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「――首尾よく話はまとまった、ということでいいのかな?」
客間にアーロンと戻ると、ワイングラスを傾けながら父がにやりと唇を吊り上げた。
泣きはらした顔と、私の肩を抱くアーロンを見て全てを察したらしい。
隣にはいつの間にかハノーヴァー卿が来ていて、たぶん彼から全て聞いた上で父はここまでついて来てくれたのだとわかった。
ここまでお膳立てしてくれたのもハノーヴァー卿だろう。
「はい。私の勝手を許してくださり、ありがとうございました」
照れくささに俯く私をフォローするように、アーロンが一歩進み出て深々と頭を下げた。
「よせよせ。堅苦しいことはなしだ。未来の息子よ、共に祝杯を上げようではないか」
「二人の未来に幸多からんことを」
ハノーヴァー卿が上機嫌にグラスを持ち上げて父のあとに続く。
もうすっかり出来上がってしまっているようで、赤い顔がにこやかに緩んでいた。
「ほら二人とも。アメリア達が困っているでしょう。シャキっとしなさいな」
呆れたように母が言う。
父親二人は気にしたようすもなく、ケラケラと楽し気に酒を酌み交わすばかりだ。
「まったくお話にならないわね。いいわ。男たちは放っておきましょう。二人とも、こっちへいらっしゃい」
ハノーヴァー侯爵夫人が所在なく立ち尽くす私達を手招いた。
並んで母二人の前に立つと、彼女たちは嬉しそうに目を細めて笑った。
「まずはおめでとう。アメリア。あなたに苦労かけていたことも気付かず、申し訳ないことをしたわ。ミュスカーにはあとできつく言っておくから」
「……いいんです。彼が変わっていくのを止められなかった私にも非があるので」
夫人の労わるような表情に微笑んで見せる。
そう、ミュスカーだって最初のうちは優しかった。私への愛情を信じられるくらいには。
けれどリリィからの呼び出しが増えるにつれて、私への態度がぞんざいになっていったのだ。
気付いた時点でもっと話し合うべきだったのに、こんな私を貰ってくれるのだからと変に遠慮したせいで悪化の一途を辿ってしまった。
「私が至らないせいで、みんなを振り回してしまってごめんなさい」
ぺこりと頭を下げると、夫人は優しく笑って首を振ってくれた。
「正直、私と夫はあなたがアーロンを選ぶと思っていたから。落ち着くべきところに落ち着いたと思っているわ」
「そうね。私もアメリアとアーロンは両想いだとばっかり思ってたから、ミュスカーとって言い出した時はびっくりしたもの」
「母様……それにはいろいろと事情があって……」
母が笑って言うのに口籠る。
私の羞恥と、ミュスカーの嘘と、アーロンの遠慮。
いろんな要因が重なり合っていて、上手く説明はできない。
だけど一番の原因は、やっぱり私なのだと思う。
「どうせロクに話し合いもせずに、誰か一方の話だけ信じて暴走したんでしょ」
「ええ……はい……さすがお母様です……」
全くもってその通りなので反論のしようもない。
母親というものは恐ろしいものだ。
客間にアーロンと戻ると、ワイングラスを傾けながら父がにやりと唇を吊り上げた。
泣きはらした顔と、私の肩を抱くアーロンを見て全てを察したらしい。
隣にはいつの間にかハノーヴァー卿が来ていて、たぶん彼から全て聞いた上で父はここまでついて来てくれたのだとわかった。
ここまでお膳立てしてくれたのもハノーヴァー卿だろう。
「はい。私の勝手を許してくださり、ありがとうございました」
照れくささに俯く私をフォローするように、アーロンが一歩進み出て深々と頭を下げた。
「よせよせ。堅苦しいことはなしだ。未来の息子よ、共に祝杯を上げようではないか」
「二人の未来に幸多からんことを」
ハノーヴァー卿が上機嫌にグラスを持ち上げて父のあとに続く。
もうすっかり出来上がってしまっているようで、赤い顔がにこやかに緩んでいた。
「ほら二人とも。アメリア達が困っているでしょう。シャキっとしなさいな」
呆れたように母が言う。
父親二人は気にしたようすもなく、ケラケラと楽し気に酒を酌み交わすばかりだ。
「まったくお話にならないわね。いいわ。男たちは放っておきましょう。二人とも、こっちへいらっしゃい」
ハノーヴァー侯爵夫人が所在なく立ち尽くす私達を手招いた。
並んで母二人の前に立つと、彼女たちは嬉しそうに目を細めて笑った。
「まずはおめでとう。アメリア。あなたに苦労かけていたことも気付かず、申し訳ないことをしたわ。ミュスカーにはあとできつく言っておくから」
「……いいんです。彼が変わっていくのを止められなかった私にも非があるので」
夫人の労わるような表情に微笑んで見せる。
そう、ミュスカーだって最初のうちは優しかった。私への愛情を信じられるくらいには。
けれどリリィからの呼び出しが増えるにつれて、私への態度がぞんざいになっていったのだ。
気付いた時点でもっと話し合うべきだったのに、こんな私を貰ってくれるのだからと変に遠慮したせいで悪化の一途を辿ってしまった。
「私が至らないせいで、みんなを振り回してしまってごめんなさい」
ぺこりと頭を下げると、夫人は優しく笑って首を振ってくれた。
「正直、私と夫はあなたがアーロンを選ぶと思っていたから。落ち着くべきところに落ち着いたと思っているわ」
「そうね。私もアメリアとアーロンは両想いだとばっかり思ってたから、ミュスカーとって言い出した時はびっくりしたもの」
「母様……それにはいろいろと事情があって……」
母が笑って言うのに口籠る。
私の羞恥と、ミュスカーの嘘と、アーロンの遠慮。
いろんな要因が重なり合っていて、上手く説明はできない。
だけど一番の原因は、やっぱり私なのだと思う。
「どうせロクに話し合いもせずに、誰か一方の話だけ信じて暴走したんでしょ」
「ええ……はい……さすがお母様です……」
全くもってその通りなので反論のしようもない。
母親というものは恐ろしいものだ。
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