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7.文字と文字の間の気持ち
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「これは……一体どういうことだ?」
カーティスが早めに用事を済ませて戻ったら、機嫌を取りたかった婚約者の姿はなく、なぜか元婚約者がデヴィンと仲良くお茶を飲んでいる。
「おかえりなさい、早かったのね」
「マチルダ……どうして君がここに?」
「手紙を貰ったからよ、貴方から」
マチルダは少しムッとしたように答えた。歓迎されていないと感じたらしい。普段のカーティスならもう少し上手いことも言えたかもしれないが、そんな余裕は持ち合わせていなかった。
「だって……貴方、彼女と婚約することを迷っているみたいだから」
その一言に、デヴィンは非難するような視線をカーティスに向けた。カーティスは慌てて首を横に振った。
「いいや、私はそんなこと一言も……」
デヴィンは小さく溜息を吐いた。マチルダはそんな二人の様子を見ると、証拠があると言わんばかりに小さな鞄から手紙を取り出した。
「ほら、ここ」
デヴィンとカーティスは揃ってマチルダの手元を覗き込んだ。デヴィンのアドバイス通り、季節の挨拶と、淡々と結婚が決まった事を書いたつもりだった。
「行間が少し開いている……これは躊躇いの現れでしょう?」
デヴィンはしまった、という顔で天を仰いだ。
マチルダはとてもいい人間だと思う。趣味が多く活動的で、慈善活動にも精を出す。見た目も愛らしく、教養もある。
ただ一つだけ、難点がある。
「マチルダ、聞いてくれ。その行間に深い意味は……」
「それから、ここ。最後の締めに私の体調を再度気遣ってくれたのは、私の本当の気持ちを知りたいんじゃないかと思って……」
ーーそれは、"手紙の行間を読みすぎる所"だ。
「あのね、貴方に未練がないと言ったら嘘になるわ。だけど……」
マチルダはきゅっと唇を噛んだ。その瞳にはうっすら涙を浮かべている。
「ごめんなさい、私と貴方とは……もう終わった事だと思っているの」
デヴィンはカーティスに小さく目配せをすると、『誤解をちゃんと解いてください』と、口をパクパクと動かした。そして、気配を殺しながら、そっと部屋を出て行ってしまった。気を利かせてくれたつもりなのかもしれないが、二人きりにはしないでほしかった。誤解を解くなら、第三者が必要な気がする。
「……ありがとう、マチルダ。でも、私は彼女のことを……フランチェスカのことを愛している。」
カーティスはそう言って、今にも泣き出しそうなマチルダの肩に優しく触れた。マチルダの瞳が驚きに揺れている。
「そうなの……? 私はてっきり……」
「心配してくれてありがとう、君の体調を気遣ったのは、本当に気掛かりだったからだ。季節の変わり目は体調を崩しやすい」
マチルダは耳まで真っ赤に染めると、パタパタと扇子で顔を仰いだ。風がひとつ起こる度に、懐かしい花の香りがする。カーティスはふと、懐かしさに口元を緩めた。
「……それで、彼女はどんな方なの?」
マチルダは咳払いをひとつすると、澄ました顔で訊ねた。
「父の友人の……古い知り合いの娘さんなんだ。初めて会った日から、彼女を運命の人だと思ったよ。二人で見た薔薇の花が綺麗で……それから、彼女はとにかく勢いがあるんだ。私が仕事で悩んでいると『迷ってるならやってみるべきよ』って、明るく背中を押してくれる。彼女が手を引いて、いつも私を明るい方へと導いてくれるんだ。何も言わなくても、私のことを理解してくれる」
カーティスがふと、言葉を止めると困ったように微笑んだ。
「それなのに、私は何も返せない」
大丈夫よ、とマチルダはカーティスの手に触れた。
「貴方は優しい人だわ」
不思議な気持ちだった。婚約者だった時の二人は喧嘩ばかりしていた。記憶の中のマチルダはいつも泣いていたし、カーティスは不機嫌そうに黙っていた。二人で穏やかに話したのは最後の日だけ。その後、お互いに文通を続けていたものの、わだかまりを感じていたのはきっとカーティスだけではないはずだ。
「……だけどね、貴方はいつだって言葉が足りないと思う。だから、私は行間を読むのよ。貴方の本当の気持ちを知りたくて」
マチルダはそう言って、優しく微笑んだ。思えば彼女にも、ずっと寂しい思いをさせてきた。彼女の行間を読みすぎる癖も煩わしく思って冷たく接してしまったこともあった。
「私はそれも楽しかったけど、今度は真っ直ぐに言葉にして気持ちを伝えてくれる人がいい」
マチルダがこんなふうに心の内を話してくれたのは初めてだった。
「マチルダ……君の幸せを祈っている、心から」
これまで幾度となく、手紙に書いた言葉だった。どこか嘘っぽいと思っていたけど、今なら心から言える。
「私も、貴方の幸せを祈ってるわ。これからもずっと」
二人は少しの間、過ぎてしまった時間を懐かしんでいた。
「……ところで、フランチェスカは? いつ戻るんだ?」
「気が済むまで、って言ってたわ。大きな荷物を持って」
マチルダは、まさか知らなかったの? と不思議そうな表情をしている。
「そんな、誰と……?」
カーティスはスーッと血の気が引いていくのが分かった。
「さあ、素敵な方だったわ。背が高くて……可愛い顔してた。彼女のことを大切な人、って言ってた」
「大切な人……?」
カーティスは強烈な目眩に襲われた。頭が付いていかない。婚約者が家を出て行った……それも、背の高い可愛い顔した男と。
「友人、とかではなく……?」
いや、それも問題だ。カーティスが頭を抱えていると、デヴィンが新しいお茶を持って部屋に戻ってきた。
「友人……そうだ、友人といえば。フランチェスカ様に"寂しかったら友人を招待すればいい"とおっしゃったそうですね」
デヴィンは思い出したように、カーティスに非難めいた視線を向けた。
「あら、ひどい。余計に寂しい気持ちになるわ」
マチルダまでカーティスを責めるような視線を向ける。
「しかも、あれほど注意したのに"お互い自由に生きよう"なんて言ったらしいじゃないですか」
「あら、確か彼女はチェレスタの出身でしょう? 私の友人にも一人チェレスタ出身がいるのだけど、大変みたいよ。自由恋愛OKだと思われるって。それでもいい人ももちろんいるけど、それは個人の問題……恋人に"自由"って言われる度にピリッとしちゃうの」
色々あるわよね、とマチルダはしみじみと頷いた。
「もちろん、私は生涯彼女一人だけだと決めている。彼女にもそうしてほしい……なあ、デヴィン。もちろん、その話を否定したよな?」
「ええ、しましたよ。だけど、大切なことは私の口から言うことは出来ません。お二人でよく話し合った方がいいと言いました」
どうしてこうも勘違いは続くのか。そして誰か気付くことはなかったのか……悔やんでも、もう遅かった。
カーティスが早めに用事を済ませて戻ったら、機嫌を取りたかった婚約者の姿はなく、なぜか元婚約者がデヴィンと仲良くお茶を飲んでいる。
「おかえりなさい、早かったのね」
「マチルダ……どうして君がここに?」
「手紙を貰ったからよ、貴方から」
マチルダは少しムッとしたように答えた。歓迎されていないと感じたらしい。普段のカーティスならもう少し上手いことも言えたかもしれないが、そんな余裕は持ち合わせていなかった。
「だって……貴方、彼女と婚約することを迷っているみたいだから」
その一言に、デヴィンは非難するような視線をカーティスに向けた。カーティスは慌てて首を横に振った。
「いいや、私はそんなこと一言も……」
デヴィンは小さく溜息を吐いた。マチルダはそんな二人の様子を見ると、証拠があると言わんばかりに小さな鞄から手紙を取り出した。
「ほら、ここ」
デヴィンとカーティスは揃ってマチルダの手元を覗き込んだ。デヴィンのアドバイス通り、季節の挨拶と、淡々と結婚が決まった事を書いたつもりだった。
「行間が少し開いている……これは躊躇いの現れでしょう?」
デヴィンはしまった、という顔で天を仰いだ。
マチルダはとてもいい人間だと思う。趣味が多く活動的で、慈善活動にも精を出す。見た目も愛らしく、教養もある。
ただ一つだけ、難点がある。
「マチルダ、聞いてくれ。その行間に深い意味は……」
「それから、ここ。最後の締めに私の体調を再度気遣ってくれたのは、私の本当の気持ちを知りたいんじゃないかと思って……」
ーーそれは、"手紙の行間を読みすぎる所"だ。
「あのね、貴方に未練がないと言ったら嘘になるわ。だけど……」
マチルダはきゅっと唇を噛んだ。その瞳にはうっすら涙を浮かべている。
「ごめんなさい、私と貴方とは……もう終わった事だと思っているの」
デヴィンはカーティスに小さく目配せをすると、『誤解をちゃんと解いてください』と、口をパクパクと動かした。そして、気配を殺しながら、そっと部屋を出て行ってしまった。気を利かせてくれたつもりなのかもしれないが、二人きりにはしないでほしかった。誤解を解くなら、第三者が必要な気がする。
「……ありがとう、マチルダ。でも、私は彼女のことを……フランチェスカのことを愛している。」
カーティスはそう言って、今にも泣き出しそうなマチルダの肩に優しく触れた。マチルダの瞳が驚きに揺れている。
「そうなの……? 私はてっきり……」
「心配してくれてありがとう、君の体調を気遣ったのは、本当に気掛かりだったからだ。季節の変わり目は体調を崩しやすい」
マチルダは耳まで真っ赤に染めると、パタパタと扇子で顔を仰いだ。風がひとつ起こる度に、懐かしい花の香りがする。カーティスはふと、懐かしさに口元を緩めた。
「……それで、彼女はどんな方なの?」
マチルダは咳払いをひとつすると、澄ました顔で訊ねた。
「父の友人の……古い知り合いの娘さんなんだ。初めて会った日から、彼女を運命の人だと思ったよ。二人で見た薔薇の花が綺麗で……それから、彼女はとにかく勢いがあるんだ。私が仕事で悩んでいると『迷ってるならやってみるべきよ』って、明るく背中を押してくれる。彼女が手を引いて、いつも私を明るい方へと導いてくれるんだ。何も言わなくても、私のことを理解してくれる」
カーティスがふと、言葉を止めると困ったように微笑んだ。
「それなのに、私は何も返せない」
大丈夫よ、とマチルダはカーティスの手に触れた。
「貴方は優しい人だわ」
不思議な気持ちだった。婚約者だった時の二人は喧嘩ばかりしていた。記憶の中のマチルダはいつも泣いていたし、カーティスは不機嫌そうに黙っていた。二人で穏やかに話したのは最後の日だけ。その後、お互いに文通を続けていたものの、わだかまりを感じていたのはきっとカーティスだけではないはずだ。
「……だけどね、貴方はいつだって言葉が足りないと思う。だから、私は行間を読むのよ。貴方の本当の気持ちを知りたくて」
マチルダはそう言って、優しく微笑んだ。思えば彼女にも、ずっと寂しい思いをさせてきた。彼女の行間を読みすぎる癖も煩わしく思って冷たく接してしまったこともあった。
「私はそれも楽しかったけど、今度は真っ直ぐに言葉にして気持ちを伝えてくれる人がいい」
マチルダがこんなふうに心の内を話してくれたのは初めてだった。
「マチルダ……君の幸せを祈っている、心から」
これまで幾度となく、手紙に書いた言葉だった。どこか嘘っぽいと思っていたけど、今なら心から言える。
「私も、貴方の幸せを祈ってるわ。これからもずっと」
二人は少しの間、過ぎてしまった時間を懐かしんでいた。
「……ところで、フランチェスカは? いつ戻るんだ?」
「気が済むまで、って言ってたわ。大きな荷物を持って」
マチルダは、まさか知らなかったの? と不思議そうな表情をしている。
「そんな、誰と……?」
カーティスはスーッと血の気が引いていくのが分かった。
「さあ、素敵な方だったわ。背が高くて……可愛い顔してた。彼女のことを大切な人、って言ってた」
「大切な人……?」
カーティスは強烈な目眩に襲われた。頭が付いていかない。婚約者が家を出て行った……それも、背の高い可愛い顔した男と。
「友人、とかではなく……?」
いや、それも問題だ。カーティスが頭を抱えていると、デヴィンが新しいお茶を持って部屋に戻ってきた。
「友人……そうだ、友人といえば。フランチェスカ様に"寂しかったら友人を招待すればいい"とおっしゃったそうですね」
デヴィンは思い出したように、カーティスに非難めいた視線を向けた。
「あら、ひどい。余計に寂しい気持ちになるわ」
マチルダまでカーティスを責めるような視線を向ける。
「しかも、あれほど注意したのに"お互い自由に生きよう"なんて言ったらしいじゃないですか」
「あら、確か彼女はチェレスタの出身でしょう? 私の友人にも一人チェレスタ出身がいるのだけど、大変みたいよ。自由恋愛OKだと思われるって。それでもいい人ももちろんいるけど、それは個人の問題……恋人に"自由"って言われる度にピリッとしちゃうの」
色々あるわよね、とマチルダはしみじみと頷いた。
「もちろん、私は生涯彼女一人だけだと決めている。彼女にもそうしてほしい……なあ、デヴィン。もちろん、その話を否定したよな?」
「ええ、しましたよ。だけど、大切なことは私の口から言うことは出来ません。お二人でよく話し合った方がいいと言いました」
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