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深く反省する私をよそに、母はアーロンに視線を向けた。
「アーロン。至らないことばかりだけど、娘をよろしくね」
「あら、至らないのはうちの方よ。弟に負けて逃げ出すような男だもの」
「ひっどーい。謙虚で思慮深いのよねぇ?」
「いえ、全く返す言葉もありません……」
ハノーヴァー夫人の容赦ない言葉に、今度はアーロンが肩を落とす。
だけど彼は何も悪くないのに、私のせいでこんな風に思われてしまう申し訳なさに慌てて口を開いた。
「あの、違うんです! 私が逃げ回ってただけなんです! その、恥ずかしくて、恥ずかしいってつまり、アーロンが好きだって気付いちゃったらどうしていいのか分からなくて、前よりもっと素敵に見えてドキドキしちゃって、だからアーロンは全然何も悪くなくて、私の態度が良くなくて誤解させちゃって、さっきだってあんまり嬉しくてずっと好きだったのにそれも上手く言えなくてっ」
「アメリア、アメリア」
「だからアーロンはっ、……はい、なんでしょう」
必死の弁明に、侯爵夫人が苦笑しながら待ったをかける。
「息子が死にそうだから止めてあげて」
「え?」
侯爵夫人が指差す方に視線をやると、顔を真っ赤に染めたアーロンが、片手で口許を覆いながらそっぽを向いていた。
それで自分が何を言ってしまったかに気が付いて、つられるように赤くなる。
「……良かったわね。ちゃんと愛されてんじゃない」
ニヤニヤと笑いながら侯爵夫人が言う。
完全に楽しんでいる顔だった。
「……はい。ずっと好き、でした……。ミュスカーには申し訳ないことをしてしまいました」
死ぬほど恥ずかしかったけれど、さっきの時点でアーロンに告げたかった言葉だ。せっかく言えたのだから、もう誤魔化すような真似はしたくなかった。
「いいのよ。どうせあの子がズルしたんでしょ」
「アーロンへのあてつけかしらね?」
「でしょうね」
「まーそういう子よね。リリィが自分のものにならないからって」
「あたしあの子きらーい」
「あたしもー」
「てかあの家族デイジー以外きらーい」
「わかるー」
あまり顔には出ていないけれど、母二人もだいぶ酔っているらしい。
淑女らしからぬ会話の応酬に戸惑ってしまう。
「……アメリア、行こうか」
「え、どこに」
促すように肩を抱かれて動揺する。
まだまだこの距離には慣れることが出来なさそうだ。
「どこか、二人になれる場所に」
「やだーやらしーい」
「母さんはもう黙ってて。飲みすぎだよ。協力してくれたことは感謝してるけど、アメリアを酒の肴にする気はないから」
ムッとした顔でアーロンが言う。
私の前では大人っぽい表情ばかりだったから、こんなふうに子供っぽく露骨に不機嫌な顔を見るのは初めてで、思わず見入ってしまう。
しかも私のために怒ってくれているのだとなれば、嬉しくて顔が緩んでしまうのを止められなかった。
「再会したばかりなんだから少しは浸らせてよ」
「わかったわ。ごめんね、嬉しくって。夕食でちゃんと話しましょ。それまでごゆっくり」
苦笑しながら侯爵夫人が手を振った。
ぺこりと会釈をすると、これ以上冷やかされてはたまらないとアーロンが急かすように私の手を取った。
繋がれた手を見て、普段はしっかり分別のある両夫妻が茶化すように歓声を上げた。
お酒って怖い。
「アーロン。至らないことばかりだけど、娘をよろしくね」
「あら、至らないのはうちの方よ。弟に負けて逃げ出すような男だもの」
「ひっどーい。謙虚で思慮深いのよねぇ?」
「いえ、全く返す言葉もありません……」
ハノーヴァー夫人の容赦ない言葉に、今度はアーロンが肩を落とす。
だけど彼は何も悪くないのに、私のせいでこんな風に思われてしまう申し訳なさに慌てて口を開いた。
「あの、違うんです! 私が逃げ回ってただけなんです! その、恥ずかしくて、恥ずかしいってつまり、アーロンが好きだって気付いちゃったらどうしていいのか分からなくて、前よりもっと素敵に見えてドキドキしちゃって、だからアーロンは全然何も悪くなくて、私の態度が良くなくて誤解させちゃって、さっきだってあんまり嬉しくてずっと好きだったのにそれも上手く言えなくてっ」
「アメリア、アメリア」
「だからアーロンはっ、……はい、なんでしょう」
必死の弁明に、侯爵夫人が苦笑しながら待ったをかける。
「息子が死にそうだから止めてあげて」
「え?」
侯爵夫人が指差す方に視線をやると、顔を真っ赤に染めたアーロンが、片手で口許を覆いながらそっぽを向いていた。
それで自分が何を言ってしまったかに気が付いて、つられるように赤くなる。
「……良かったわね。ちゃんと愛されてんじゃない」
ニヤニヤと笑いながら侯爵夫人が言う。
完全に楽しんでいる顔だった。
「……はい。ずっと好き、でした……。ミュスカーには申し訳ないことをしてしまいました」
死ぬほど恥ずかしかったけれど、さっきの時点でアーロンに告げたかった言葉だ。せっかく言えたのだから、もう誤魔化すような真似はしたくなかった。
「いいのよ。どうせあの子がズルしたんでしょ」
「アーロンへのあてつけかしらね?」
「でしょうね」
「まーそういう子よね。リリィが自分のものにならないからって」
「あたしあの子きらーい」
「あたしもー」
「てかあの家族デイジー以外きらーい」
「わかるー」
あまり顔には出ていないけれど、母二人もだいぶ酔っているらしい。
淑女らしからぬ会話の応酬に戸惑ってしまう。
「……アメリア、行こうか」
「え、どこに」
促すように肩を抱かれて動揺する。
まだまだこの距離には慣れることが出来なさそうだ。
「どこか、二人になれる場所に」
「やだーやらしーい」
「母さんはもう黙ってて。飲みすぎだよ。協力してくれたことは感謝してるけど、アメリアを酒の肴にする気はないから」
ムッとした顔でアーロンが言う。
私の前では大人っぽい表情ばかりだったから、こんなふうに子供っぽく露骨に不機嫌な顔を見るのは初めてで、思わず見入ってしまう。
しかも私のために怒ってくれているのだとなれば、嬉しくて顔が緩んでしまうのを止められなかった。
「再会したばかりなんだから少しは浸らせてよ」
「わかったわ。ごめんね、嬉しくって。夕食でちゃんと話しましょ。それまでごゆっくり」
苦笑しながら侯爵夫人が手を振った。
ぺこりと会釈をすると、これ以上冷やかされてはたまらないとアーロンが急かすように私の手を取った。
繋がれた手を見て、普段はしっかり分別のある両夫妻が茶化すように歓声を上げた。
お酒って怖い。
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