31 / 47
31.二人
しおりを挟む
「ネイト、ここにいたのか」
アルベルトはネイトの持っていたトレーからグラスを取ると、少し隠れるように隣に立つ。さっき会った時よりなんだかやつれているように見えた。
「お疲れですか?」
クレアはルイス侯爵たちと談笑していた。彼女が笑うと、まるで花が咲いているように周りがパッと明るくなる。
「ああ、あまりこういった華やかな雰囲気は……正直言うと苦手なんだ」
アルベルトはふっと、ネイトを横目で見てから何かを思い出したように笑った。
「……こうしていると、思い出すな」
「何をです?」
「随分前……ネイトがまだ城に来て間もない頃だ。やっぱり私はこうしてパーティーを抜け出そうとしていた。君は確かキャンベルから仕事を教わっている最中で、彼の後ろを付いて回っていた」
「ええ、そうでした」
キャンベルは城の雰囲気を分かってもらう、と言ってどこに行くにもネイトを連れて歩いていた。
「誰かが、君に『アルベルト王子はどこへ行った?』と訊ねたんだ。君は柱の影に隠れていた私と目が合った」
ああ、覚えている。あの時、迷子のような表情を浮かべている彼を見つけた時、咄嗟に"隠さなくては"と思ったのだ。
ネイトが幼い頃から新聞などで見ていたアルベルトは、いつも冷たい微笑を浮かべていた。誰のことも信用していないような仄暗い瞳をして、それでも自分には余裕があるのだ、と知らしめるような微笑。
そのイメージとはまるで真逆だったが、それはネイトにとって決してイメージダウンにはならなかった。
キャンベルやチャーリーだったら、アルベルト王子の為に、呼び戻そうとしたかもしれない。
あの時の自分は、勝手な感情で彼を一人の人間として見ていた。それが正しかったのかと問われれば、きっと正しくはないだろう。
「……君は『見てません』と言ってくれた。それがすごく嬉しかった」
あれは確か、ダニエル王子が城を離れる前日のことだった。
「あの日もそうだったが、やっぱり君の側にいると……」
アルベルトは周りに気付かれぬように、そっとネイトの額に触れるか触れないかギリギリのキスをした。
「落ち着く。こんな気持ちは初めてだ」
その言葉が、ネイトにとってどれほど嬉しかったかアルベルトはきっと想像できないだろう。
ネイトは何か言わなくては、と思ったが上手い言葉が見つからなかった。嬉しい、とか自分も同じ気持ちだ、とか何を言っても今の気持ちを表すのに言葉がついていかなかった。
そんなことを言われると、またおこがましくも期待してしまう。どうにか出来るような関係など、自分たちの間には存在しないとわかっているのに。
「ああ、行かなくては」
アルベルトは寂しげな表情を浮かべていた。彼の視線の先には、国王夫妻とバンクス夫妻が並んでいた。
また音楽が鳴り始める。クレアも人並みを流れるようにアルベルトの元へ進んでいく。
二人は顔を見合わせて微笑み合った。そして、家族と共に奥の部屋へと進んでいく。
ーーこれからどうなるのだろう。
クレアは、もしかしたら夢など忘れてアルベルトと共に生きることを望むかもしれない。はたまた、クレアの夢にアルベルトを一緒に連れて行きたいと思うかもしれない。
そもそも、彼女の両親は一人娘をあてのない旅へ出すことを許すだろうか。
どちらにせよ、それは自分には関係のない世界だ。
ネイトはそう、何度も自分に言い聞かせていた。
アルベルトはネイトの持っていたトレーからグラスを取ると、少し隠れるように隣に立つ。さっき会った時よりなんだかやつれているように見えた。
「お疲れですか?」
クレアはルイス侯爵たちと談笑していた。彼女が笑うと、まるで花が咲いているように周りがパッと明るくなる。
「ああ、あまりこういった華やかな雰囲気は……正直言うと苦手なんだ」
アルベルトはふっと、ネイトを横目で見てから何かを思い出したように笑った。
「……こうしていると、思い出すな」
「何をです?」
「随分前……ネイトがまだ城に来て間もない頃だ。やっぱり私はこうしてパーティーを抜け出そうとしていた。君は確かキャンベルから仕事を教わっている最中で、彼の後ろを付いて回っていた」
「ええ、そうでした」
キャンベルは城の雰囲気を分かってもらう、と言ってどこに行くにもネイトを連れて歩いていた。
「誰かが、君に『アルベルト王子はどこへ行った?』と訊ねたんだ。君は柱の影に隠れていた私と目が合った」
ああ、覚えている。あの時、迷子のような表情を浮かべている彼を見つけた時、咄嗟に"隠さなくては"と思ったのだ。
ネイトが幼い頃から新聞などで見ていたアルベルトは、いつも冷たい微笑を浮かべていた。誰のことも信用していないような仄暗い瞳をして、それでも自分には余裕があるのだ、と知らしめるような微笑。
そのイメージとはまるで真逆だったが、それはネイトにとって決してイメージダウンにはならなかった。
キャンベルやチャーリーだったら、アルベルト王子の為に、呼び戻そうとしたかもしれない。
あの時の自分は、勝手な感情で彼を一人の人間として見ていた。それが正しかったのかと問われれば、きっと正しくはないだろう。
「……君は『見てません』と言ってくれた。それがすごく嬉しかった」
あれは確か、ダニエル王子が城を離れる前日のことだった。
「あの日もそうだったが、やっぱり君の側にいると……」
アルベルトは周りに気付かれぬように、そっとネイトの額に触れるか触れないかギリギリのキスをした。
「落ち着く。こんな気持ちは初めてだ」
その言葉が、ネイトにとってどれほど嬉しかったかアルベルトはきっと想像できないだろう。
ネイトは何か言わなくては、と思ったが上手い言葉が見つからなかった。嬉しい、とか自分も同じ気持ちだ、とか何を言っても今の気持ちを表すのに言葉がついていかなかった。
そんなことを言われると、またおこがましくも期待してしまう。どうにか出来るような関係など、自分たちの間には存在しないとわかっているのに。
「ああ、行かなくては」
アルベルトは寂しげな表情を浮かべていた。彼の視線の先には、国王夫妻とバンクス夫妻が並んでいた。
また音楽が鳴り始める。クレアも人並みを流れるようにアルベルトの元へ進んでいく。
二人は顔を見合わせて微笑み合った。そして、家族と共に奥の部屋へと進んでいく。
ーーこれからどうなるのだろう。
クレアは、もしかしたら夢など忘れてアルベルトと共に生きることを望むかもしれない。はたまた、クレアの夢にアルベルトを一緒に連れて行きたいと思うかもしれない。
そもそも、彼女の両親は一人娘をあてのない旅へ出すことを許すだろうか。
どちらにせよ、それは自分には関係のない世界だ。
ネイトはそう、何度も自分に言い聞かせていた。
0
お気に入りに追加
189
あなたにおすすめの小説
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
帝国皇子のお婿さんになりました
クリム
BL
帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。
そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。
「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」
「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」
「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」
「うん、クーちゃん」
「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」
これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
【R18】【Bl】魔力のない俺は今日もイケメン絶倫幼馴染から魔力をもらいます
ペーパーナイフ
BL
俺は猛勉強の末やっと魔法高校特待生コースに入学することができた。
安心したのもつかの間、魔力検査をしたところ魔力適性なし?!
このままでは学費無料の特待生を降ろされてしまう…。貧乏な俺にこの学校の学費はとても払えない。
そんなときイケメン幼馴染が魔力をくれると言ってきて…
魔力ってこんな方法でしか得られないんですか!!
注意
無理やり フェラ 射精管理 何でもありな人向けです
リバなし 主人公受け 妊娠要素なし
後半ほとんどエロ
ハッピーエンドになるよう努めます
殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。
真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。
そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが…
7万文字くらいのお話です。
よろしくお願いいたしますm(__)m
仮面の兵士と出来損ない王子
天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。
王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。
王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。
美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる