ちょっとばかり長めにログインしたいんだぁ。ん~っと、ひぃちゃん先生お願いします!」


 勢いにうながされるままうなずくと、雲雀は満足そうな表情になり、最終的には鶲にバトンをぶん投げた。
 いつものこととはいえ……鶲も満更まんざらではなさそうだ。
 最近はプレイ時間が短めだったし、就寝時間が遅くならなければ良いか。俺も楽しみだし。


「ん、説明はお任せ」

 鶲先生渾身こんしんの説明によると、昨日クエストボードで見つけた『世界樹にく虫系魔物の討伐とうばつ』ってのをじっくりやりたいそうだ。
 簡単に言えば、放っておくと世界樹がれるかもしれないから駆除くじょを! ってことらしい。
 世界樹は大きくて生命力にあふれているが、明日には駄目だめになっているかもしれないし、世界樹の樹液を吸って成長した魔物が、聖域にい出してくるかもしれない。
 世界樹は魔法のみなもとである魔素を放出する、妖精族の母親でもあるから、枯れたら世界の平穏が揺らぎかねない……とかなんとか。
 あまり頭に入ってこなかったけど、雲雀と鶲がやりたいって言うなら付き合うよ。
 ちなみに今日は、ミィこと飯田美紗いいだみさちゃんの参加はなし。
 朝一番にメールが来たという。メールを打つ美紗ちゃんの姿が目に浮かぶ。
 血涙を流すくらいくやしがっていそうだけど、現実も大事だよ、美紗ちゃん。あ、俺達もな。


「なるほど。俺は構わないけど、いつ頃ゲームやるんだ?」
「んん~、お昼食べたあとかなぁ」
「分かった」


 お昼を食べたあとならまだ時間があるし、洗濯物でも洗おうかな。
 それと、しばらくやってなかった玄関掃除もしたいし、夕食は最近うどん祭りが続いたから、そろそろ違うものを食べたい。
 そんなことを考えていたら、鶲がいきなり雲雀の腕をつかんだ。


「雲雀ちゃん、私達は例の件について、アレとソレとコレの話し合いをしないといけない」
「へ?」


 2階へと連れていかれる雲雀。
 それを横目に、俺は十分にお腹がこなれたことを確認して、食器を洗うため立ち上がる。
 まったり出来るのも主夫の特権だよなぁ、とのんびり考えつつ、シンクに食器を置いて、蛇口をひねった。
 片付けが済んだら玄関に行って、すみにかなり積もっていた砂埃すなぼこり唖然あぜんとしながら、念入りに掃除。
 雲雀も鶲も2階に上がったまま帰って来ないけど、俺は気にせず、まったりのんびり洗濯をしたり、なんやかんやしたり。
 洗濯物を干してリビングに戻り時計を見ると、ちょうど針が正午を指していた。


「……あ、昼飯時か」

 思わず独り言をつぶやき、小腹がいたなぁとお腹をさする。
 2階からトタトタ音がしたと思ったら、階段のほうが騒がしくなり、雲雀と鶲が元気にリビングの扉を開いた。


「あれとかそれとかいろいろ終わらせた雲雀、参上!」
「いつものことしかしてない。つぐ兄、お昼なににするの?」


 鶲もまゆをへにょっと下げ、俺と同じようにお腹を擦っていた。
 早めに昼食を用意してあげないとって気分になる。
 雲雀も食いしん坊だけど、実は鶲も負けてないんだよな。
 簡単お手軽大量レシピは……っと。
 キッチンへ向かい、かけてあるエプロンを着用しつつ、そんなことを考える。
 少し趣向を変えて、お好み焼きでもいいか。ひたすらキャベツを切り刻む作業をがんばらないといけないけど。
 手伝うことはないかと聞かれたが、お好み焼きは本当に手伝ってもらうことが少ない。
 単純作業なら、2人がとても良く働いてくれるのは知ってるよ、うん。
 俺がキャベツを刻み、雲雀と鶲にはテーブルをいたり皿を出してもらったり。
 そんなことを指示しながら、3人分のお好み焼きを作り上げた。青のりと鰹節かつおぶしも忘れずに。


「んん~! んまぁ~!」
「ん、食物繊維せんいたっぷり。んまんま」


 たっぷりキャベツと、冷蔵庫に眠っていたニンジンを入れた野菜マシマシお好み焼きは、とても美味しかった。
 食べ終わった食器はキッチンのシンクへ持っていき、水にけておく。
 俺がキッチンからリビングに戻ったときには、すでにゲームの準備が終わっていた。次にやることは決まっているとはいえ、早すぎると思うんだけど。
 雲雀と鶲の期待した眼差まなざしに負けた俺は、雲雀からヘッドセットを受け取り、所定の位置に座ってかぶる。
 あ、どれくらいゲームするのか聞き忘れた。
 ゲーム内で聞くことにして、ヘッドセットのボタンを押したら、すぐさま意識が吸い込まれた。


     ◆ ◆ ◆


 意識が浮上する感覚を覚えて目を開くと、目の前に広がるのはちょっと見慣れない風景。
 プレイヤー冒険者がほとんどおらず、手のひらサイズの妖精ようせいが、楽しそうに空を飛んでいる。
 ここ、世界樹の上は雲から突き抜けているので、サンサンと太陽光が降り注ぐ。でも寒かったり暑かったりはせず、不思議な力で適温に保たれていた。
 時折風で揺らめく世界樹の葉を見ながらリグ達をび出していると、ヒバリとヒタキもやって来た。冒険者の数が少ないので、慌てずに集合できるのはいいかもしれないな。
 いつものように端へ移動することもなく、予定通りクエストを受けるため、俺達はギルドへ向かった。
 暇そうにしている受付の人が姿勢を正すのを横目に見つつ、クエストボードの前で、依頼を流し読み。すぐに虫系魔物の討伐依頼を見つけられた。
 他のクエストは受けず、今日はこれだけだ。


【世界樹の天然迷宮に棲み着く虫系魔物の討伐】

【依頼者】聖域ギルド
 世界樹の天然迷宮に棲み着いている、虫系魔物を討伐してください。下へ行くほど魔物の強さが上がります。火属性魔法の爆裂ばくれつ火炎魔法を除き、火を使用しても構いません。道案内が必要でしたら申請してください。
【ランク】B~E
【報酬】虫系魔物1匹につき300ミュ


 諸注意を聞き、道案内をお願いしたら、少しだけ待たされた。
 やがて入り口からワイワイ楽しそうな声が響き渡ったので、そちらを凝視。
 道案内として、以前世話になったスイが来てくれたんだけど、楽しそうだからって他に5人、妖精がくっついてきた。
 水色のスイ、赤色のアカ、緑色のリョク、茶色のチャ、白色のハク、黒色のコク。
 全員普通の妖精より、頭ひとつ力の強い子達ばかりらしい。でも楽しいことが大好きなあたり、やっぱり他の子と同じような気もする。
 ヒバリ達も喜んでいるのでまぁいいとして、早速世界樹の天然迷宮へ向かうとしよう。このままだと時間が過ぎるだけだ。


     ◆ ◆ ◆


 世界樹の天然迷宮への入り口は、ギルドの奥にある扉だった。
 扉の数歩先に階段があり、どこまで続いているかは見えない。でもゲームの設定上、疲労は感じないから、心を強く持てばいいと思う。
 カンテラ? みたいな照明器具で照らしてあるので、おっかなびっくり歩かずに済みそうなのは良いことだ。
 リグ達も妖精達もヒバリ達もついて来ていることを確認し、俺達はあせらずのんびりと階段を下りていく。


「えっと、あのね、スイ達は、虫系魔物が出る場所に案内してくれるんだよね?」


 可愛らしい妖精に興味が尽きないのか、先を行くヒバリが、弾んだ声で尋ねた。


『私が案内するわよ! 水の妖精だもの。母なる世界樹に流れる水の力を借りて教えるから、隅から隅まで魔物を倒しましょう!』
『あ、ボク達はスイとは違って、ただの賑やかしなんでお気になさらず』
「アッハイ」


 スイは元気に答えてくれたんだけど、他の5人は賑やかしなんだそうな。
 ……に、賑やかし? でも1人よりは2人、2人よりは6人のほうが良い。多分。
 5分以上歩くと、ようやく底が見えてきて、広間のようになっていた。
 世界樹にこんな大穴が開いてていいのかとスイに尋ねたら、気にしなくても良いらしい。全体の大きさを考えると問題ないんだとか。
 まぁスイ達が言うならそうなんだろう。
 賑やかしの妖精達も交えつつ、話しながら歩く俺達。
 しばらくすると、ヒバリの肩に座っていたスイが立ち上がり、俺のところへ飛んできて髪を引っ張った。


『こっちよこっち! 母様の体をむさぼる不届き者がいるのは!』


 瞬時にもっとも権限を持っていそうな人を見抜くのはすごいけど、髪の毛を引っ張るのはいただけない。あと、貪るって言葉はどこで覚えたの?
 でもまぁ、世界樹はスイにとって母親のような存在だから、気にしないでおこう。引っ張られる感覚はチョンチョンで痛くないし。
 彼女の必死な案内でやって来たのは、大きな穴のような袋小路ふくろこうじだった。


『あ、アイツらよ!』


 さわやかな甘みのある香りがかすかに広がる袋小路。
 そこにいたのは、1メートル程度もある平たい楕円だえん形で、緑褐色や青銅色の光沢を放つ……カナブンだった。カナブンは樹液や熟した果実が好物だし、それでいいよな。
 壁からしたたる世界樹の樹液に群がる様子は圧巻の一言。


「うわ……」


 樹液に群がりウゾウゾとうごめくカナブンの姿に、さすがのヒタキもドン引きしている。
 俺もちょっと、あれは嫌かなぁ。だけどお仕事なので、ちゃんと退治しなくては。
 リグにカナブンを文字通り一網打尽いちもうだじんにしてもらい、メイに網を引っ張ってもらって一ヶ所に集める。そこをヒタキの火魔法で倒す。
 火は虫系魔物の弱点だからと、随分丁寧ていねいに焼いていた。
 背中の光沢が綺麗きれいな部分と、薄翅うすば、触角が主なドロップアイテムだな。
 なにに使うか分からないけど、ヒタキとスイが満足した表情をしていたので良しとしよう。
 浅い階層はこのカナブンか、俺より少し大きいくらいの虫系魔物しか出ないらしい。
 できるだけ魔物を討伐したいが、危ないことはしたくない旨を伝えたら、それで十分だと喜ばれた。え、良いの?
 そうスイに問うと、下の階層の魔物ほど知恵が回るので、世界樹が枯れるほど樹液をすするやつはいないらしい。でも虫系魔物全般が迷惑なのは確か。
 スイとヒタキがひたすら索敵さくてきし、虫をまとめて焼却すること1時間。
 このあたりの魔物はあらかた片付いたらしく、スイが俺の髪を引っ張って、次の場所へ連れて行こうとする。
 俺達もまだやる気が十分なので、休憩をはさまず次の場所へ向かった。


「んん~っ、おおぉおおおぉぉっ!」
「……虫の王様降臨こうりん


 少し歩いて開けた場所に出た俺達は、目の前に鎮座する虫系魔物を見て、ちょっとテンションが上がった。
 樹液を啜っているのは同じだけど、この魔物は大きさからして貫禄がある。
 大きなY字形の角を持ち、大きさは俺と同じくらい。つやのある黒褐色をした、ふくらみのある円形の、昆虫の王者カブトムシだ。


『アイツ、すごい力持ちだから気をつけて!』
「め! めぇ、めめめぇめめめっめ!」


 ビシッとカブトムシの魔物を指差すスイを眺めていたら、メイがいきなり声を上げ、自身の胸から黒金の大鉄槌を取り出した。やる気満々の様子。


「ん、行っておいでメイ」
「めめっ!」
「え、まぁいいか……ヒバリ、メイが勝つと思う?」
「え? あ、うん! もちろん! メイも力持ちだもん。負けないよ」


 なぜかヒタキに促され、メイは大鉄槌を担いで可愛らしく走り出した。やる気があるのはいいと思う。
 小桜と小麦はまったりしている一方で、スイがメイのことを応援してくれる。
 その他の妖精達はいつの間にか木のカップを持ち、そこかしこからにじみ出している樹液をんで、宴会を始めていた。2度見してしまったのは俺だけじゃないはず。
 いろいろと放っておくことにして、メイを見守ろう。
 時間をかけてカブトムシのところまでたどり着いたメイ。
 カブトムシもメイを無視できないらしく、ゆったりとメイのほうへ向いた。
 両者は睨み合い、じりじり距離をせばめていく。
 次の瞬間、カブトムシは角で下からすくい上げるような突きを繰り出し、メイはそれを黒金の大鉄槌で上へ弾き返した。
 どうやら力比べは、我が家の破壊神に軍配が上がったようだ。
 カブトムシの体が浮き上がり、そのままドスンッと音を立てて引っ繰り返る。
 メイは角を上へ弾いた流れで振りかぶり、恐らくカブトムシで一番柔らかいお腹へ、大鉄槌を振り下ろした。
 カブトムシの魔物はメイの攻撃をくらうと身を起こそうと足を動かすも、数秒の後ピクリともしなくなる。やがて、光の粒子へ姿が変わって消え失せた。
 残ったのはドロップ品。コガネムシの魔物とあまり変わらず、追加は角くらい。


『わぁ~。一撃必殺ってこのことを言うのね!』
『あれくらい俺でもできる』
『え、ならなんでやらないのぉ? だしおしみぃ?』
『いくら力の強い妖精でもここじゃ赤子同然だよ、ボク達』
『お母様から飲み物もっともらおうかなぁ』


 メイの活躍を手放しで喜んでいるのは白色のハクで、ムスッとした表情を浮かべ呟いたのが赤色のアカ。アカをおちょくる感じで言ったのは茶色のチャ、たしなめたのは黒色のコク、我関せずでマイペースなのが緑色のリョク。
 なんだか妖精達の性格が分かってきたかも。スイはしっかり者だし。
 あ、メイが別のカブトムシのところに向かっている。危なげなく一撃で倒してたから、そこまで気にしなくてもいいんだろうけども。
 いや、待てよ。柔らかいお腹を攻撃したから一撃なのであって、かなり丈夫そうな背中はどうなんだろうか?
 仲間をやられいきどおっているのか、やる気というよりる気満々な、角のないめすカブトムシ。
 角がなく、おすより一回りも二回りも体が小さい代わりに、どうやら動きが素早い模様。
 そんな相手に大鉄槌を当てるのは、少し難しいかもしれない。


「リグ、メイのお手伝い頼んでも良いか?」
「シュシュ! シュッシュシュ~」

 こういうときのための仲間、ってやつだな。
 攻撃力も防御力も低いけど、素早く動けて敵の行動阻害にけているリグ。攻撃力にすべてを捧げ、動きがとても遅いメイの、最高のパートナーだと思う。
 リグの糸で身動きの取れなくなったカブトムシに大鉄槌を叩き付けるも、一撃では倒れない。背中側の防御力はすごいな。
 でも背中は大きくヘコみ、小刻みに痙攣けいれんしている。これは半死半生ってやつか?
 間髪かんはつ入れずに黒金の大鉄槌を連続で振り下ろすと、カブトムシは光の粒子へと姿を変えた。
 この1匹で、あたりの虫系魔物はいなくなったらしい。まぁ、虫は繁殖力はんしょくりょくがすごいから探せばいくらでもいるとのこと。
 安全になったこの場所で少し休憩しようと提案したら、すぐさま賛成の声が上がった。
 あ、今更感はあるけど、カナブンの魔物はブンブン、カブトムシの魔物はサイカチって名前だと、ヒタキに教えてもらった。


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