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2.転機

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「クロエ、手紙よ」

 母から受け取った手紙からは、とても懐かしい香りがした。クロエはそれを胸一杯に吸い込んだ。

「ああ、ペネロペおばあさまからだわ」

 ぺネロペ・アーモンドは母方の祖母である。町外れのハイガーデンという森の奥の方に広い屋敷を持っていて、クロエはそこに遊びに行くのが大好きだった。

 懐かしい香りの正体は、ペネロペが趣味で作ったラベンダーのサシェだった。懐かしいハイガーデンの風景が目蓋の裏に浮かんだ。封筒の中には、少し古びた鍵が一緒に入っていた。

「鍵……?」

「あのね、クロエ」

 母はふと、真面目な表情になった。

「実は、ペネロペおばあさまから少し相談があったの」

 ペネロペは、もう何十年も前に夫を亡くしてからずっと独身を貫いていた。かつては何十人も使用人を抱えていたというアーモンド家だったが、今では長年侍女として連れ添ったアガタが一人残っているだけだ。
 今は趣味の庭いじりをしながら、ひっそりと暮らしている。

 その大好きな庭いじりの最中に、ペネロペは腰を痛めてしまったのだ。クロエも母と一緒に隣町の病院までお見舞いに行ったことがある。その時は腰を痛めたこと以外は元気そうで、早く屋敷に戻りたいとしきりに話していた。
 病院が近いという理由から今は親戚の家に身を寄せているのだが、じっくりと静養が必要だとのことでもうしばらく屋敷に戻ってこられそうもないらしい。

「まぁ、しばらくってどのくらい?」

「そうね、それはまだわからないわ」

 高齢のペネロペを心配して、親戚たちはそのまま一緒に住むことも提案しているらしい。勿論、ペネロペはあまり乗り気ではないようだが。

「留守の間、貴方に屋敷の管理をしてほしいって言うのよ」

「私に?」

 ペネロペはたった一人の孫であるクロエのことを大層気に入っていた。クロエもペネロペのことが大好きだった。一緒に庭の花を摘んでサシェを作ったり、薬草について教わったりしたこともあった。

 あんな風に穏やかに暮らしたい、とは何度も思ったことがある。憧れで理想的な屋敷だ。

ーー私にその管理を任せてもらえるの?

 クロエは心が躍った。常々、ペネロペはクロエに屋敷を任せたいと話していた。クロエも満更ではなかった。

「ええ、管理と言っても帰ってきたときに困らない程度よ。埃を払って、郵便を受け取ったり……」

 張り切るクロエとは反対に、母はあまりいい表情をしてなかった。それどころか、クロエを窘めるようにも聞こえる。

「無理に、とは言わないわ。おばあさまはそう言っても……あんな森の奥に行ってしまうなんて」

 母が言いたいことも理解できるつもりだ。結婚適齢期の娘が森の奥に引っ込んでいてもいいものか、ということだろう。

「それに、ウェスだって……」

 母は、ウェスとの関係も心配しているようだった。ハイガーデンに行けば、今まで以上に遠距離恋愛になってしまう。

「平気よ、ウェスのことは」

 以前、数週間だけ留守を頼まれたことがあったのだが、ウェスと喧嘩になってしまって出来なかったことがある。あの頃はそれも愛の為だと思っていたが、今のクロエは自分の為にハイガーデンに向かいたいと思っていた。それに、ペネロペの為にも。

「私、行くわ。ハイガーデンに」
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