12 / 28
12.夢の中
しおりを挟む
馬車の揺れをいつも以上に感じる。ふわふわと、何もかもが夢見心地だった。
「……眠っていてもいいですよ」
閉じ掛ける瞼に必死に抵抗していると、リチャードがいつになく優しく声を掛けた。
ーーその後、何度か夢を見た気がする。
アランが私を愛していると言ったこと。リチャードが、私を抱き抱えるようにしてベッドへ運んでくれたこと……。
「……!」
どこまでが夢だったのだろう、シェリーは慌てた様子で飛び起きた。きつく閉めてたコルセットは外れている。いつの間にかドレスも着替えさせられていた。
髪飾りは丁寧に外され、櫛も通してもらったようだ。サラサラとした手触り、毎晩欠かさず塗るようにと渡されたボディクリームの香りもする。
恐らくリチャード監修の元、私はすっかり身綺麗にしてもらったようだった。
外はすっかり明るくなっていた。晩餐会や舞踏会の翌日は朝寝坊しても咎められない。いつもならこれを特権のよう思えるのだが、今日はなんだか寂しく思えた。
(誰か起こしてくれたらよかったのに……)
そう思って、すぐに頭に浮かんだのはリチャードだった。
昨夜は恥ずかしい所をたくさん見られてしまったと思う。断片的だが、ほとんどの記憶が残っている。いっそ忘れてしまえたら楽だったのに。
アルコールの入ったフルーツパンチは、以前どこかの舞踏会でナタリーとこっそり飲んだことがある。あの時は、ただ頭の中がふわふわして楽しいばかりだった。
それなのに、昨夜はなんだかずっと泣きたくて仕方がなかった。子ども扱いしないで、と駄々をこねて散々リチャードを振り回してしまった。
それがまさしく、子どものすることではないかと、シェリーは頭を抱えた。
枕元には水差しとコップが用意されていた。少し喉を潤していると、見計らったようにドアをノックする音がした。
「シェリー様、お身体の具合はどうです?」
声の主はテレサだった。一瞬リチャードかもしれないと思ったから、心臓が爆発しそうになっていた。
胸を押さえて息を整えながら、シェリーはやっとのことで答えた。
「テレサ、もう平気よ。……私、随分と眠っていたのね」
「ええ、気持ちよさそうに眠っていらっしゃいましたよ。この所、緊張してあまり眠れていなかっただろうから、ってリチャードさんが……ゆっくりお休みできたようなら安心です」
目を覚ましたこと、伝えておきますね。と、テレサは無邪気に笑った。
「リチャードさん、一度シェリー様のご様子を見にいらしたんですよ。……お夕食は食べられそうですか? 良かったらお部屋までお持ちします」
「もうそんな時間だったの? ……ありがとう。でも、あんまりお腹がすいてないの」
「わかりました」
テレサは枕元の水差しに、たっぷりと丁寧に水を継ぎ足す。
「多分、後でリチャードさんも様子を見にくると思います。ずっとシェリー様のことを気に掛けていましたから」
テレサはそう言って微笑むと、「ゆっくり休んでください」と、部屋を出て行ってしまった。また、静寂が訪れる。
シェリーは枕元の本を手に取って、パラパラとページを捲ってみたりしたが、内容なんてちっとも頭に入ってこない。
(……アランが、私を愛している)
返事は長く待てないかも、と冗談めかして笑っていたが、彼の手は震えていた。
それを見て、シェリーはますます何も言えなくなってしまった。大好きなアラン、失いたくない大切な友だ。
いっそ、アランの気持ちに応えようとも考えた。家柄も申し分ない、父もきっと喜んでくれるだろう。それに、彼は"本当の私"を知っている。まさに、理想の結婚相手といえる。
(そんなの、アランに失礼だわ)
シェリーは深く溜息を吐いた。
そもそも、恋愛というものをしたことがない。だから、アランの気持ちにも気付けなかった。
(これだから、いつまでたってもお子様扱いなのよね)
そんなことを考えては、ぐるぐると自己嫌悪に陥るばかりだ。
ああ、そうだ。オリビアはどうしてアーチボルト伯爵と結婚しようと思ったのだろうか。
オリビアとシェリーはなんでも話す仲良し姉妹だったのに、彼とのことはあまり話してくれなかった。と、いうよりも結婚までの話が着々と進んで姉妹水入らずで話すことが少なくなっていたのだ。
オリビアは妹のシェリーから見ても賢くて強い女性だった、家柄や容姿だけでは簡単には靡かない。
『私、結婚するの』
そう言って幸せそうに微笑むオリビアの顔を思い出す。見ているだけでほっこりと温かい気持ちにさせてくれる、二人はシェリーにとっても憧れの恋人同士だった。
あんな風に、愛し愛されたら……こんな幸せなことはないだろう。大人になったら、自然と気持ちが追いつくものだと思っていたのに。
(そういえば、この前町で会った男性は素敵な方だったわ。でも、あの方はナタリーのいう"目の保養"に過ぎないし、初恋とも呼べないだろう。それに、少し軽薄そうだった。名前は確か……)
「あらやだ、お名前を忘れてしまったわ」
彼の華やかな見た目はしっかり思い出せるのに、名前の最初の文字も思い出せそうにもない。
『他にもいるだろうが』
なぜか少し不機嫌そうなリチャードの顔を思い出す。
(誰かいたかしら……?)
シェリーはふと、思い立ったようにベッドから降りると、鍵の掛かった小箱からお気に入りの便箋を取り出した。
そうして再びベッドに戻ると、今度はクッションを抱きながら文章を練った。
姉に手紙を書くのは初めてかもしれない。なんだか妙に照れ臭くて、書き出しから躓いてしまう。
ーーまずは、お元気ですか、と……。
どうやって切り出すべきか、これで聞きたいことは伝わるのかとしばらく唸っていると、再び扉を叩く音がした。ふと顔を上げると、いつの間にか日が落ちて夜になっていた。
「はーい」
テレサだと思ってすっかり油断していたシェリーだったが、ゆっくりと空いた扉の向こうに立っていたのはリチャードだった。
「……眠っていてもいいですよ」
閉じ掛ける瞼に必死に抵抗していると、リチャードがいつになく優しく声を掛けた。
ーーその後、何度か夢を見た気がする。
アランが私を愛していると言ったこと。リチャードが、私を抱き抱えるようにしてベッドへ運んでくれたこと……。
「……!」
どこまでが夢だったのだろう、シェリーは慌てた様子で飛び起きた。きつく閉めてたコルセットは外れている。いつの間にかドレスも着替えさせられていた。
髪飾りは丁寧に外され、櫛も通してもらったようだ。サラサラとした手触り、毎晩欠かさず塗るようにと渡されたボディクリームの香りもする。
恐らくリチャード監修の元、私はすっかり身綺麗にしてもらったようだった。
外はすっかり明るくなっていた。晩餐会や舞踏会の翌日は朝寝坊しても咎められない。いつもならこれを特権のよう思えるのだが、今日はなんだか寂しく思えた。
(誰か起こしてくれたらよかったのに……)
そう思って、すぐに頭に浮かんだのはリチャードだった。
昨夜は恥ずかしい所をたくさん見られてしまったと思う。断片的だが、ほとんどの記憶が残っている。いっそ忘れてしまえたら楽だったのに。
アルコールの入ったフルーツパンチは、以前どこかの舞踏会でナタリーとこっそり飲んだことがある。あの時は、ただ頭の中がふわふわして楽しいばかりだった。
それなのに、昨夜はなんだかずっと泣きたくて仕方がなかった。子ども扱いしないで、と駄々をこねて散々リチャードを振り回してしまった。
それがまさしく、子どものすることではないかと、シェリーは頭を抱えた。
枕元には水差しとコップが用意されていた。少し喉を潤していると、見計らったようにドアをノックする音がした。
「シェリー様、お身体の具合はどうです?」
声の主はテレサだった。一瞬リチャードかもしれないと思ったから、心臓が爆発しそうになっていた。
胸を押さえて息を整えながら、シェリーはやっとのことで答えた。
「テレサ、もう平気よ。……私、随分と眠っていたのね」
「ええ、気持ちよさそうに眠っていらっしゃいましたよ。この所、緊張してあまり眠れていなかっただろうから、ってリチャードさんが……ゆっくりお休みできたようなら安心です」
目を覚ましたこと、伝えておきますね。と、テレサは無邪気に笑った。
「リチャードさん、一度シェリー様のご様子を見にいらしたんですよ。……お夕食は食べられそうですか? 良かったらお部屋までお持ちします」
「もうそんな時間だったの? ……ありがとう。でも、あんまりお腹がすいてないの」
「わかりました」
テレサは枕元の水差しに、たっぷりと丁寧に水を継ぎ足す。
「多分、後でリチャードさんも様子を見にくると思います。ずっとシェリー様のことを気に掛けていましたから」
テレサはそう言って微笑むと、「ゆっくり休んでください」と、部屋を出て行ってしまった。また、静寂が訪れる。
シェリーは枕元の本を手に取って、パラパラとページを捲ってみたりしたが、内容なんてちっとも頭に入ってこない。
(……アランが、私を愛している)
返事は長く待てないかも、と冗談めかして笑っていたが、彼の手は震えていた。
それを見て、シェリーはますます何も言えなくなってしまった。大好きなアラン、失いたくない大切な友だ。
いっそ、アランの気持ちに応えようとも考えた。家柄も申し分ない、父もきっと喜んでくれるだろう。それに、彼は"本当の私"を知っている。まさに、理想の結婚相手といえる。
(そんなの、アランに失礼だわ)
シェリーは深く溜息を吐いた。
そもそも、恋愛というものをしたことがない。だから、アランの気持ちにも気付けなかった。
(これだから、いつまでたってもお子様扱いなのよね)
そんなことを考えては、ぐるぐると自己嫌悪に陥るばかりだ。
ああ、そうだ。オリビアはどうしてアーチボルト伯爵と結婚しようと思ったのだろうか。
オリビアとシェリーはなんでも話す仲良し姉妹だったのに、彼とのことはあまり話してくれなかった。と、いうよりも結婚までの話が着々と進んで姉妹水入らずで話すことが少なくなっていたのだ。
オリビアは妹のシェリーから見ても賢くて強い女性だった、家柄や容姿だけでは簡単には靡かない。
『私、結婚するの』
そう言って幸せそうに微笑むオリビアの顔を思い出す。見ているだけでほっこりと温かい気持ちにさせてくれる、二人はシェリーにとっても憧れの恋人同士だった。
あんな風に、愛し愛されたら……こんな幸せなことはないだろう。大人になったら、自然と気持ちが追いつくものだと思っていたのに。
(そういえば、この前町で会った男性は素敵な方だったわ。でも、あの方はナタリーのいう"目の保養"に過ぎないし、初恋とも呼べないだろう。それに、少し軽薄そうだった。名前は確か……)
「あらやだ、お名前を忘れてしまったわ」
彼の華やかな見た目はしっかり思い出せるのに、名前の最初の文字も思い出せそうにもない。
『他にもいるだろうが』
なぜか少し不機嫌そうなリチャードの顔を思い出す。
(誰かいたかしら……?)
シェリーはふと、思い立ったようにベッドから降りると、鍵の掛かった小箱からお気に入りの便箋を取り出した。
そうして再びベッドに戻ると、今度はクッションを抱きながら文章を練った。
姉に手紙を書くのは初めてかもしれない。なんだか妙に照れ臭くて、書き出しから躓いてしまう。
ーーまずは、お元気ですか、と……。
どうやって切り出すべきか、これで聞きたいことは伝わるのかとしばらく唸っていると、再び扉を叩く音がした。ふと顔を上げると、いつの間にか日が落ちて夜になっていた。
「はーい」
テレサだと思ってすっかり油断していたシェリーだったが、ゆっくりと空いた扉の向こうに立っていたのはリチャードだった。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》
婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました
Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、
あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。
ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。
けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。
『我慢するしかない』
『彼女といると疲れる』
私はルパート様に嫌われていたの?
本当は厭わしく思っていたの?
だから私は決めました。
あなたを忘れようと…
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
あなたを愛するつもりはない、と言われたので自由にしたら旦那様が嬉しそうです
あなはにす
恋愛
「あなたを愛するつもりはない」
伯爵令嬢のセリアは、結婚適齢期。家族から、縁談を次から次へと用意されるが、家族のメガネに合わず家族が破談にするような日々を送っている。そんな中で、ずっと続けているピアノ教室で、かつて慕ってくれていたノウェに出会う。ノウェはセリアの変化を感じ取ると、何か考えたようなそぶりをして去っていき、次の日には親から公爵位のノウェから縁談が入ったと言われる。縁談はとんとん拍子で決まるがノウェには「あなたを愛するつもりはない」と言われる。自分が認められる手段であった結婚がうまくいかない中でセリアは自由に過ごすようになっていく。ノウェはそれを喜んでいるようで……?
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。
メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい?
「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」
冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。
そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。
自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる