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9.お礼がしたい

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 翌朝、クロエは頭を抱えて悩んでいた。ノーランのことだ。

 子ども扱いされたこと(それもかなり幼く)に腹を立ててはいたものの、薪を運ぶのを手伝ってくれただけではなく、無事に火を起こすところまで見届けてくれた。

ーー何かお礼をしたほうが良いわよね。

 昨夜の彼は、お礼など気にしなくてもいいから戸締りだけはしっかりするように、と口を酸っぱくして注意して帰っていった。
 慣れない土地で一人きりの屋敷に、よく知らない男性を上げるなんて……。彼を無条件に信用してしまった訳だが、やはり彼はとても紳士的だったと思う。

 草木に水を上げていても、花の香りを嗅いでも、どうしても彼のことが気になってしまう。

「……そうだ、レモンケーキにしよう」

 クロエは早速準備に取り掛かることにした。レモンはちょうど庭に生えているし、卵は今朝分けてもらった分がある。他の材料は家から持ってきたものでなんとかなる。クロエはお菓子を作ることが好きだった。

 きっと美味しくできるはず。クロエはふっと、昔のことを思い出して微笑んだ。ウェスはクロエの作るレモンケーキが一番美味しいと言っていた。不思議と、一晩経っても彼を恨む気持ちにはならなかった。実感が湧かない、といえば、それもそうなのかもしれない。

 クロエはまた暗い霧が心に掛かってしまう前に、キッチンへと向かった。無心になって卵や小麦粉をかき混ぜていれば、自然と心は整うものだ。

 レモンケーキが出来上がったのは、昼も過ぎた頃だった。おやつの時間に丁度いい。クロエはバスケットに焼きたてのレモンケーキを詰めると、ノーランの屋敷に向かった。

 昨夜は暗くて分からなかったが、少し外に出ればすぐにノーランの屋敷が見えた。こじんまりとしているが、立派な屋敷に見えた。

 クロエはなるべく年相応のレディに見えるように、持ってきた服の中で一番大人っぽいワンピースを選んだ。黒地に大きな水玉模様で、袖が大きく膨らんでいる。お気に入りのものだった。

「こんにちは、クロエよ」

 ドアを小さくノックすると、すぐにノーランが顔を出した。

「やあ、クロエ」

 一瞬驚いた様な顔をしたが、すぐに昨夜のことを思い出したらしい。

「驚いたよ。こんな美しくて素敵なお嬢さんと、いつどこで知り合ったんだろうって」

 明るい陽の下で見るノーランは、昨夜見た時よりずっとハンサムに見えた。ゆったりとした白いシャツは洗練されていて、髪もしっかり整えられている。

「貴方、実は口が上手いのね」

 思っていたより砕けて話す彼に、クロエは安心した。昨夜はもっと気難しそうに見えたからだ。子ども扱いされたことにむくれていたクロエに対しても、ひたすらに謝るばかりだった。女性慣れした男性なら、こういう時に上手く誤魔化すものなのに。
 だから心配していたのだが、目の前の彼は余裕たっぷりだった。

ーーまあ、このルックスだものね。

「……ノーラン、昨夜はありがとう。貴方のおかげで凍死せずに夜を越せたわ。これ、お口に合うといいのだけど」

 バスケットを手渡すと、ノーランはパッと顔を輝かせた。

「ありがとう、とても嬉しいよ。いい香りだ……もしかしてレモンケーキ?」

「ええ、当たりよ」

 子どもみたいに喜ぶノーランを見て、クロエは心から安心した。

「君って最高だ。良かったら、上がって。 お茶でも飲んでいかないか?」

「えっと……」

 突然のお誘いに、クロエは思わず戸惑ってしまった。八年もの間、ウェス以外の男性と二人きりで話したことがない。上手く話せるかどうか、自信がなかった。

「……その、ご近所さんとして。それに、このレモンケーキのお礼もしたい……ああ、忙しいのならまたの機会でも」

 戸惑うクロエに、ノーランもしどろもどろに言葉を繋いだ。困ったような表情の彼を見て、クロエはなんだかほっとした。思わず身構えてしまったが、それは杞憂だ。あまりにノーランが"完璧"なせいで意識してしまうが、心の優しい彼と友人になれたら嬉しい。

「嬉しいわ、ぜひご一緒させて」

 クロエがにっこり微笑むと、ノーランはホッとしたように胸を撫で下ろすような仕草をしてみせた。

「良かった、昨夜のことずっと心配していたんだ。君に嫌われてしまったんじゃないかってね」
 
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