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3.決まりごと
しおりを挟む静かだった空間に、荘厳な音楽が流れ始めた。
そろそろ式が始まる。振り返ると、重厚な扉が開いて光が差した。もうすぐ二人が入ってくる。
心臓が信じられないくらいの早さで鳴っている。このままでは死んでしまうかもしれない、咄嗟にジャックの石を握り締めた途端に、手の汗で石が滑り落ちてしまった。
音を立てて前列の椅子の下に転がってしまったので、ソフィアも慌ててその場にしゃがみ込んだ。
懸命に手を伸ばすと、ふと視界に水色のドレスの裾がひらり、と揺れた。
思わずその手を引っ込めてしまった。だって、ドレスの裾が揺れたのは、前列の椅子の下だった。前列は全員男性だ。隣の女性は黄色いドレスを来ている。
存在するはずがない、見間違いだろう。
ソフィアはそう自分に言い聞かせると、再びしゃがみ込んだ。椅子の下には、落としてしまった石以外何も無かった。
ーー赤いドレスの女だよ。
ジャックの言葉を思い出す。それなら大丈夫だ、私が見てしまったと思ったのは水色のドレスだった。
そうこうしている内に、いつの間にか式は始まっていた。ちょうど顔を上げると、花嫁が歩いてくるところだった。
アリスという女性は、確かに若くてとても美しかった。薄いベールで頭全体を覆っていたが、気の強そうな切れ長の瞳がこちらを見た。きっと、彼女もこの席の意味を知っているのだろう。
彼女は真っ白なドレスを着ていた。本来花嫁というものは華やかな色の、今の流行りで言うのなら赤いドレスを着る。だがフェリシアス家では、花嫁は色のついたドレスを着てはいけない。
過去の女性が羨ましがらないようにする為の決まりだ。
同じようなくだらない決まりは他にもいくつかある。例えば、赤いものを身に着けてはいけない。闘争心を煽ってしまうから乱闘に繋がる。だから、式場の花も青を中心として考えなくてはいけない。
『ドレスは白でもいいわ。でも花は赤い薔薇にしたい、華やかにしたいの』
『だめだ、そんなの父上が許さないよ』
バートは適当に流すばかりで取り合ってもくれなかった。
ーー何でも父の言う通り、その父だって過去の女たちの逆襲を恐れているくせに。
彼女は白のドレスをすんなり受け入れたのかしら。
友人に話すと、いかに華やかなドレスであることが重要か説かれることもあるけれど、これはこれで美しい。
バートも幸せそうに微笑んでいた。三日前までのことなんて、もうすっかり忘れてしまっている。
そんなことを考えていると、ふと、彼女の歩いてきた道に赤い花弁が丁寧に敷かれていることに気付いてしまった。
司祭の立つ祭壇の前にも鮮やかで生き生きとした真っ赤な薔薇がふんだんにあしらわれているのが見えた。
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