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16.広い心で
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「ああ、ノーランあれを見て。あの果物の砂糖漬け、宝石みたいに綺麗だわ」
クロエは嬉々として部屋の中央を指差した。ガラスの器に大量に盛られた果物の砂糖漬けはキラキラと輝いていて、確かに宝石のようだった。
「私、アプリコットの砂糖漬けが一番好きなの」
「そうなの? 知らなかったよ」
「貴方は?」
「私はオレンジかな」
「実は私、砂糖漬けにはうるさいのよ」
そういえば、昔ウェスに笑われたことがあったわ。
ーーどれも同じだろう、だって材料が一緒なんだから。
「……おかしいわよね」
「いや、分かるよ。それに、この砂糖漬けは君が好きだと思う。アーモンド夫人直伝の味だ」
「……ペネロペおばあさまの?」
「ああ、君はアーモンド夫人をただの"庭いじりおばあさん"みたいに言うが、結構すごい人なんだからな」
「まさか……」
ペネロペからそんな話を聞いたこともなかった。まさか、ハイガーデンの屋敷でこんなことを聞くとは思わなかった。ふと、高い天井を見上げる。赤を基調とした部屋は重厚で、格式高い。どんな人物が主催なのかも聞いていないが、かなりのお金持ちに違いない。今までとは比べ物にならない威圧感のようなものさえ感じる。
「取りに行こう」
ノーランははしゃいだような声で言った。不意に空気が解けていくのが分かる。彼はクロエの手をさり気なく引いて、砂糖漬けをひとつ摘んだ。クロエの好きなアプリコットだ。促されるまま、小さく口を開ける。甘酸っぱくて、どこか懐かしい香りが口いっぱいに広がる。
「……美味しい」
ノーランは、目を細めながら満足そうに笑った。
「知らないことが、たくさんあるのね」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。
「……例えば?」
ノーランは穏やかに微笑みながら、それでいて真剣な眼差しでクロエを見つめた。吸い込まれるような碧い瞳。
「貴方のこと、色々」
「私もだ、君のことをもっと知りたい」
室内の音楽がガラッと変わる。どうやら、ダンスの時間らしい。
「私、上手く踊れないの」
「それも知らなかった」
ノーランは天を仰いで大きく笑った。慌てるクロエなどお構いなしに、腰に手を回す。
「私に合わせて」
そう耳元で囁く。彼は想像通り、ダンスが上手だった。クロエは促されるまま、流れに身を任せていた。一度もノーランの足を踏まなかったのは奇跡だ。
「上手じゃないか」
「貴方がこんなにダンスが得意だとも知らなかったわ」
くるくると回る世界の中で、ノーランの笑顔だけが鮮明だった。
「今夜はお互いに、秘密は無しだ。何でも聞いて、君に隠し事はしない……だから、クロエ。君のことを教えてくれ、ひとつずつでいいから」
「いいわよ」
「それじゃあ、まずは私から。ノーランがあの屋敷に一人で住んでる訳って何? 言いたくないなら、この質問は飛ばしてもいいわ」
「いや、構わない。実は婚約者と別れて、町に居辛くなったんだ。情けない話だがね」
「それは……辛かったわね」
「ほとぼりが冷めるまで、一人になりたかった」
「理由を聞いても?」
「元々親が決めた相手だった。お互いに気持ちにズレがあったことに気付いていたのに……強引に話を進めた結果、爆発したのさ」
「そうだったの……ねぇ、後悔してる?」
声が僅かに震えてしまう。クロエは誤魔化すように唇を噛んだ。
「彼女とは、あまりいい別れ方をしなかった。でも、どこかで幸せになっていてほしいと思うよ、心から」
ノーランはどこか寂しそうに笑った。その顔をじっと見つめる。
「さぁ、今度は君の番だ」
音楽が少しずつ静かになっていく。一人、また一人と、周りのペアがゆっくりと離れていく。
「君は今、幸せか? 」
クロエは嬉々として部屋の中央を指差した。ガラスの器に大量に盛られた果物の砂糖漬けはキラキラと輝いていて、確かに宝石のようだった。
「私、アプリコットの砂糖漬けが一番好きなの」
「そうなの? 知らなかったよ」
「貴方は?」
「私はオレンジかな」
「実は私、砂糖漬けにはうるさいのよ」
そういえば、昔ウェスに笑われたことがあったわ。
ーーどれも同じだろう、だって材料が一緒なんだから。
「……おかしいわよね」
「いや、分かるよ。それに、この砂糖漬けは君が好きだと思う。アーモンド夫人直伝の味だ」
「……ペネロペおばあさまの?」
「ああ、君はアーモンド夫人をただの"庭いじりおばあさん"みたいに言うが、結構すごい人なんだからな」
「まさか……」
ペネロペからそんな話を聞いたこともなかった。まさか、ハイガーデンの屋敷でこんなことを聞くとは思わなかった。ふと、高い天井を見上げる。赤を基調とした部屋は重厚で、格式高い。どんな人物が主催なのかも聞いていないが、かなりのお金持ちに違いない。今までとは比べ物にならない威圧感のようなものさえ感じる。
「取りに行こう」
ノーランははしゃいだような声で言った。不意に空気が解けていくのが分かる。彼はクロエの手をさり気なく引いて、砂糖漬けをひとつ摘んだ。クロエの好きなアプリコットだ。促されるまま、小さく口を開ける。甘酸っぱくて、どこか懐かしい香りが口いっぱいに広がる。
「……美味しい」
ノーランは、目を細めながら満足そうに笑った。
「知らないことが、たくさんあるのね」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。
「……例えば?」
ノーランは穏やかに微笑みながら、それでいて真剣な眼差しでクロエを見つめた。吸い込まれるような碧い瞳。
「貴方のこと、色々」
「私もだ、君のことをもっと知りたい」
室内の音楽がガラッと変わる。どうやら、ダンスの時間らしい。
「私、上手く踊れないの」
「それも知らなかった」
ノーランは天を仰いで大きく笑った。慌てるクロエなどお構いなしに、腰に手を回す。
「私に合わせて」
そう耳元で囁く。彼は想像通り、ダンスが上手だった。クロエは促されるまま、流れに身を任せていた。一度もノーランの足を踏まなかったのは奇跡だ。
「上手じゃないか」
「貴方がこんなにダンスが得意だとも知らなかったわ」
くるくると回る世界の中で、ノーランの笑顔だけが鮮明だった。
「今夜はお互いに、秘密は無しだ。何でも聞いて、君に隠し事はしない……だから、クロエ。君のことを教えてくれ、ひとつずつでいいから」
「いいわよ」
「それじゃあ、まずは私から。ノーランがあの屋敷に一人で住んでる訳って何? 言いたくないなら、この質問は飛ばしてもいいわ」
「いや、構わない。実は婚約者と別れて、町に居辛くなったんだ。情けない話だがね」
「それは……辛かったわね」
「ほとぼりが冷めるまで、一人になりたかった」
「理由を聞いても?」
「元々親が決めた相手だった。お互いに気持ちにズレがあったことに気付いていたのに……強引に話を進めた結果、爆発したのさ」
「そうだったの……ねぇ、後悔してる?」
声が僅かに震えてしまう。クロエは誤魔化すように唇を噛んだ。
「彼女とは、あまりいい別れ方をしなかった。でも、どこかで幸せになっていてほしいと思うよ、心から」
ノーランはどこか寂しそうに笑った。その顔をじっと見つめる。
「さぁ、今度は君の番だ」
音楽が少しずつ静かになっていく。一人、また一人と、周りのペアがゆっくりと離れていく。
「君は今、幸せか? 」
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