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「レオ様、お客様でございます」

「客? 誰だ」

 レオは訝しげに眉を顰めた。今日は一日人と会う約束など入っていないはずだった。約束もなしにレックスが招き入れるような人物とは誰だろう。

「アッシャー様でございます」

「通してくれ」

 そう言うと、待ち構えていたようによく見知った男が部屋に入ってきた。

「久しぶりだな、レオ」

 両手を広げて近づいてくるので、レオもそれに答える。二人は熱い抱擁をして、固く握手をした。

「ああ、アッシャー」

 柔らかくてふわふわとした髪が特徴のアッシャー•トンプソンはレオと古くからの友人だ。小さな山を越えた隣町に住んでいる。

「最近見かけないから思わず訪ねてきてしまったよ」

 彼が最近見ないというのは、夜に酒場で見ないという意味だろう。

「ああ、あまり家を開けるのは妻に申し訳ないからな」

「随分と人は変わるものだな」

 アッシャーは目を丸くして心の底から驚いているようだ
った。

「昔のレオからは想像出来ない言葉だ 」

「確かにな、昔の私はそうだった。でも今は違う」

 レオは決まり悪そうに笑った。

「そうか、レオにそこまで言わせるなんて、さぞ素敵な女性なんだろうな。町で一番の美人を嫁に貰ったんだろう」

「ただ美しいだけじゃないんだ。彼女は」

「心底惚れてるんだな」

 アッシャーは楽しそうに笑った。

「夫人は出掛けているようだな、レックスに聞いた。是非お会いしたかったのに」

「アッシャーが来ることを知っていたら、妻もきっと会いたかったはずだ」

「……レオ、雰囲気が変わったな」

 アッシャーはまじまじとレオの顔を覗き込んだ。

「昔に比べると随分と顔色がいい。目元のクマもないし、肌ツヤもいい。髪もさらさらじゃないか」

「ああ、デイジーが食事と睡眠にかなり気を遣ってくれてな、最近は体も軽いような気がする」

 レックスからも同じようなことを指摘された。元々レオは自分に頓着がない男だったし、レックスからの忠告も今までは右から左に受け流していた。
 デイジーの言うことをきちんと聞くようになってみたら体の調子が随分と良くなった。

 美人の凄む顔は怖いからな。

 自分と頭一つ分以上身長が違うのに、彼女は怯むことなくまっすぐ目を見てレオに意見する。
 顔だけの女だと思っていたが、実際の彼女は賢くて強い女性だった。
 あんなに真っ直ぐに自分のことを考えてくれる女性はいなかった。

「大事にしろよ」

「言われなくてもそうするさ」

 彼女を大事にしたい、こんな気持ちになるなんて想像もしていなかった。もっと冷め切った関係になると思っていたのだ、父と母のように。

「それより本題はなんだ? 急ぎの用事でもあるのか」

「ああ、最近金持ちを狙った輩が町出ているらしい」

「物盗りか?」

「いや、石を投げたり矢を射ったり……嫌がらせのつもりかもしれない。だが怪我人も出ているからな、いずれも軽い怪我だ。お前も気を付けろよ。昨夜も誰かが襲われたと、酒場で話しているのを聞いた」

「物騒だな……、最近国の情勢も傾いてる。こういう時はみんな荒むものだからな」

「みんな鬱憤が溜まってるんだろう。数は増えてるようだ。いずれこの町も危険になるだろう」

 アッシャーの表情は暗く沈んでいる。子爵と言っても何も行動を起こそうともしない者もいるが、彼は町をより良くしようと考えている。だからこそ、今の状況を憂いているのだろう。

「ありがとう。お前も暗くなる前に山を越えろ、気を付けろよ」

「ああ、またな。式の日取りが決まったら教えてくれよ。
次は是非、ヴァンダー夫人もご一緒に食事でもしよう。」

「ああ、もちろんだ」

 アッシャーは用事が済むと、ひらひらと手を振って部屋を出て行った。
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