2 / 47
2.知らない顔
しおりを挟む
アイスブルーの瞳に、透き通るような金色の髪。何を聞いても始終つまらなそうな表情を浮かべる。
彼が小さく溜息を吐く度に、周りの空気が凍っていくのが分かる。
今議論になっているのはヴィクトワール国の第二王子であるアルベルトの十八の誕生日に開かれるパーティーのことだった。この国では、王子の十八の誕生日には王城を開放し国民を招く。店を出したり、一晩中灯りを灯して、盛大に祝う。
「……話はそれだけかな?」
第一王子であるデヴィッドは、自身の誕生祭をとても楽しみにしていたし、とても張り切っていたと聞いている。対してアルベルトは驚くほど消極的だった。
ルイス侯爵が消え入りそうな声で、小さく「はい」と答えた。
「アルベルト王子は、自身にあまりお金を使わなくてもいいと仰っています。それより、子どもが退屈しないように催し物に凝って欲しいと……」
チャーリー・コールマンは慣れたように朗らかに笑うと、用意していた資料を広げた。
「出店を予定している数ですが、少し酒に偏りすぎでは?」
チャーリーはアルベルトの側近として、彼が幼い頃から一緒にいる。赤みがかった茶色の髪に、同じ色のぱっちりとした瞳。少年のようなあどけない表情は、アルベルトと対称的でくるくると変わる。彼が一言発すれば、すぐにほっと場が暖かくなる。このクレール城の癒しだ。
「ですよね、アルベルト王子?」
子どもみたいに笑うチャーリーに目もくれずに、ただ小さく頷く。
「ネイトもそう思うでしょう?」
チャーリーは誰にでも屈託なく笑い掛ける。突然話を振られてわずかに戸惑ったものの、ネイトも頷いた。
「ええ、酒を提供する者は足りているでしょうから、万人受けする店を増やした方がいいでしょう」
一瞬、数人の侯爵たちの顔が曇ったのが見えた。この機会に酒を楽しみにしている者も多いのは分かっている。特に、年配者たちは、敢えて酒を提供する店を勧めているのだ。王子の誕生祭となれば、みんなとっておきの酒を持ってくる。
けれど、チャーリをはじめとする若者世代はそれをあまりよく思っていなかった。男性ばかりでガヤガヤと楽しむより、女性や子どもたちも楽しめるような、明るく、開かれた誕生祭にしたいようだった。
「……これは、私が無事に誕生日を迎えられたことに対しての感謝の日なんだ。だからこそ、全ての人に開かれた誕生祭でありたい」
言葉とは裏腹に、相変わらず冷めた表情を浮かべている。少し分かり辛いが、どうやらネイトの意見を擁護してくれたらしい。
ネイト・ハワードは、実はこれまでの話を半分ほどしか聞いていなかった。大半はアルベルトの横顔に見惚れていたからだ。
ーー今すぐこのまま押し倒されたい、できるだけ冷たく見下ろされたまま果てたい。
視線に気付いたのか、それとも邪な思いが伝わってしまったのか、アルベルトの視線がこちらに向けられた。宝石の様な瞳が僅かに揺らいだかと思うと、また彼は俯いてしまった。長い前髪が掛かって表情が読めない。
彼はきっと知らない。ネイトが頭の中で日頃どんな大変な妄想を繰り広げているか。もしも、頭の中が見えるなんて人間がいたら、すれ違った瞬間にぎょっとするだろう。
「少し考え直す必要がありそうですね……今日はここまでにしましょう」
チャーリーは明るくその場を締めた。ぞろぞろと部屋を出て行くのだが、ネイトはいつも敢えて一番最後に部屋を出る。
これには理由があった。最後に扉を締める瞬間に見ることが出来る、アルベルトの一瞬だけ素に戻る瞬間が見たいからだ。ある時は、隠そうともしない大きな欠伸、ある時はボソッと呟いた「お腹空いた」、これが楽しみだった。
チャーリー曰く、アルベルトは普段は気を張って口数も少ないが、本当は穏やかでよく笑う人だそうだ。たまに、侯爵たちの軽口を聞いて頬を緩ませているのを見たこともある。意外と抜けているところがあるから放っておけないとネイトにこっそりぼやいていたこともあった。
それが羨ましかった。彼だけが、アルベルトの心の拠り所なのだと実感させられてしまう。
今日のアルベルトはというと、伸びた前髪を鬱陶しそうに掻き上げた。その仕草が妙に色っぽくて、ネイトは思わず下唇を噛んだ。
報われない恋をしていることは承知しているし、いずれどうにか報われるだなんて思ってもいない。
ーーだから、頭の中くらい自由にさせてくれよ。
締めた扉を横目に、ネイトは制服のポケットに手を突っ込んだ。煙草入れにはあと数本しか残っていなかった。
彼が小さく溜息を吐く度に、周りの空気が凍っていくのが分かる。
今議論になっているのはヴィクトワール国の第二王子であるアルベルトの十八の誕生日に開かれるパーティーのことだった。この国では、王子の十八の誕生日には王城を開放し国民を招く。店を出したり、一晩中灯りを灯して、盛大に祝う。
「……話はそれだけかな?」
第一王子であるデヴィッドは、自身の誕生祭をとても楽しみにしていたし、とても張り切っていたと聞いている。対してアルベルトは驚くほど消極的だった。
ルイス侯爵が消え入りそうな声で、小さく「はい」と答えた。
「アルベルト王子は、自身にあまりお金を使わなくてもいいと仰っています。それより、子どもが退屈しないように催し物に凝って欲しいと……」
チャーリー・コールマンは慣れたように朗らかに笑うと、用意していた資料を広げた。
「出店を予定している数ですが、少し酒に偏りすぎでは?」
チャーリーはアルベルトの側近として、彼が幼い頃から一緒にいる。赤みがかった茶色の髪に、同じ色のぱっちりとした瞳。少年のようなあどけない表情は、アルベルトと対称的でくるくると変わる。彼が一言発すれば、すぐにほっと場が暖かくなる。このクレール城の癒しだ。
「ですよね、アルベルト王子?」
子どもみたいに笑うチャーリーに目もくれずに、ただ小さく頷く。
「ネイトもそう思うでしょう?」
チャーリーは誰にでも屈託なく笑い掛ける。突然話を振られてわずかに戸惑ったものの、ネイトも頷いた。
「ええ、酒を提供する者は足りているでしょうから、万人受けする店を増やした方がいいでしょう」
一瞬、数人の侯爵たちの顔が曇ったのが見えた。この機会に酒を楽しみにしている者も多いのは分かっている。特に、年配者たちは、敢えて酒を提供する店を勧めているのだ。王子の誕生祭となれば、みんなとっておきの酒を持ってくる。
けれど、チャーリをはじめとする若者世代はそれをあまりよく思っていなかった。男性ばかりでガヤガヤと楽しむより、女性や子どもたちも楽しめるような、明るく、開かれた誕生祭にしたいようだった。
「……これは、私が無事に誕生日を迎えられたことに対しての感謝の日なんだ。だからこそ、全ての人に開かれた誕生祭でありたい」
言葉とは裏腹に、相変わらず冷めた表情を浮かべている。少し分かり辛いが、どうやらネイトの意見を擁護してくれたらしい。
ネイト・ハワードは、実はこれまでの話を半分ほどしか聞いていなかった。大半はアルベルトの横顔に見惚れていたからだ。
ーー今すぐこのまま押し倒されたい、できるだけ冷たく見下ろされたまま果てたい。
視線に気付いたのか、それとも邪な思いが伝わってしまったのか、アルベルトの視線がこちらに向けられた。宝石の様な瞳が僅かに揺らいだかと思うと、また彼は俯いてしまった。長い前髪が掛かって表情が読めない。
彼はきっと知らない。ネイトが頭の中で日頃どんな大変な妄想を繰り広げているか。もしも、頭の中が見えるなんて人間がいたら、すれ違った瞬間にぎょっとするだろう。
「少し考え直す必要がありそうですね……今日はここまでにしましょう」
チャーリーは明るくその場を締めた。ぞろぞろと部屋を出て行くのだが、ネイトはいつも敢えて一番最後に部屋を出る。
これには理由があった。最後に扉を締める瞬間に見ることが出来る、アルベルトの一瞬だけ素に戻る瞬間が見たいからだ。ある時は、隠そうともしない大きな欠伸、ある時はボソッと呟いた「お腹空いた」、これが楽しみだった。
チャーリー曰く、アルベルトは普段は気を張って口数も少ないが、本当は穏やかでよく笑う人だそうだ。たまに、侯爵たちの軽口を聞いて頬を緩ませているのを見たこともある。意外と抜けているところがあるから放っておけないとネイトにこっそりぼやいていたこともあった。
それが羨ましかった。彼だけが、アルベルトの心の拠り所なのだと実感させられてしまう。
今日のアルベルトはというと、伸びた前髪を鬱陶しそうに掻き上げた。その仕草が妙に色っぽくて、ネイトは思わず下唇を噛んだ。
報われない恋をしていることは承知しているし、いずれどうにか報われるだなんて思ってもいない。
ーーだから、頭の中くらい自由にさせてくれよ。
締めた扉を横目に、ネイトは制服のポケットに手を突っ込んだ。煙草入れにはあと数本しか残っていなかった。
1
お気に入りに追加
189
あなたにおすすめの小説
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
帝国皇子のお婿さんになりました
クリム
BL
帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。
そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。
「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」
「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」
「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」
「うん、クーちゃん」
「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」
これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
【R18】【Bl】魔力のない俺は今日もイケメン絶倫幼馴染から魔力をもらいます
ペーパーナイフ
BL
俺は猛勉強の末やっと魔法高校特待生コースに入学することができた。
安心したのもつかの間、魔力検査をしたところ魔力適性なし?!
このままでは学費無料の特待生を降ろされてしまう…。貧乏な俺にこの学校の学費はとても払えない。
そんなときイケメン幼馴染が魔力をくれると言ってきて…
魔力ってこんな方法でしか得られないんですか!!
注意
無理やり フェラ 射精管理 何でもありな人向けです
リバなし 主人公受け 妊娠要素なし
後半ほとんどエロ
ハッピーエンドになるよう努めます
殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。
真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。
そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが…
7万文字くらいのお話です。
よろしくお願いいたしますm(__)m
代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる