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23.嫉妬
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「ええ、ジャックとは幼馴染なの。さっきも話していたでしょう。彼は古くからの友人で……」
「そうじゃない。てっきり以前の舞踏会の夜に一緒にいた御令嬢のことだと思うだろう」
ルーク王子は苛立ったように言い放つと、目頭を押さえて深く溜息を吐いた。
「ああ、ローザね。彼女も大切な幼馴染よ、私たちもよく三人で兄弟のように遊んでいたの。ローザのことを覚えててくれたのね、喜ぶわ」
シャーロットとは嬉しそうにパッと顔を輝かせた。ローザという令嬢のことは覚えている。美人で聡明そうな顔をしていた。
「……ジャックは君を追いかけて来たんじゃないのか」
「いいえ、違うわ。彼のお父様が招待されていて御子息も是非、とイザベラ夫人から熱心にお誘い頂いたそうよ」
そんなことは知っている。だが、イザベラ夫人が"熱心"に誘っていたとは知らなかった。確かに彼女は容姿が優れたお気に入りの青年を呼ぶが、ジャックという男はそれほどいい男だろうか。
ーーただ背が高くて、体格が良くて、少しばかり眉が凛々しくて、よく見たら鼻筋が通っているというだけの男ではないか。
ルーク王子は、ジャックが世間でいう所の"いい男"に当てはまってしまうのが面白くなかった。
今夜再会したことが偶然だとしても、ジャックは恐らく彼女のことを取り返したいはずだ。それに宣戦布告もされている。
"それなら、それを証明してください"
何も知らないくせに簡単に言ってくれるではないか。
「まったく……、どうしたものかな」
「どうかしました?」
「……いや、"友人"というものは本当に厄介なものだと思ってな」
「ええ、そうかもしれませんね」
シャーロットは懐かしむように目を細めて笑った。遠く楽しい過去に想いを馳せているのだろう。
「そうじゃない、私が少し目を離した隙に、君はやっぱり声を掛けられているじゃないか」
ルーク王子は不機嫌そうで、シャーロットはおずおずと答えた。
「そんなことありません、ジャックだけよ」
そのジャックが一番の問題なんだがな、とはルーク王子も口に出せなかった。
「だから"友人"という立場は厄介なんだと言ったんだ」
ルーク王子は薄い瞼を閉じて深い溜息を吐いた。
「それは大丈夫だと言ったでしょう、貴方が他の女性に目移りしない限り。……そういえば、私を置いてどこに行っていたんです? それこそ他所の女の所に行っていたのではないでしょうね?」
咎めるように鋭い視線を向けると、ルーク王子は困ったように笑った。
シャーロットもまさか本気で他所の女性の所に行ったとは思っていない。あっちもこっちもと手を出せるほど、そんな器用なことが出来る人ではないと気付いたからだ。
少し考えるような素振りを見せて、ルーク王子はゆったりと話し始めた。
「レックスを探していたんだ。イザベラ夫人に見つかる前にサバンナとアーチーを引き合わせたくてね。一人にしてしまって本当に申し訳ない」
ルーク王子は本当に申し訳ないと思っているようだった。
「……貴方がいない間大変だったのよ」
「何があったんだ?」
大きなソファに寛ぎながら、ルーク王子はぱちっと目を開けてシャーロットを見た。優しい深い緑色の瞳がきらきらと輝いている。
「色々よ、アーチー王子のファンの女の子たちに絡まれたり……」
「ああ、赤いドレスを着たリーダー格の女の子がいただろう」
「ええ、そうよ。知ってるの?」
シャーロットは目を丸くして驚いた。
「ああ、彼女はシエンナ。少し気が強くて、昔からアーチーのファンなんだ」
少し、かしら。とシャーロットは乾いた笑みを浮かべた。
「ええ、サバンナにも絡むから二人で逃げたの」
サバンナは突然シャーロットに声を掛けられて、驚きながら戸惑っているようだった。今となっては声を掛けて良かったと思うが、あの時の気まずさといったらなかった。
「大冒険だったな……シエンナを泣かせていないだろうね」
ルーク王子にその時の様子を話して見せると、彼は優しく頷きながら、始終楽しそうに話を聞いていた。
「あら、彼女の味方をするの?」
「シャーロットに喧嘩を吹っかけて無事でいられるわけがないからな。君は負けない」
「ほんの少しお話ししただけよ」
こんなに彼とゆったりと話したのはどれくらいぶりだろう。
今日あった出来事を、二人で顔を合わせて語り合う。贅沢で幸せな時間だ。
ふと、視線が重なった。二人の距離が近づいて行く。重ねた手が熱を帯びている。鼓動の音まで聞こえてしまいそうだ。細い指先がシャーロットの髪に触れる。
「シャーロット……」
ルーク王子が優しく囁いた瞬間だった。
大きな風の音ともに、降り出した大粒の雨があちこち叩きつけながら、窓から吹き込んでくる。
「大変……! 窓を開けたままだったわ」
慌てて二人で窓を閉めると、雨粒は強さを増して打ち付けていた。
雨はきっと、この夜の間中ずっと降り続くことだろう。二人は顔を見合わせて笑った。
「そうじゃない。てっきり以前の舞踏会の夜に一緒にいた御令嬢のことだと思うだろう」
ルーク王子は苛立ったように言い放つと、目頭を押さえて深く溜息を吐いた。
「ああ、ローザね。彼女も大切な幼馴染よ、私たちもよく三人で兄弟のように遊んでいたの。ローザのことを覚えててくれたのね、喜ぶわ」
シャーロットとは嬉しそうにパッと顔を輝かせた。ローザという令嬢のことは覚えている。美人で聡明そうな顔をしていた。
「……ジャックは君を追いかけて来たんじゃないのか」
「いいえ、違うわ。彼のお父様が招待されていて御子息も是非、とイザベラ夫人から熱心にお誘い頂いたそうよ」
そんなことは知っている。だが、イザベラ夫人が"熱心"に誘っていたとは知らなかった。確かに彼女は容姿が優れたお気に入りの青年を呼ぶが、ジャックという男はそれほどいい男だろうか。
ーーただ背が高くて、体格が良くて、少しばかり眉が凛々しくて、よく見たら鼻筋が通っているというだけの男ではないか。
ルーク王子は、ジャックが世間でいう所の"いい男"に当てはまってしまうのが面白くなかった。
今夜再会したことが偶然だとしても、ジャックは恐らく彼女のことを取り返したいはずだ。それに宣戦布告もされている。
"それなら、それを証明してください"
何も知らないくせに簡単に言ってくれるではないか。
「まったく……、どうしたものかな」
「どうかしました?」
「……いや、"友人"というものは本当に厄介なものだと思ってな」
「ええ、そうかもしれませんね」
シャーロットは懐かしむように目を細めて笑った。遠く楽しい過去に想いを馳せているのだろう。
「そうじゃない、私が少し目を離した隙に、君はやっぱり声を掛けられているじゃないか」
ルーク王子は不機嫌そうで、シャーロットはおずおずと答えた。
「そんなことありません、ジャックだけよ」
そのジャックが一番の問題なんだがな、とはルーク王子も口に出せなかった。
「だから"友人"という立場は厄介なんだと言ったんだ」
ルーク王子は薄い瞼を閉じて深い溜息を吐いた。
「それは大丈夫だと言ったでしょう、貴方が他の女性に目移りしない限り。……そういえば、私を置いてどこに行っていたんです? それこそ他所の女の所に行っていたのではないでしょうね?」
咎めるように鋭い視線を向けると、ルーク王子は困ったように笑った。
シャーロットもまさか本気で他所の女性の所に行ったとは思っていない。あっちもこっちもと手を出せるほど、そんな器用なことが出来る人ではないと気付いたからだ。
少し考えるような素振りを見せて、ルーク王子はゆったりと話し始めた。
「レックスを探していたんだ。イザベラ夫人に見つかる前にサバンナとアーチーを引き合わせたくてね。一人にしてしまって本当に申し訳ない」
ルーク王子は本当に申し訳ないと思っているようだった。
「……貴方がいない間大変だったのよ」
「何があったんだ?」
大きなソファに寛ぎながら、ルーク王子はぱちっと目を開けてシャーロットを見た。優しい深い緑色の瞳がきらきらと輝いている。
「色々よ、アーチー王子のファンの女の子たちに絡まれたり……」
「ああ、赤いドレスを着たリーダー格の女の子がいただろう」
「ええ、そうよ。知ってるの?」
シャーロットは目を丸くして驚いた。
「ああ、彼女はシエンナ。少し気が強くて、昔からアーチーのファンなんだ」
少し、かしら。とシャーロットは乾いた笑みを浮かべた。
「ええ、サバンナにも絡むから二人で逃げたの」
サバンナは突然シャーロットに声を掛けられて、驚きながら戸惑っているようだった。今となっては声を掛けて良かったと思うが、あの時の気まずさといったらなかった。
「大冒険だったな……シエンナを泣かせていないだろうね」
ルーク王子にその時の様子を話して見せると、彼は優しく頷きながら、始終楽しそうに話を聞いていた。
「あら、彼女の味方をするの?」
「シャーロットに喧嘩を吹っかけて無事でいられるわけがないからな。君は負けない」
「ほんの少しお話ししただけよ」
こんなに彼とゆったりと話したのはどれくらいぶりだろう。
今日あった出来事を、二人で顔を合わせて語り合う。贅沢で幸せな時間だ。
ふと、視線が重なった。二人の距離が近づいて行く。重ねた手が熱を帯びている。鼓動の音まで聞こえてしまいそうだ。細い指先がシャーロットの髪に触れる。
「シャーロット……」
ルーク王子が優しく囁いた瞬間だった。
大きな風の音ともに、降り出した大粒の雨があちこち叩きつけながら、窓から吹き込んでくる。
「大変……! 窓を開けたままだったわ」
慌てて二人で窓を閉めると、雨粒は強さを増して打ち付けていた。
雨はきっと、この夜の間中ずっと降り続くことだろう。二人は顔を見合わせて笑った。
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