16 / 19
16.
しおりを挟む
「父さんも母さんも兄さんを贔屓して! リリィだって昔から兄さん兄さんだし! アメリアだってそうだ! 結局僕はいつも愛されないんだ!」
ミュスカーの主張を聞いて引いてしまう。
デイジーと違って、彼が露骨に虐げられたところなんて見たことがない。
それどころか、いつもアーロンのものを欲しがっては譲ってもらっていた。
学力が足りない分アーロンより教育費がかかっているし、服飾費だって趣味だって、質素を好むアーロンの何倍もかけてもらっているはずだ。
もちろんハノーヴァー夫妻が兄弟を比較してどちらかを上げてどちらかを下げるような発言を聞いたこともない。
他人が見ていないところではわからないが、愚痴ばかりのミュスカーが明らかに差別されていると感じるような発言をしたことは一度もない。
せいぜいがないものねだりとか、嫉妬とか被害妄想とかそういった類のものだった。
それを贔屓と言われても、私にはミュスカーの努力不足だとしか思えなかった。
「ようやく兄さんがいなくなってリリィが僕を見てくれるようになったのに! どうして帰ってくるんだよ最悪だ!」
「変なこと言わないで! ミュスカーなんて好きじゃないもん! リリィが大人になるまで結婚しないで待っててくれるって、兄様が言ったからそれまで遊んであげてただけ!」
ミュスカーが喚くのにリリィが必死で反論する。
余程アーロンに誤解を与えたくないようだけど、結婚しないで待つなんてたぶんアーロンは言っていないのだろう。
「出国する前に告白された時のことなら、結婚する気はないと言ったけどそれはリリィのためじゃない。アメリア以外との結婚が考えられなかっただけだ」
案の定すかさず入る訂正に、そんな場合ではないのにポッと頬が熱くなる。
思わず繋がれたままの手にぎゅっと力を込めて見つめると、アーロンが照れたように顔を逸らした。
それにしても、何度も告白するなんて根性がある。
私なら一度でもフラれたら、怖くて二度と言えなくなってしまう。
ただ、リリィに関して言えば自分がフラれたとは微塵も思っていないだけかもしれないけれど。
「嘘よ! 兄様の嘘つき! リリィを好きなくせに!」
「キミを好きだったことは一度もない。ずっとアメリアだけを愛していた」
容赦のない言葉にリリィが言葉に詰まった。
真剣にリリィに言い返すアーロンの言葉が嬉しくて、結構な修羅場だと言うのに頬が緩んでしまう。
「ミュスカー。俺はお前がアメリアを愛していると思ったからこそ身を引いた。リリィが好きならなぜアメリアと俺を騙した。なぜ邪魔をした」
「……それは、だって、アメリアを好きだったからだ。いつも兄さんに取られるから、今度こそはって、」
取られるなんて嫌な言い方だ。
私は最初からアーロンを好きだったし、それをミュスカーも知っていたはずなのに。
ミュスカーは悪いことをしている自覚もないのか、ただいじけたような口調だ。
「ならなぜ大切にしない。なぜリリィばかり優先するようになったんだ」
問い詰める口調は厳しい。
甘えを許さない視線は鋭く、勢いを無くしたミュスカーが力なく椅子に腰を落とした。
いつも優しい兄しか知らないミュスカーは、アーロンの態度に少し怯えているようだ。
「リ、リリィが……、」
「リリィは関係ないもん! 人のせいにしようとしないで! ミュスカーなんて大っ嫌い!」
「リリィは黙っていなさい」
彼女の方を見もせずにアーロンが威圧的に言う。
「そんな……お兄様……」
リリィが悲しそうな表情をして座ったけれど、誰からも同情の声はかからなかった。
「ミュスカー」
促すように低く名前を呼ぶと、ミュスカーの顔がくしゃりと歪んだ。
「……アメリアと婚約して兄さんがいなくなってから、リリィが頻繁に僕を呼ぶようになった。本当はずっと好きだったのって。兄さんを好きなフリをしてたのはやきもちを焼かせるためだったのって。アメリアに会う前はリリィを好きだったから嬉しかった。それにアメリアは結局兄さんを好きなままだった。なのに無理をして僕に優しくする。僕なんか好きじゃないくせに。どうせ同情だってすぐにわかった」
確かにずっとアーロンを好きだったと気付いてしまったけれど、決して同情で婚約したわけではない。もちろん無理に優しくしたつもりもない。
あの頃のミュスカーはいい友人だったし、大切に想っていた。
そのままの彼だったらきっと、穏やかな愛を築いていけたはずだった。
だけどいつからか少しずつ歪んでいって、ミュスカーから向けられていたはずの愛情が見えなくなってしまったのだ。
その原因だろう少女は、恨めし気な目を私に向け続けていた。
「両家に諍いを起こしたくないから婚約解消も出来ないんだろうって。リリィが言ってた。嫌な女だって。父様たちに取り入って、リリィとの仲を引き裂いてひどい女だって。リリィと結婚出来ないのは父様たちが認めてくれないからだ、そうさせないようにアメリアが吹き込んでるからだって。だからあんな女大切にする必要なんてない、僕を本当に愛しているのはリリィだけだからって、」
「違う違う違う違う! 全部嘘よ! リリィはアーロンお兄様しか愛してないもん! ただの暇つぶしのくせに余計なこと言わないでよ!!」
全部自分のせいにされそうな状況に耐えかねたのか、金切り声を上げてリリィがミュスカーの言葉を遮る。
鬼気迫る表情には繊細さも気弱さも感じられない。
そこには、ただの強かな女がいた。
ミュスカーの主張を聞いて引いてしまう。
デイジーと違って、彼が露骨に虐げられたところなんて見たことがない。
それどころか、いつもアーロンのものを欲しがっては譲ってもらっていた。
学力が足りない分アーロンより教育費がかかっているし、服飾費だって趣味だって、質素を好むアーロンの何倍もかけてもらっているはずだ。
もちろんハノーヴァー夫妻が兄弟を比較してどちらかを上げてどちらかを下げるような発言を聞いたこともない。
他人が見ていないところではわからないが、愚痴ばかりのミュスカーが明らかに差別されていると感じるような発言をしたことは一度もない。
せいぜいがないものねだりとか、嫉妬とか被害妄想とかそういった類のものだった。
それを贔屓と言われても、私にはミュスカーの努力不足だとしか思えなかった。
「ようやく兄さんがいなくなってリリィが僕を見てくれるようになったのに! どうして帰ってくるんだよ最悪だ!」
「変なこと言わないで! ミュスカーなんて好きじゃないもん! リリィが大人になるまで結婚しないで待っててくれるって、兄様が言ったからそれまで遊んであげてただけ!」
ミュスカーが喚くのにリリィが必死で反論する。
余程アーロンに誤解を与えたくないようだけど、結婚しないで待つなんてたぶんアーロンは言っていないのだろう。
「出国する前に告白された時のことなら、結婚する気はないと言ったけどそれはリリィのためじゃない。アメリア以外との結婚が考えられなかっただけだ」
案の定すかさず入る訂正に、そんな場合ではないのにポッと頬が熱くなる。
思わず繋がれたままの手にぎゅっと力を込めて見つめると、アーロンが照れたように顔を逸らした。
それにしても、何度も告白するなんて根性がある。
私なら一度でもフラれたら、怖くて二度と言えなくなってしまう。
ただ、リリィに関して言えば自分がフラれたとは微塵も思っていないだけかもしれないけれど。
「嘘よ! 兄様の嘘つき! リリィを好きなくせに!」
「キミを好きだったことは一度もない。ずっとアメリアだけを愛していた」
容赦のない言葉にリリィが言葉に詰まった。
真剣にリリィに言い返すアーロンの言葉が嬉しくて、結構な修羅場だと言うのに頬が緩んでしまう。
「ミュスカー。俺はお前がアメリアを愛していると思ったからこそ身を引いた。リリィが好きならなぜアメリアと俺を騙した。なぜ邪魔をした」
「……それは、だって、アメリアを好きだったからだ。いつも兄さんに取られるから、今度こそはって、」
取られるなんて嫌な言い方だ。
私は最初からアーロンを好きだったし、それをミュスカーも知っていたはずなのに。
ミュスカーは悪いことをしている自覚もないのか、ただいじけたような口調だ。
「ならなぜ大切にしない。なぜリリィばかり優先するようになったんだ」
問い詰める口調は厳しい。
甘えを許さない視線は鋭く、勢いを無くしたミュスカーが力なく椅子に腰を落とした。
いつも優しい兄しか知らないミュスカーは、アーロンの態度に少し怯えているようだ。
「リ、リリィが……、」
「リリィは関係ないもん! 人のせいにしようとしないで! ミュスカーなんて大っ嫌い!」
「リリィは黙っていなさい」
彼女の方を見もせずにアーロンが威圧的に言う。
「そんな……お兄様……」
リリィが悲しそうな表情をして座ったけれど、誰からも同情の声はかからなかった。
「ミュスカー」
促すように低く名前を呼ぶと、ミュスカーの顔がくしゃりと歪んだ。
「……アメリアと婚約して兄さんがいなくなってから、リリィが頻繁に僕を呼ぶようになった。本当はずっと好きだったのって。兄さんを好きなフリをしてたのはやきもちを焼かせるためだったのって。アメリアに会う前はリリィを好きだったから嬉しかった。それにアメリアは結局兄さんを好きなままだった。なのに無理をして僕に優しくする。僕なんか好きじゃないくせに。どうせ同情だってすぐにわかった」
確かにずっとアーロンを好きだったと気付いてしまったけれど、決して同情で婚約したわけではない。もちろん無理に優しくしたつもりもない。
あの頃のミュスカーはいい友人だったし、大切に想っていた。
そのままの彼だったらきっと、穏やかな愛を築いていけたはずだった。
だけどいつからか少しずつ歪んでいって、ミュスカーから向けられていたはずの愛情が見えなくなってしまったのだ。
その原因だろう少女は、恨めし気な目を私に向け続けていた。
「両家に諍いを起こしたくないから婚約解消も出来ないんだろうって。リリィが言ってた。嫌な女だって。父様たちに取り入って、リリィとの仲を引き裂いてひどい女だって。リリィと結婚出来ないのは父様たちが認めてくれないからだ、そうさせないようにアメリアが吹き込んでるからだって。だからあんな女大切にする必要なんてない、僕を本当に愛しているのはリリィだけだからって、」
「違う違う違う違う! 全部嘘よ! リリィはアーロンお兄様しか愛してないもん! ただの暇つぶしのくせに余計なこと言わないでよ!!」
全部自分のせいにされそうな状況に耐えかねたのか、金切り声を上げてリリィがミュスカーの言葉を遮る。
鬼気迫る表情には繊細さも気弱さも感じられない。
そこには、ただの強かな女がいた。
327
お気に入りに追加
6,810
あなたにおすすめの小説
言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。
紗綺
恋愛
私の婚約者は別の女性を好いている。
学園内のこととはいえ、複数の男性を侍らす女性の取り巻きになるなんて名が泣いているわよ?
婚約は破棄します。これは両家でもう決まったことですから。
邪魔な婚約者をサクッと婚約破棄して、かねてから用意していた相手と婚約を結びます。
新しい婚約者は私にとって理想の相手。
私の邪魔をしないという点が素晴らしい。
でもべた惚れしてたとか聞いてないわ。
都合の良い相手でいいなんて……、おかしな人ね。
◆本編 5話
◆番外編 2話
番外編1話はちょっと暗めのお話です。
入学初日の婚約破棄~の原型はこんな感じでした。
もったいないのでこちらも投稿してしまいます。
また少し違う男装(?)令嬢を楽しんでもらえたら嬉しいです。
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
愛せないですか。それなら別れましょう
黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」
婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。
バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。
そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。
王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。
「愛せないですか。それなら別れましょう」
この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。
あなたに未練などありません
風見ゆうみ
恋愛
「本当は前から知っていたんだ。君がキャロをいじめていた事」
初恋であり、ずっと思いを寄せていた婚約者からありえない事を言われ、侯爵令嬢であるわたし、アニエス・ロロアルの頭の中は真っ白になった。
わたしの婚約者はクォント国の第2王子ヘイスト殿下、幼馴染で親友のキャロラインは他の友人達と結託して嘘をつき、私から婚約者を奪おうと考えたようだった。
数日後の王家主催のパーティーでヘイスト殿下に婚約破棄されると知った父は激怒し、元々、わたしを憎んでいた事もあり、婚約破棄後はわたしとの縁を切り、わたしを家から追い出すと告げ、それを承認する書面にサインまでさせられてしまう。
そして、予告通り出席したパーティーで婚約破棄を告げられ絶望していたわたしに、その場で求婚してきたのは、ヘイスト殿下の兄であり病弱だという事で有名なジェレミー王太子殿下だった…。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。
私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?
ミィタソ
恋愛
アインナーズ伯爵家のレイナは、幼い頃からリリアナ・バイスター伯爵令嬢に陰湿ないじめを受けていた。
レイナには、親同士が決めた婚約者――アインス・ガルタード侯爵家がいる。
アインスは、その艶やかな黒髪と怪しい色気を放つ紫色の瞳から、令嬢の間では惑わしのアインス様と呼ばれるほど人気があった。
ある日、パーティに参加したレイナが一人になると、子爵家や男爵家の令嬢を引き連れたリリアナが現れ、レイナを貶めるような酷い言葉をいくつも投げかける。
そして、事故に見せかけるようにドレスの裾を踏みつけられたレイナは、転んでしまう。
上まで避けたスカートからは、美しい肌が見える。
「売女め、婚約は破棄させてもらう!」
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?
日々埋没。
恋愛
公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。
「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」
しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。
「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」
嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。
※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。
またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる