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終.
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翌日戸惑うノクトを本当に事務所に連れて行くと、所長の面接兼採用説明を無事乗り越えて、翌月から働くことが決まった。
最上級のイケメンが入ったことで事務所内は騒然としたが、私と結婚前提で付き合っていることを自己紹介でノクトが公言したので一瞬で騒ぎは鎮火した。
以来ノクトは所内の目の保養として愛でられている。
もちろん事務所内恋愛が公認されているとはいえ、公の場でイチャつくことはない。
仕事中の会話は事務的なものだったし、昼休憩も早く事務所に馴染んでほしいから他の同僚たちと食べにいくことを勧めた。
けれど同じ空間で、最推しがスーツを着て真剣な顔で仕事をしているという最高の妄想シーンが目の前にあるのだ。ついつい仕事の手を止め見惚れてしまうことを許してほしい。
毎日のように隣の清田に肩をド突かれて正気に戻っている。
それを目撃するたびに上司である篠宮が「ボーナス査定マイナス」と小さく呟くから恐ろしい。
さすがに本当にマイナスされることはないだろうが。
そう信じたい。
「あかりの職場は皆善人だな」
夕食の片付けを終えたリビングで、ノクトが嬉しそうに目を細めながら言う。
「えへへそうでしょ。すごく働きやすいんだ。気に入ってくれて嬉しい」
ノクトの肩に凭れるようにして言う。
二人掛けのソファはフカフカで、いつも通り寄り添うように座ってテレビを見ている時だった。
家が広くなったあとも、こうしてくっついて過ごせるのが嬉しい。
引っ越してから一ヵ月が経っている。
私の推し貯金はマイホームの頭金となり、それぞれに部屋もあるけれど大抵はリビングで一緒にいる。
繋いだ手の指先は絡まって、会社であったことやテレビの感想を言い合うだけで幸せだ。
「よし、では今日の本題に入りますか」
言ってノクトの鞄から月刊誌を取り出す。
帰りに一緒に買った最新号だ。
毎月の発売日に、二人そろって定時で帰るのはすっかり習慣化している。
「おいであかり」
ノクトが雑誌を持つ私に、自分の足の間をポンと叩いて示す。
「ふひっ」
たまらず空気漏れを起こしてニヤつく私に引きもせず、ノクトが笑顔で待っている。
一緒に雑誌を読むのに適した態勢ではあるけれど、あまりの照れ臭さに目が泳いでしまう。
「し、失礼しまーす」
ノクトの腹を背凭れにソファに座り直す。
すぐに腹に腕が回されて、完全なる密着状態が作り上げられた。
「くっつきすぎて全然集中出来ないんだけど……」
「いつまで経っても可愛らしい反応をするなあかりは」
すっかり緊張する私にノクトがからかうように言う。
そんなことを言われたって照れるものは照れる。
早くこの状態を解除しなくては。
決意してページをめくる。
ノクトは肩越しに私の手元を覗き込んで、さらに密着度が上がった。
絶対に私の反応を面白がっている。
「勇者は頑張っているな」
「ね。今までが物理的な戦いばっかりだったのに、急に頭使ってるから疲れた顔してる」
「戦闘の方が余程疲れると思うが」
「まー直情型で単純みたいだし。だから王様の言いなりになってノクトに苦労かけたんだわ」
「あかりは勇者に厳しい」
「だって最推しを苦しめ抜いた上に美味しいとこどりしてるんだよ!?」
勇者は王と話し合い、人族の信頼を勝ち取り、今は魔族の信頼まで得ようとしている。
もちろん和解に向かっているのはいいことだ。ノクトだって喜んでいる。
だけどそんなのは全部ノクトが魔王の時にずっと頑張って果たそうとしていたことだ。それを横取りしているようにしか見えない。
「俺のために怒っているのか」
「当然!」
憤慨してページをめくる私に、ノクトが苦笑を漏らす。
それから宥めるように私の頭を撫でて、頬にそっとキスをして微笑む。
「もういいんだ。俺はそれ以上の幸福を手にしたのだから」
「ひええこわい……」
あまりの破壊力の高さに怯える私に、ノクトが悪戯っぽく笑う。
その表情も最高だ。
たぶん私が予想通りの反応をして満足しているのだろう。
可愛い人だ。
そして宇宙一の美形だ。
そんな人が私の存在だけで満足してくれるなんて、どんな奇跡だろう。
「ここは天国かな……?」
やっぱり私はあの日死んでいたのかもしれない。
再び浮上した死後の世界の妄想説に、ノクトが極上の笑みを浮かべた。
「あかりがいるからきっとそうだな」
「こわぁ……」
妄想を軽々超えてくる現実に、心臓は常に酷使されている。
一生のうちの心拍数は決まっているとかいう説が本当なら、私の寿命は早晩尽きることだろう。
だけどノクトが愛おしそうな目で私を見ているから。
最推しに看取られる人生って最高だな、とますます心音を速めるのだった。
最上級のイケメンが入ったことで事務所内は騒然としたが、私と結婚前提で付き合っていることを自己紹介でノクトが公言したので一瞬で騒ぎは鎮火した。
以来ノクトは所内の目の保養として愛でられている。
もちろん事務所内恋愛が公認されているとはいえ、公の場でイチャつくことはない。
仕事中の会話は事務的なものだったし、昼休憩も早く事務所に馴染んでほしいから他の同僚たちと食べにいくことを勧めた。
けれど同じ空間で、最推しがスーツを着て真剣な顔で仕事をしているという最高の妄想シーンが目の前にあるのだ。ついつい仕事の手を止め見惚れてしまうことを許してほしい。
毎日のように隣の清田に肩をド突かれて正気に戻っている。
それを目撃するたびに上司である篠宮が「ボーナス査定マイナス」と小さく呟くから恐ろしい。
さすがに本当にマイナスされることはないだろうが。
そう信じたい。
「あかりの職場は皆善人だな」
夕食の片付けを終えたリビングで、ノクトが嬉しそうに目を細めながら言う。
「えへへそうでしょ。すごく働きやすいんだ。気に入ってくれて嬉しい」
ノクトの肩に凭れるようにして言う。
二人掛けのソファはフカフカで、いつも通り寄り添うように座ってテレビを見ている時だった。
家が広くなったあとも、こうしてくっついて過ごせるのが嬉しい。
引っ越してから一ヵ月が経っている。
私の推し貯金はマイホームの頭金となり、それぞれに部屋もあるけれど大抵はリビングで一緒にいる。
繋いだ手の指先は絡まって、会社であったことやテレビの感想を言い合うだけで幸せだ。
「よし、では今日の本題に入りますか」
言ってノクトの鞄から月刊誌を取り出す。
帰りに一緒に買った最新号だ。
毎月の発売日に、二人そろって定時で帰るのはすっかり習慣化している。
「おいであかり」
ノクトが雑誌を持つ私に、自分の足の間をポンと叩いて示す。
「ふひっ」
たまらず空気漏れを起こしてニヤつく私に引きもせず、ノクトが笑顔で待っている。
一緒に雑誌を読むのに適した態勢ではあるけれど、あまりの照れ臭さに目が泳いでしまう。
「し、失礼しまーす」
ノクトの腹を背凭れにソファに座り直す。
すぐに腹に腕が回されて、完全なる密着状態が作り上げられた。
「くっつきすぎて全然集中出来ないんだけど……」
「いつまで経っても可愛らしい反応をするなあかりは」
すっかり緊張する私にノクトがからかうように言う。
そんなことを言われたって照れるものは照れる。
早くこの状態を解除しなくては。
決意してページをめくる。
ノクトは肩越しに私の手元を覗き込んで、さらに密着度が上がった。
絶対に私の反応を面白がっている。
「勇者は頑張っているな」
「ね。今までが物理的な戦いばっかりだったのに、急に頭使ってるから疲れた顔してる」
「戦闘の方が余程疲れると思うが」
「まー直情型で単純みたいだし。だから王様の言いなりになってノクトに苦労かけたんだわ」
「あかりは勇者に厳しい」
「だって最推しを苦しめ抜いた上に美味しいとこどりしてるんだよ!?」
勇者は王と話し合い、人族の信頼を勝ち取り、今は魔族の信頼まで得ようとしている。
もちろん和解に向かっているのはいいことだ。ノクトだって喜んでいる。
だけどそんなのは全部ノクトが魔王の時にずっと頑張って果たそうとしていたことだ。それを横取りしているようにしか見えない。
「俺のために怒っているのか」
「当然!」
憤慨してページをめくる私に、ノクトが苦笑を漏らす。
それから宥めるように私の頭を撫でて、頬にそっとキスをして微笑む。
「もういいんだ。俺はそれ以上の幸福を手にしたのだから」
「ひええこわい……」
あまりの破壊力の高さに怯える私に、ノクトが悪戯っぽく笑う。
その表情も最高だ。
たぶん私が予想通りの反応をして満足しているのだろう。
可愛い人だ。
そして宇宙一の美形だ。
そんな人が私の存在だけで満足してくれるなんて、どんな奇跡だろう。
「ここは天国かな……?」
やっぱり私はあの日死んでいたのかもしれない。
再び浮上した死後の世界の妄想説に、ノクトが極上の笑みを浮かべた。
「あかりがいるからきっとそうだな」
「こわぁ……」
妄想を軽々超えてくる現実に、心臓は常に酷使されている。
一生のうちの心拍数は決まっているとかいう説が本当なら、私の寿命は早晩尽きることだろう。
だけどノクトが愛おしそうな目で私を見ているから。
最推しに看取られる人生って最高だな、とますます心音を速めるのだった。
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