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「父さんも母さんも兄さんを贔屓して! リリィだって昔から兄さん兄さんだし! アメリアだってそうだ! 結局僕はいつも愛されないんだ!」

ミュスカーの主張を聞いて引いてしまう。

デイジーと違って、彼が露骨に虐げられたところなんて見たことがない。
それどころか、いつもアーロンのものを欲しがっては譲ってもらっていた。
学力が足りない分アーロンより教育費がかかっているし、服飾費だって趣味だって、質素を好むアーロンの何倍もかけてもらっているはずだ。
もちろんハノーヴァー夫妻が兄弟を比較してどちらかを上げてどちらかを下げるような発言を聞いたこともない。

他人が見ていないところではわからないが、愚痴ばかりのミュスカーが明らかに差別されていると感じるような発言をしたことは一度もない。
せいぜいがないものねだりとか、嫉妬とか被害妄想とかそういった類のものだった。
それを贔屓と言われても、私にはミュスカーの努力不足だとしか思えなかった。

「ようやく兄さんがいなくなってリリィが僕を見てくれるようになったのに! どうして帰ってくるんだよ最悪だ!」
「変なこと言わないで! ミュスカーなんて好きじゃないもん! リリィが大人になるまで結婚しないで待っててくれるって、兄様が言ったからそれまで遊んであげてただけ!」

ミュスカーが喚くのにリリィが必死で反論する。
余程アーロンに誤解を与えたくないようだけど、結婚しないで待つなんてたぶんアーロンは言っていないのだろう。

「出国する前に告白された時のことなら、結婚する気はないと言ったけどそれはリリィのためじゃない。アメリア以外との結婚が考えられなかっただけだ」

案の定すかさず入る訂正に、そんな場合ではないのにポッと頬が熱くなる。
思わず繋がれたままの手にぎゅっと力を込めて見つめると、アーロンが照れたように顔を逸らした。

それにしても、何度も告白するなんて根性がある。
私なら一度でもフラれたら、怖くて二度と言えなくなってしまう。

ただ、リリィに関して言えば自分がフラれたとは微塵も思っていないだけかもしれないけれど。

「嘘よ! 兄様の嘘つき! リリィを好きなくせに!」
「キミを好きだったことは一度もない。ずっとアメリアだけを愛していた」

容赦のない言葉にリリィが言葉に詰まった。

真剣にリリィに言い返すアーロンの言葉が嬉しくて、結構な修羅場だと言うのに頬が緩んでしまう。

「ミュスカー。俺はお前がアメリアを愛していると思ったからこそ身を引いた。リリィが好きならなぜアメリアと俺を騙した。なぜ邪魔をした」
「……それは、だって、アメリアを好きだったからだ。いつも兄さんに取られるから、今度こそはって、」

取られるなんて嫌な言い方だ。
私は最初からアーロンを好きだったし、それをミュスカーも知っていたはずなのに。

ミュスカーは悪いことをしている自覚もないのか、ただいじけたような口調だ。

「ならなぜ大切にしない。なぜリリィばかり優先するようになったんだ」

問い詰める口調は厳しい。

甘えを許さない視線は鋭く、勢いを無くしたミュスカーが力なく椅子に腰を落とした。
いつも優しい兄しか知らないミュスカーは、アーロンの態度に少し怯えているようだ。

「リ、リリィが……、」
「リリィは関係ないもん! 人のせいにしようとしないで! ミュスカーなんて大っ嫌い!」
「リリィは黙っていなさい」

彼女の方を見もせずにアーロンが威圧的に言う。

「そんな……お兄様……」

リリィが悲しそうな表情をして座ったけれど、誰からも同情の声はかからなかった。

「ミュスカー」

促すように低く名前を呼ぶと、ミュスカーの顔がくしゃりと歪んだ。

「……アメリアと婚約して兄さんがいなくなってから、リリィが頻繁に僕を呼ぶようになった。本当はずっと好きだったのって。兄さんを好きなフリをしてたのはやきもちを焼かせるためだったのって。アメリアに会う前はリリィを好きだったから嬉しかった。それにアメリアは結局兄さんを好きなままだった。なのに無理をして僕に優しくする。僕なんか好きじゃないくせに。どうせ同情だってすぐにわかった」

確かにずっとアーロンを好きだったと気付いてしまったけれど、決して同情で婚約したわけではない。もちろん無理に優しくしたつもりもない。
あの頃のミュスカーはいい友人だったし、大切に想っていた。
そのままの彼だったらきっと、穏やかな愛を築いていけたはずだった。

だけどいつからか少しずつ歪んでいって、ミュスカーから向けられていたはずの愛情が見えなくなってしまったのだ。
その原因だろう少女は、恨めし気な目を私に向け続けていた。

「両家に諍いを起こしたくないから婚約解消も出来ないんだろうって。リリィが言ってた。嫌な女だって。父様たちに取り入って、リリィとの仲を引き裂いてひどい女だって。リリィと結婚出来ないのは父様たちが認めてくれないからだ、そうさせないようにアメリアが吹き込んでるからだって。だからあんな女大切にする必要なんてない、僕を本当に愛しているのはリリィだけだからって、」
「違う違う違う違う! 全部嘘よ! リリィはアーロンお兄様しか愛してないもん! ただの暇つぶしのくせに余計なこと言わないでよ!!」

全部自分のせいにされそうな状況に耐えかねたのか、金切り声を上げてリリィがミュスカーの言葉を遮る。

鬼気迫る表情には繊細さも気弱さも感じられない。

そこには、ただの強かな女がいた。
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