上 下
19 / 19

終.

しおりを挟む
翌日、私達は再びハノーヴァー家の屋敷を訪れ、正式に婚約の話をするに至った。
きちんと話し合った後で祝宴が始まり、酔いも回ってきたところで昨夜つまみだされたあとの二人の話を聞いた。

リリィはミュスカーなんて全然好きじゃないと言い放ち、おまえのせいでアーロン兄様に嫌われたとミュスカーを散々に罵った。
それでミュスカーもリリィに切れて、泥沼の修羅場を演じたらしい。

どうやら彼女は本当に私とミュスカーで遊びたかっただけで、彼への恋愛感情はゼロだったのだそうだ。
本気で結婚を迫られたら困るから、婚約解消しないギリギリのところを楽しんでいたらしい。
心底性格が悪いと思う。

あれだけ本性を見せつけられれば、さすがに彼の洗脳も解けたことだろう。
あの少女が精神的に弱いなんて妄想は、さっぱり覚めてそろそろ自分を責め始める頃かもしれない。
そのまま昔のミュスカーに戻ってくれればいいとは思うけれど、彼を友人として許せる日は遠いだろう。

きっとリリィは自分の両親にもあんな調子で誘導して、デイジー迫害を増長させていたのだ。
それも多分、今回みたいに暇つぶしを理由に。
デイジーはあの家を出て正解だった。
二度と戻らないという彼女の選択は、間違いなく最善策だろう。
デイジーの幸せを祈るばかりだ。



「結局私たちはあの二人に振り回されただけだったのね……」

思わずため息が出る。

「無駄な時間、とは思いたくないけど」

アーロンが苦笑して言う。

「そうね……確かに私、あの当時アーロンと婚約出来ていたら、こんなふうに話すことは出来なかったかも」
「妻に逃げ回られたらつらいな」
「でしょう? だからその、心の準備期間として必要だったと思うことにするわ」

正式な婚約から二週間が経ち、今はアーロンの部屋だ。
結婚の話はあの日から特には進んでいない。
しばらくは小難しい話は保留にして、二人でゆっくり話しなさいという親たちの配慮に甘えた形である。

ハノーヴァー卿によれば、リリィは永久に出入り禁止、ミュスカーは卒業を待って遠い親戚のところに奉公に出されるらしい。
物凄く厳しい人らしいから、ミュスカーの甘ったれた根性も少しはマシになるだろうとハノーヴァー卿は笑っていた。
しばらくは彼と顔を合わせる心配はなさそうだ。

アンダーソン家にはあの後すぐに呼び出して事のあらましを告げたらしい。
リリィの両親はその場で彼女を物凄く責めて、リリィと絶縁する代わりに付き合いを継続させてくれと懇願してきたらしい。
リリィは絶望の表情を浮かべていたそうだけど、同情の気持ちは湧いてこなかった。
あんなに可愛がっていたのに、自分たちの立場を脅かすとなった瞬間あっさり捨てるのかと思うと、やはりあそこの家の人間とは相容れないと感じた。

もちろんハノーヴァー卿はそれを断ったし、嫌悪感も露わに追い返していたそうだ。
その後手段を変えたのか、リリィへのフォローもなくデイジーの連絡先を教えろという手紙を毎日のようにアーロンに送ってきている。

「教えるわけがないよね」

アーロンは微笑みながら言って、今日受け取ったばかりの手紙を容赦なく燃え盛る暖炉に放り込んだ。

一応ひとつの家族が追い込まれているというこの状況だ。
彼のその冷たい微笑みに新しい魅力を感じて、胸が高鳴ったのは誰にも言わないでおこう。

デイジーからすでに捨てられているのだと気付いた時、彼らはどんな顔をするのだろう。
今は完全に無視されている形のリリィがまた返り咲くのだろうか。
どちらにせよ、もう彼女と関わることもないからこの先を知ることはないのだけど。

「もう二人のことは忘れよう」
「そうね、それが一番だわ」

苦笑を交わし合う。

「それで、式についてなんだけど」

コホンと咳払いをして、照れたようにアーロンが切り出す。

「ミュスカーと予定していた日はもう嫌だろう? だから日を改めて、一年くらい先にしようと思う」

気遣わし気に聞かれる。

もちろん親や列席者たちの都合も考慮する必要があるが、まずは二人で話し合いなさいと言われたのだ。

ミュスカーとの結婚は卒業とほぼ同時期の予定だった。
つまりもうあと半年もない。

確かにその日はもうケチがついた、とも言えるかもしれない。
やめて別の日にするのが普通なのだろう。

だけど私は。

「もしアーロンが気にしないのなら、予定通りその日にしたいわ」
「いいのかい? かかる費用とかは気にしなくていいんだ」
「ううん、そうじゃなくて」

ぎゅっと手を握って、真っ直ぐにアーロンの瞳を見つめる。

「早くあなたの妻になりたいの」

心からの願いだ。
本当はもう一秒だって離れたくない。
帰る場所は彼の隣がいい。

アーロンがじわじわと頬を朱に染めていく。
それから目を逸らすことなく私の手を握り返した。

「……うん。俺も。早くアメリアの夫になりたいな」

淡く微笑んで、私の手を引き寄せ指先に口付ける。

結婚相手が挿げ替わるのだ、多少の混乱や邪推はあるだろうけれど、アーロンとなら乗り越えていける。
そう信じることが出来た。

「デイジーは来てくれるかしら」
「ああ。あそこの家とは完全に縁を切ったから、式に来る心配もない。デイジーだけ友人として呼ぼう。きっと喜んでくれる」

彼女の満開の笑顔を思い出して胸が温かくなる。

お互い少し泣きそうな顔で笑って、こつんと額を合わせる。


それからゆっくりと目を閉じて、初めてのキスをした。
しおりを挟む
感想 119

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(119件)

うさ
2021.10.10 うさ

気持ちの良いハッピーエンドで良かったです!

解除
2021.05.15 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

解除
ななし
2021.05.11 ななし
ネタバレ含む
解除

あなたにおすすめの小説

言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。

紗綺
恋愛
私の婚約者は別の女性を好いている。 学園内のこととはいえ、複数の男性を侍らす女性の取り巻きになるなんて名が泣いているわよ? 婚約は破棄します。これは両家でもう決まったことですから。 邪魔な婚約者をサクッと婚約破棄して、かねてから用意していた相手と婚約を結びます。 新しい婚約者は私にとって理想の相手。 私の邪魔をしないという点が素晴らしい。 でもべた惚れしてたとか聞いてないわ。 都合の良い相手でいいなんて……、おかしな人ね。 ◆本編 5話  ◆番外編 2話  番外編1話はちょっと暗めのお話です。 入学初日の婚約破棄~の原型はこんな感じでした。 もったいないのでこちらも投稿してしまいます。 また少し違う男装(?)令嬢を楽しんでもらえたら嬉しいです。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません

すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」 他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。 今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。 「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」 貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。 王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。 あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

あなたに未練などありません

風見ゆうみ
恋愛
「本当は前から知っていたんだ。君がキャロをいじめていた事」 初恋であり、ずっと思いを寄せていた婚約者からありえない事を言われ、侯爵令嬢であるわたし、アニエス・ロロアルの頭の中は真っ白になった。 わたしの婚約者はクォント国の第2王子ヘイスト殿下、幼馴染で親友のキャロラインは他の友人達と結託して嘘をつき、私から婚約者を奪おうと考えたようだった。 数日後の王家主催のパーティーでヘイスト殿下に婚約破棄されると知った父は激怒し、元々、わたしを憎んでいた事もあり、婚約破棄後はわたしとの縁を切り、わたしを家から追い出すと告げ、それを承認する書面にサインまでさせられてしまう。 そして、予告通り出席したパーティーで婚約破棄を告げられ絶望していたわたしに、その場で求婚してきたのは、ヘイスト殿下の兄であり病弱だという事で有名なジェレミー王太子殿下だった…。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

公爵様は幼馴染に夢中のようですので別れましょう

カミツドリ
恋愛
伯爵令嬢のレミーラは公爵閣下と婚約をしていた。 しかし、公爵閣下は幼馴染に夢中になっている……。 レミーラが注意をしても、公爵は幼馴染との関係性を見直す気はないようだ。 それならば婚約解消をしましょうと、レミーラは公爵閣下と別れることにする。 しかし、女々しい公爵はレミーラに縋りよって来る。 レミーラは王子殿下との新たな恋に忙しいので、邪魔しないでもらえますか? と元婚約者を冷たく突き放すのだった。覆水盆に返らず、ここに極まれり……。

本当に妹のことを愛しているなら、落ちぶれた彼女に寄り添うべきなのではありませんか?

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアレシアは、婿を迎える立場であった。 しかしある日突然、彼女は婚約者から婚約破棄を告げられる。彼はアレシアの妹と関係を持っており、そちらと婚約しようとしていたのだ。 そのことについて妹を問い詰めると、彼女は伝えてきた。アレシアのことをずっと疎んでおり、婚約者も伯爵家も手に入れようとしていることを。 このまま自分が伯爵家を手に入れる。彼女はそう言いながら、アレシアのことを嘲笑っていた。 しかしながら、彼女達の父親はそれを許さなかった。 妹には伯爵家を背負う資質がないとして、断固として認めなかったのである。 それに反発した妹は、伯爵家から追放されることにになった。 それから間もなくして、元婚約者がアレシアを訪ねてきた。 彼は追放されて落ちぶれた妹のことを心配しており、支援して欲しいと申し出てきたのだ。 だが、アレシアは知っていた。彼も家で立場がなくなり、追い詰められているということを。 そもそも彼は妹にコンタクトすら取っていない。そのことに呆れながら、アレシアは彼を追い返すのであった。

幼馴染が好きなら幼馴染だけ愛せば?

新野乃花(大舟)
恋愛
フーレン伯爵はエレナとの婚約関係を結んでいながら、仕事だと言って屋敷をあけ、その度に自身の幼馴染であるレベッカとの関係を深めていた。その関係は次第に熱いものとなっていき、ついにフーレン伯爵はエレナに婚約破棄を告げてしまう。しかしその言葉こそ、伯爵が奈落の底に転落していく最初の第一歩となるのであった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。