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14.真贋

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 その頃、リーゼは教会よりも先に向かうべき場所があることに気付いた。

「本当に、申し上げにくい事なのですが……」

 馴染みの商人の紹介で訪れた隣町の宝石の鑑定士は、この先の言葉を続けても良いのか迷っているようだった。

「いいのよ、教えて」

 リーゼは優しく続きを促した。

「……こちらは偽物です」

 そう言って、ちらりとリーゼの顔色を窺うと、言ってしまった後悔に項垂れていた。

「まあ、やっぱりそうなの……!」

 胸の前で祈るように答えを待っていたリーゼは何故か安心したような、嬉しそうな表情を浮かべていた。それが一層奇妙で、鑑定士を怯えさせていた。

 鑑定士はまだ若い。リーゼと歳が変わらないように見えた。柔らかそうな茶色の髪を撫で付けているが、横顔はまだあどけない。

「あの……、もし良かったら他の鑑定士を紹介しましょうか?」

 恐る恐る鑑定士が提案する。こんな重大なことが自分の一存で決まることを恐れているのだろう。

「良いのよ、トマス。貴方のことを信じているわ」

 彼の目利きは確かだと評判だ。おまけに口も堅いという。少しばかり気の弱そうな青年だが、しっかりと瞳を合わせて話すところに誠実さを感じる。

「ありがとうございます……、リーゼ様」

 トマスは小さく頭を下げた。

「貴方の評判は聞いています。それに、優しい人なのね、面倒な事を持ち込んでごめんなさい」

 公爵家の男が女に偽物を贈っている疑惑があるなどと知られたら大変なことだ。

 だが、これではっきりとした。正式に離婚を突きつけられる。もしも彼からの贈り物が本物だとしたら、リーゼの気持ちは揺らいでいたかもしれない。

「ありがとう、トマス。今とても気分がいいわ」



 屋敷に戻ると、何だか空気がざわついていた。使用人たちが慌ただしく駆け回っているし、一様に騒がしい。

「……あら、遅いおかえりですわね」

 ティナがすっと、リーゼの前に立ち塞がった。まるで生花のような薔薇の香りがする。エリオットが好みそうな香りだ。彼女の胸元には、見慣れないネックレスが輝いていた。目元が赤く腫れている。少し前まで泣いていたのかもしれない。

「ええ、用事を済ませてきたのよ」

 何でもない風に答えると、彼女は嫌みったらしい顔で笑った。

「今日は一段とお綺麗ですこと。もしかしてエリオット様とお出掛けでしたの?」

 妻が不在なことを良いことに、自分の部屋に引き入れたのは目に見えて分かっていることだ。敢えてリーゼを挑発している。

「……貴方こそ、素敵なネックレスね」

 ティナはその言葉を額面通りに受け取ると、勝ち誇ったように言った。

「エリオット様に買っていただいの。外商を呼び付けて最新のものを用意させたのよ」

 彼女は良くも悪くも素直だ。リーゼによく見えるように、少し体を傾けてみせる。白い肌に良く似合う。大ぶりだが繊細なカットは、リーゼのような素人目にも本物の輝きだと分かる。

「ええ、さすが本物は美しいわね」

「そうでしょう。私のことを可愛がってくださっているのよ」

 ティナは愛おしそうに本物のハートを撫でている。可哀想に、まだ彼のことを信じているのだ。

「貴方が自分の目で選ぶものだけを信じるのよ」

「……なんですって?」

 ティナは言葉の真意を汲み取ろうと必死で考えているようだった。リーゼが言いたかったことは比喩でも何でもない。

「外商が屋敷に持ってくるもの以外、貴方が貰ったものは偽物よ」
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