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4.壊れた心

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ーー何かが壊れるような音がした。

 握り締めていた石が床に落ちて真っ二つに割れてしまったのだ。それはちょうど、彼が花嫁のベールに手を掛けた瞬間だった。

 目の前の男が腰に差した剣は、まるで私に闘ってくれ、とでも言うふうに差し出されているように見えた。

 気付いたときにはそれを引き抜いて、剣を握り締めて駆け出していた。

 そこは本当は、私がいるべき場所よ。

 めちゃくちゃに振り回した剣は、薔薇も何もかもをずたずたにしていた。バートはとっくに逃げていたようで、花嫁だけが目の前で恐怖に動けずに呆然としていた。

「……許して」

 彼女の唇は震えていた。薄い瞼を閉じて、懸命に命乞いをしている。彼女に危害を加えるつもりはなかった。信じられないかもしれないけれど、ただ無茶苦茶にしたかった。

 力無く立ち尽くす私を見て、彼女は視線を彷徨わせていた。愛するバートを探しているのだろうか。
 
 貴方もすぐに分かるわ。あんな男とは幸せになれない。フェリシアス家が滅びるのも時間の問題だろう。

「貴方を傷つけるつもりじゃ……」

 彼女の前に一歩踏み出す。背中に衝撃が走った。燃えるように熱い。続け様に、今度は首へ鋭い痛みが走る。
 彼女が小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。ひどく怯えているようだ。
 大丈夫よ、と言いかけると喉の奥から妙な音がして、目の前の彼女の真っ白なドレスがソフィアの血飛沫で赤く染まった。

 もう足に力が入らない。ソフィアの体はゆっくりと崩れ落ちていく。視界の隅に、次の攻撃に構えている兵の姿があった。

 こんなことになるなんて、あの頃は思ってもいなかった。

 私もこの席にいる"誰か"を憐れみ、青い花に囲まれて白いドレスを着て彼と永遠の愛を誓う。

 堰を切ったように涙が止まらない。今になってこんなふうに泣いてしまうなんて。

 朦朧とする意識の中で、誰かが優しくソフィアの頬に伝う涙を拭ってくれた。暖かくて優しい手だった。

ーーまさか、バート?

 今にも消えてしまいそうな意識の中で、その手の持ち主を見た。赤いドレスを着た、美しい女性だった。悲しそうな表情でこちらを見ている。

「だから赤はやめろ、と言うのよ」

 その隣で水色のドレスを着た女性が、冷たく嘲笑うように言った。さっき見たドレスはきっと、彼女のものだった。

 気付くとソフィアは何十人もの女性に囲まれていた。勇姿を称える様に、赤いドレスの女性がソフィアの血濡れた手を握ってくれた。不思議と怖い、とは思わなかった。みんなが穏やかな表情をしている。

「一人じゃないわ、泣かないで」
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