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舌っ足らずな甘ったるい声。

十六歳とは思えない幼い喋り方だ。
直接顔を合わせたのは久しぶりだけど、出会った時からずっと変わらない。

「どうして一番にリリィのところに来てくださらなかったの? すごぉく会いたかったのに」

いじけたように言って、躊躇なくアーロンの隣に腰を下ろす。

ちらりともこちらを見ない。
私のことなどまったく眼中にないようだ。

それはミュスカーも同じようで、あとから追いかけてきたのだろう彼が姿を表しても、リリィは一瞥もしなかった。

そうしてべったりとくっついて、アーロンの腕に絡みつく。
ものすごく嫌な気持ちになったけれど、アーロンがすぐにリリィから身体を離して押しやってくれた。

「もう立派な淑女なんだからそんなことをしては駄目だ」

言い聞かせるようにというよりは突き放すようにアーロンが言う。
硬い口調だった。
今までの私に対する仕打ちに怒ってくれているのだとすぐに分かった。

「だってずっと会いたかったんだもん!」

言ってめげずにアーロンの袖を掴む。
子供っぽい我儘口調も、十歳の頃には可愛らしかったけれど、今は少しみっともなく映る。
もう少し人目を気にしたり、接触を控えたり出来ないものだろうか。

意地悪なことを考えているな、という自覚はある。
正直、ミュスカー相手の時に感じたイラつきの比ではない。

本当に好きな人相手にベタベタされるとこんなにも腹が立つものなのだ。
今更思い知って、胸がじりじりと焦げるようだった。

「……何故帰ってきたんです」

アーロンの正面に立ったミュスカーが、不機嫌全開の声を隠しもせずに問う。
どうやら彼もアーロンの帰還を知らされていなかったらしい。

どこか憎しみのようなものが籠った視線だった。

どうしてこんな顔をしているのだろう。
婚約話が出る以前は、もう少し仲の良い兄弟だったはずなのに。

「リリィに会いに帰ってきたのでしょう?」
「違う」

勝手に割り込んで来た無邪気ぶった問いに、アーロンが厳しい口調で応える。
リリィが怯んだように顔をこわばらせた。

「……詳しい話は夕食の時に。行こう、アメリア」
「え、ええ」

「アメリア」

立ち上がりその場を去ろうとするアーロンに、ついて行こうとする私をミュスカーの威圧的な声が呼んだ。
足を止めて振り返る。

「婚約解消は撤回したのだろう」
「……何故そんな必要が?」

今まで出したこともないような冷たい声で答える。
ミュスカーがわずかに口籠る。

もう彼の嘘を知ってしまったのだ。不信感しかない。

それでなくても、今日婚約解消のことで呼び出されたことを知っていて、それでも今までリリィと一緒に居たような男なのだ。何故そんな相手と婚約を継続すると思えるのか。

ハッキリ言って、もう友人としての情すら残っていなかった。

アーロンに心を残したままの婚約は申し訳ないと思うけれど、それに対する仕打ちを許せるかと言われたらそれは話が別だ。

「婚約解消は成立したわ。これであなたは自由よ。おめでとう」

にっこりと笑って言うと、ミュスカーは屈辱に顔を歪めた。

その表情にようやく今までの溜飲が下がった気がして、すっきりした気持ちでアーロンと歩き出した。
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