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2.知らない顔

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 アイスブルーの瞳に、透き通るような金色の髪。何を聞いても始終つまらなそうな表情を浮かべる。
 彼が小さく溜息を吐く度に、周りの空気が凍っていくのが分かる。

 今議論になっているのはヴィクトワール国の第二王子であるアルベルトの十八の誕生日に開かれるパーティーのことだった。この国では、王子の十八の誕生日には王城を開放し国民を招く。店を出したり、一晩中灯りを灯して、盛大に祝う。

「……話はそれだけかな?」

 第一王子であるデヴィッドは、自身の誕生祭をとても楽しみにしていたし、とても張り切っていたと聞いている。対してアルベルトは驚くほど消極的だった。

 ルイス侯爵が消え入りそうな声で、小さく「はい」と答えた。

「アルベルト王子は、自身にあまりお金を使わなくてもいいと仰っています。それより、子どもが退屈しないように催し物に凝って欲しいと……」

 チャーリー・コールマンは慣れたように朗らかに笑うと、用意していた資料を広げた。

「出店を予定している数ですが、少し酒に偏りすぎでは?」

 チャーリーはアルベルトの側近として、彼が幼い頃から一緒にいる。赤みがかった茶色の髪に、同じ色のぱっちりとした瞳。少年のようなあどけない表情は、アルベルトと対称的でくるくると変わる。彼が一言発すれば、すぐにほっと場が暖かくなる。このクレール城の癒しだ。

「ですよね、アルベルト王子?」

 子どもみたいに笑うチャーリーに目もくれずに、ただ小さく頷く。

「ネイトもそう思うでしょう?」

 チャーリーは誰にでも屈託なく笑い掛ける。突然話を振られてわずかに戸惑ったものの、ネイトも頷いた。

「ええ、酒を提供する者は足りているでしょうから、万人受けする店を増やした方がいいでしょう」

 一瞬、数人の侯爵たちの顔が曇ったのが見えた。この機会に酒を楽しみにしている者も多いのは分かっている。特に、年配者たちは、敢えて酒を提供する店を勧めているのだ。王子の誕生祭となれば、みんなとっておきの酒を持ってくる。
 けれど、チャーリをはじめとする若者世代はそれをあまりよく思っていなかった。男性ばかりでガヤガヤと楽しむより、女性や子どもたちも楽しめるような、明るく、開かれた誕生祭にしたいようだった。

「……これは、私が無事に誕生日を迎えられたことに対しての感謝の日なんだ。だからこそ、全ての人に開かれた誕生祭でありたい」

 言葉とは裏腹に、相変わらず冷めた表情を浮かべている。少し分かり辛いが、どうやらネイトの意見を擁護してくれたらしい。 

 ネイト・ハワードは、実はこれまでの話を半分ほどしか聞いていなかった。大半はアルベルトの横顔に見惚れていたからだ。

ーー今すぐこのまま押し倒されたい、できるだけ冷たく見下ろされたまま果てたい。

 視線に気付いたのか、それとも邪な思いが伝わってしまったのか、アルベルトの視線がこちらに向けられた。宝石の様な瞳が僅かに揺らいだかと思うと、また彼は俯いてしまった。長い前髪が掛かって表情が読めない。

 彼はきっと知らない。ネイトが頭の中で日頃どんな大変な妄想を繰り広げているか。もしも、頭の中が見えるなんて人間がいたら、すれ違った瞬間にぎょっとするだろう。

「少し考え直す必要がありそうですね……今日はここまでにしましょう」

 チャーリーは明るくその場を締めた。ぞろぞろと部屋を出て行くのだが、ネイトはいつも敢えて一番最後に部屋を出る。

 これには理由があった。最後に扉を締める瞬間に見ることが出来る、アルベルトの一瞬だけ素に戻る瞬間が見たいからだ。ある時は、隠そうともしない大きな欠伸、ある時はボソッと呟いた「お腹空いた」、これが楽しみだった。

 チャーリー曰く、アルベルトは普段は気を張って口数も少ないが、本当は穏やかでよく笑う人だそうだ。たまに、侯爵たちの軽口を聞いて頬を緩ませているのを見たこともある。意外と抜けているところがあるから放っておけないとネイトにこっそりぼやいていたこともあった。

 それが羨ましかった。彼だけが、アルベルトの心の拠り所なのだと実感させられてしまう。

 今日のアルベルトはというと、伸びた前髪を鬱陶しそうに掻き上げた。その仕草が妙に色っぽくて、ネイトは思わず下唇を噛んだ。

 報われない恋をしていることは承知しているし、いずれどうにか報われるだなんて思ってもいない。

ーーだから、頭の中くらい自由にさせてくれよ。

 締めた扉を横目に、ネイトは制服のポケットに手を突っ込んだ。煙草入れにはあと数本しか残っていなかった。

 
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