7 / 17
7.愛人
しおりを挟む
結婚式の準備は滞り無く進み、二人は無事に夫婦になった。
あの日のことは、ただの勘違いだったのかもしれない。リーゼはそう思い込むようにしていた。問いただそうとしなかったのはリーゼに勇気が無かったからだ。エリオットは何事もなかったように紳士的で優しかった。
パーティーの翌日には二人の婚約が噂になっていた。責任を取るよ、と優しく笑う彼をリーゼは信じることにした。薬指に鈍く光る指輪が真実の証だと信じていた。
「おはようございます、公爵夫人」
リーゼを悩ませる問題はもう一つあった。
「……リーゼでいいわ」
そう言うと、彼女は丁寧に頭を下げる。大人しそうな顔をしているが、内心ではこちらをどう思っているか分からない。
屋敷に入ってすぐに彼女の存在に気付いた。彼の"友人"だと紹介されたが、十中八九"愛人"だろう。使用人よりも上等な部屋が用意されている。
彼女の名前はティナ。金色の長い髪はよく手入れされていて艶やかだ。真っ白な陶器のような肌に、深い碧い瞳。あどけなさの残る顔立ちだが、ドレスの上からも分かるスタイルの良さ。女性が憧れる全てのものを持ってる。
ーーいや、一つだけ彼女が持っていないものがある。
それは"肩書き"だ。華やかに着飾ってはいるものの、彼女は娼婦だったらしい。これは、屋敷の使用人たちの噂話から聞いたことだ。
ティナは上辺ではリーゼを慕うような素振りを見せるが、いつもどこかで勝ち誇ったような表情を浮かべる。
はっきり言って気に入らない。だが、気にするのも負けのように感じて、リーゼは今日も笑顔を貼り付ける。
そんなリーゼの心の内を知らないエリオットは、安心したように笑うのだ。
「二人が仲良くしてくれて嬉しいよ。ティナは帰る家がないんだ。……そうだ、ティナはよく気が利く子だから、身の回りのことなども任せてくれ。……いいよな?」
「ええ、もちろんです」
ティナは丁寧に腰を曲げて、深く頭を下げたままでいる。その下でどんな表情をしているのかは見えない。だが、この茶番にほくそ笑んでいるに違いない。
「よろしくね、ティナ」
リーゼは精一杯の柔らかい声で言った。今のところ、彼女は何も問題を起こしてはいない。真実かどうかは別として、帰る家も無く、もう何年も屋敷で暮らしているという彼女を、何となく気に入らないからと言って追い出す訳にもいかない。
「それじゃあ、仕事に戻るよ。リーゼ、愛してる」
エリオットはリーゼの頬に優しく唇を落とした。しっかりと愛情表現をしてくれる、これを聞いたら従姉妹のシンシアは羨ましがるだろう。ティナは相変わらず下を向いたままで、こちらを見ていない。
理想の女とはほど遠い。それなら、目の前の女は理想通りだというのだろうか。
時折そんなことを思うけど、エリオットは今日だって優しく私にキスをする、彼の妻はこの私なのだ。
あの日のことは、ただの勘違いだったのかもしれない。リーゼはそう思い込むようにしていた。問いただそうとしなかったのはリーゼに勇気が無かったからだ。エリオットは何事もなかったように紳士的で優しかった。
パーティーの翌日には二人の婚約が噂になっていた。責任を取るよ、と優しく笑う彼をリーゼは信じることにした。薬指に鈍く光る指輪が真実の証だと信じていた。
「おはようございます、公爵夫人」
リーゼを悩ませる問題はもう一つあった。
「……リーゼでいいわ」
そう言うと、彼女は丁寧に頭を下げる。大人しそうな顔をしているが、内心ではこちらをどう思っているか分からない。
屋敷に入ってすぐに彼女の存在に気付いた。彼の"友人"だと紹介されたが、十中八九"愛人"だろう。使用人よりも上等な部屋が用意されている。
彼女の名前はティナ。金色の長い髪はよく手入れされていて艶やかだ。真っ白な陶器のような肌に、深い碧い瞳。あどけなさの残る顔立ちだが、ドレスの上からも分かるスタイルの良さ。女性が憧れる全てのものを持ってる。
ーーいや、一つだけ彼女が持っていないものがある。
それは"肩書き"だ。華やかに着飾ってはいるものの、彼女は娼婦だったらしい。これは、屋敷の使用人たちの噂話から聞いたことだ。
ティナは上辺ではリーゼを慕うような素振りを見せるが、いつもどこかで勝ち誇ったような表情を浮かべる。
はっきり言って気に入らない。だが、気にするのも負けのように感じて、リーゼは今日も笑顔を貼り付ける。
そんなリーゼの心の内を知らないエリオットは、安心したように笑うのだ。
「二人が仲良くしてくれて嬉しいよ。ティナは帰る家がないんだ。……そうだ、ティナはよく気が利く子だから、身の回りのことなども任せてくれ。……いいよな?」
「ええ、もちろんです」
ティナは丁寧に腰を曲げて、深く頭を下げたままでいる。その下でどんな表情をしているのかは見えない。だが、この茶番にほくそ笑んでいるに違いない。
「よろしくね、ティナ」
リーゼは精一杯の柔らかい声で言った。今のところ、彼女は何も問題を起こしてはいない。真実かどうかは別として、帰る家も無く、もう何年も屋敷で暮らしているという彼女を、何となく気に入らないからと言って追い出す訳にもいかない。
「それじゃあ、仕事に戻るよ。リーゼ、愛してる」
エリオットはリーゼの頬に優しく唇を落とした。しっかりと愛情表現をしてくれる、これを聞いたら従姉妹のシンシアは羨ましがるだろう。ティナは相変わらず下を向いたままで、こちらを見ていない。
理想の女とはほど遠い。それなら、目の前の女は理想通りだというのだろうか。
時折そんなことを思うけど、エリオットは今日だって優しく私にキスをする、彼の妻はこの私なのだ。
0
お気に入りに追加
651
あなたにおすすめの小説
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
婚約者をないがしろにする人はいりません
にいるず
恋愛
公爵令嬢ナリス・レリフォルは、侯爵子息であるカリロン・サクストンと婚約している。カリロンは社交界でも有名な美男子だ。それに引き換えナリスは平凡でとりえは高い身分だけ。カリロンは、社交界で浮名を流しまくっていたものの今では、唯一の女性を見つけたらしい。子爵令嬢のライザ・フュームだ。
ナリスは今日の王家主催のパーティーで決意した。婚約破棄することを。侯爵家でもないがしろにされ婚約者からも冷たい仕打ちしか受けない。もう我慢できない。今でもカリロンとライザは誰はばかることなくいっしょにいる。そのせいで自分は周りに格好の話題を提供して、今日の陰の主役になってしまったというのに。
そう思っていると、昔からの幼馴染であるこの国の次期国王となるジョイナス王子が、ナリスのもとにやってきた。どうやらダンスを一緒に踊ってくれるようだ。この好奇の視線から助けてくれるらしい。彼には隣国に婚約者がいる。昔は彼と婚約するものだと思っていたのに。
【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません
すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」
他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。
今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。
「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」
貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。
王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。
あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!
神の愛し子と呼ばれていますが、婚約者は聖女がお好きなようです
天宮花音
恋愛
ミュンバル公爵家の令嬢ローゼリカは神の愛子とされ、幼い頃よりアモーナ王国第一王子リュシアールの婚約者だった。
16歳になったローゼリカは王立学園に入学することとなった。
同じ学年には、第2王子で聖騎士に任命されたマリオンと
聖女となった元平民でメイナー子爵家の養女となった令嬢ナナリーも入学していた。
ローゼリカとナナリーは仲良くなり、リュシアール、マリオン含め4人で過ごすようになったのだが、
ある日からナナリーの様子がおかしくなり、それに続きリュシアールもローゼリカと距離を取るようになった。
なろうでも連載中です。
あら、面白い喜劇ですわね
oro
恋愛
「アリア!私は貴様との婚約を破棄する!」
建国を祝うパーティ会場に響き渡る声。
誰もが黙ってその様子を伺う中、場違いな程に明るい声色が群衆の中から上がった。
「あらあら。見てフィンリー、面白そうな喜劇だわ。」
※全5話。毎朝7時に更新致します。
妹は聖女に、追放された私は魔女になりました
リオール
恋愛
母の死と同時に現れた義母と異母妹のロアラ。
私に無関心の父を含めた三人に虐げられ続けた私の心の拠り所は、婚約者である王太子テルディスだけだった。
けれど突然突きつけられる婚約解消。そして王太子とロアラの新たな婚約。
私が妹を虐げていた?
妹は──ロアラは聖女?
聖女を虐げていた私は魔女?
どうして私が闇の森へ追放されなければいけないの?
どうして私にばかり悪いことが起こるの?
これは悪夢なのか現実なのか。
いつか誰かが、この悪夢から私を覚ましてくれるのかしら。
魔が巣くう闇の森の中。
私はその人を待つ──
(完)婚約解消からの愛は永遠に
青空一夏
恋愛
エリザベスは、火事で頬に火傷をおった。その為に、王太子から婚約解消をされる。
両親からも疎まれ妹からも蔑まれたエリザベスだが・・・・・・
5話プラスおまけで完結予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる