放蕩事情譚

ゴんざェもん

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第二章

午後6時51分

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回る。世界が回る。

私は相変わらず、件のアルバイト先の喫茶店から帰る途中、バスの外で絶えず行き交う人や車の流れが自身の進む速度で加速するのを眺めていた。秋風の吹き始めた今日の昼の出来事を思い出していた。

店内には、夕方の西陽が差し込むことはなく、曇り空からわずかに漏れる光に照らされたアスファルトの冷たさが店内へ入り込んでいた。奥の2人がけの席では大学生のような女性が2人話し込んでおり、大分前にケーキの皿とコーヒーカップを下げたにも関わらず、止めどなく話し続けている。そのやや斜め手前の席では1人の夫人が文庫本から目を離すことなく、腰掛けている。水差しの水は残り半分を切って心許ないが退勤の時間が近づき、横着して継ぎ足すことはなかった。夫人がページを捲る音に耳を澄ませて平静を保っていた私の意識を女学生たちの話す声にかき消された。

「秋物の…。やっぱりさぁ、ブラウン系のぉ…、だよねぇー…、ってかさぁ…。」

「やばくなぁい?…それそれ、わかるぅ…えー…でもさぁ…あーねぇ…。」

「あれ知ってる?…学の時のアイツ、山梨行く時、車で事故って別れたらしいよ。」

マ?本当?やっっば。それで別れたってのも。」

「なんか彼女が転勤で、その転勤先に研修行った時の先輩とデキてたらしい。」

「かわいそー、笑~。」

何気なく話しているが、他人の不幸話をよくも「笑~。」で話せるものだ。私はああいう風に話す女性は苦手である。この喫茶店の、今は休憩に入っている年配の店員もそうだが、女性は他人の話をすることが趣味なのだろうかと思う。いやしかし、それは人間全員に言えることであろう。どんなに孤独を感じ得ても、絶えず人と関わっていないと生きていかれない。

バスは黄花荘最寄りのバス停で停車し、私はバスを降りた。黄花荘の風呂と食堂から話し声が聴こえるが昼間ほど耳を傾ける暇はない。私は、無限に思われた、階段を上り、自室の鍵をバックパックの底の方から探すことに集中する。鍵を掴み、乱暴に自室の鍵穴に突っ込み回す。一歩で荷物をドア横に放り、二歩で上着と帽子、マスクなどを勉強机に置き、三歩目には鍵を握ったまま、ベッドに倒れ込む。

空いている窓から魂が外に逃げて行こうとするの目で追い、諦めて目を閉じる。

魂は卑しい顔で窓から離れ、直上に浮かび上がり、天井から1センチ程度の所で静止した。いつでも抜け殻の思い通りになることはないのである。天邪鬼あまのじゃくという訳でもないが、いつでも全く遠い場所からの制御下に在る様子である。

写真を投稿するタイプのSNSのページをダラダラとめくっていき、毎時更新される虚無感しか現実味を感じなくなる中、大学時代の友人や1つ上の先輩が「婚約しました!これからは…」や「この先ずっと一緒で…」などと投稿しているところに意識が向けられた。数年もの間、業務的なものでしか女性と話していない上に、感情的になると最後に付き合いのあった女性のことを考えてしまう私にとって、これくらいの孤独感は大した問題ではない。

夏が過ぎ去り、もう半年ほど、友人や先輩と会っていない。その間私は何をしていたのだろうか。

魂はデスクで埃を被ったノートパソコンを一瞥し、卑しい顔で私を見下ろす。

勉強机の下に大量の資料が放り込んであり、これにも埃をが溜まっている。勉強机の照明の横には現像した写真がクリップで留めてあり、大学卒業式後に例の彼女に撮ってもらった写真が1番前になっている。当時所属していたサークルは100名を超える人数で、無数の笑顔や酒に酔った赤い顔の友人たちと肩を並べて、当時の私が写っている。

力の抜けた腕と脚に何とか意識を集中して、立ち上がり、いくつか錠剤を口に含んだまま冷蔵庫から適当なものを飲み、よろめきながら煙草に火を点ける。

魂は天井に薄く広がり、卑しい顔もそれに伴い、四方に引き伸ばされていった。

窓の下を一台のバイクが通り過ぎて行く、そのバイクの赤い電灯が遠くの角を曲がって行くのを見ながら、一度に沢山の煙を吸い込み、そして、吐き出す。

エンジンタンクに込めた燃料は霧散し、かかることのないエンジンを始動しようとペダルを踏み続ける。それは、途方もない時間となけなしの力で持って行われる日々の生活の様であり、ここ数日の抜け殻のイメージそのものであった。
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