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21.胸の内

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 しーっと、自身の人差し指を私に唇に押し当てて悪戯っぽく笑った。

「驚かせてすまない」

 小さな声で囁くように言った。いきなり口を塞いで引き倒すような弟とは大違いだった。彼は紳士的だ。
 ようやくはっきりと彼の顔が分かるようになった。軽薄な印象の弟のテオより、優しい顔立ちをしていた。太い眉に柔らかいタレ目が可愛らしい。

「君は……」

「ジゼル・サマーです」

「そうか……アリシアのことは本当に残念だった」

 私を気遣うように、躊躇いがちに肩に触れた。

「……フィンはあの部屋?」

「ええ、呼んできましょうか?」

「いや、ここにいるのが見つかったらまずい。本当はここに来ては行けないんだ。さっきもそれでフィンに怒られて……何か騒ぎがあったのか?」

「ええ、私の従者が少し体調を崩しまして……」

「それは心配だな、医者は呼んだか?」

 鋭い口調に途端に緊張が走る。

「いえ、フィンが……」

「ああ、そうか。彼に任せておけば大丈夫だ。もしも、助けが必要なら言ってくれ」

 ほっとしたように息を吐く。どうやら、本当に心配してくれているようだ。

「ありがとうございます、ダニエル王子」

 頭を深く下げて感謝の意を伝えると、彼は慌てて手で制した。

「君もどうか気をつけて、こんなことで命を落とすことはない」

 眉間に眉を寄せて、その表情には苦悩と葛藤が見えた。アリシアのことも耳に入っていたのだ。心苦しく思うのは無理もないことだし、むしろ彼が心を痛めていることに少し安心した。

「……お優しいですね」

「優しくなんかない、私はこの馬鹿げた伝統を止めることも出来ないのだから」

「止めようとしたことがあったのですか?」

 ダニエル王子は、一瞬ぽかんとした顔をすると、すぐに困ったように笑った。

「痛いところをつくな……ある。だが、やっぱり私には無理だったんだよ」

 ダニエル王子は自分の無力さを嘆いているようだった。フィンが彼のことを慕っているというのが理解出来る。優しくて、少し頼りない。放っておけないタイプだ。

「それなら、選ばれた妃を最後まで大事にしてあげてください。貴方の為に、命を張った方ですわ」

 ダニエル王子の胸にそっと触れると、やっと眉間の皺が消えた。 

「それで、貴方が国王になった暁にこの馬鹿げた伝統を終わらせればいい」

「君は……、変わってるな。自分を選べ、とは言わないのか?」

 きっと、彼が欲しかった答えはこれではなかった。でも、その答えに導いてあげられるのは私ではない。

「選んで欲しいと言ったら、私は勝ち上がれるかしら……なんて、そんなことは言えませんよ」

 あえて茶化すように言うと、ダニエル王子は胸に当てていた私の手に自分の手をそっと重ねた。思っていたより、ずっと温かい手だった。

「私はひとりの人間として、貴方が選ぶ道が幸せであるように祈っております」

 どうせ、私は偽物の令嬢だ。どうなっても彼の妃候補に残ることはないだろう。

「君は……フィンと同じようなことを言うんだな」

「それは、光栄ですわ」

 カチャリ、とどこかの部屋のドアが開く音がした。

「もう行くよ、ジゼル。君に会えて良かった」

「ええ、私もです。ダニエル王子」

 別れ際、ダニエル王子はそっと手を差し出した。てっきり、手の甲に唇を落とすお決まりの挨拶だと思っていたから、つい油断した。
 差し出された手を掴んだ瞬間、すっと体を引き寄せられる。手の甲ではなく、私の額にそっとキスをした。

「おやすみ、ジゼル」

 彼はそう言って、また夜の闇に消えて行ってしまった。私は、しばらくその場から動くことが出来なかった。
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