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「なんですかそれ卑怯です……」
「ど、どうした、そんなに変か?」

感激のあまり泣きそうになりながら言うと、魔王様が焦ったように短くなったばかりの自分の髪に触れた。

変なわけがない。
最高だ。最高に最高を重ねても足りないくらいに最高だ。
ついさっきまで黒髪ロングこそが至高と思っていた自分を殴りたい。
もちろん黒髪ロングも揺るぎなく一位なのだけど。この新バージョンの魔王様も同率一位だ。
新たな魅力を発見してしまって感情がついていかない。
歓喜に打ち震える脳が、バグを起こして吐き気さえ感じている。

「……とても、よく、お似合いです」
「そ、そうか。ならいいんだが」

血反吐を吐きそうなくらいに万感の思いを込めて言う私に、魔王様は若干引き気味に頷いた。
本当に良く似合っている。
いっそひれ伏したいくらいに。

「ああそうだ、昼間思ったんだが、その丁寧な言葉遣いはやめないか」
「え、でも」

唐突な提案に戸惑う。
そんなの、崇拝しているから難しい。

「ここはあかりの家で、俺はただの居候だ。しかも勝手に転がり込んで来たようなものだろう」
「それの何が問題ですか?」

心底わからなくてきょとんとしてしまう。
こんな奇跡ならいつでも大歓迎だ。
幻覚だろうとなんだろうと関係ない。
私が本物だと思えば目の前の魔王様は本物になるのだ。

「魔王様にタメ口なんて畏れ多いです」
「だからそれがそもそもの間違いなんだ」

悩まし気な表情にため息交じりで言う。
憂い顔さえ美しい。

「ここは俺がいた世界ではないのだろう? ということは俺はもう魔王などではない」

そうかな? そうかも。でも私にとっては永遠に魔王様だ。そこは譲れない。

「でも魔王様だったという事実は消えませんよね?」
「前の世界ではどうであれ、この世界では生まれたての赤子みたいな存在だろう。それにこの家の家主はあかりだ」

赤子だって。かわゆっ。きっと赤ちゃんの時から宇宙一の美形だったんだろうな。あっちの世界に宇宙って概念があるかはわからないけど。

「私には立派な成人男性にしか見えないのでそれはあまりにも暴論では」
「赤子は言い過ぎにしてもこの世界において下っ端なのは違いない」
「まぁ新人的な感じではあるかもしれません……」
「だろう? つまり俺はあかりより下の存在であって、丁寧な喋りをするべきは俺の方だ」

魔王様が私の下? なにそれありえないと思いつつも私にかしずく姿をちょっと妄想して心臓がぎゅんと高鳴った。

「もしそれでもその喋り方を止めないというのなら、俺もあかりに敬語を使うがいいか」
「ううっ……」

もう脅しなのかご褒美なのか分からない。
だけど割と的確に私のツボをついてきている。
だって崇拝している人に敬語を使わせるなんて。そんなこと。信者に出来るわけがない。わけがないけど。でも。

「だめ、ですけど、その、一回だけ、聞きたいかも……!」

私にそんな敬語を使われる価値はないけれど、欲望には抗えず図々しくお願いしてみる。

魔王様が呆れた顔をした。

やっぱ駄目か。
無茶振りを反省しつつもガッカリと肩を落とした。

けれど魔王様は突如きりっとした顔つきになって、私の頬にそっと触れた。
ドカンと心臓が大きく脈を打った。

「……対等にお話しいただくことをお許しいただけますか、あかり様」
「ひょわぁぁ……」

開き直ったかのようにめちゃくちゃいい声で言われて腰が砕けそうになる。
頭がクラクラして視界が揺れた。

「今のは肯定の返事ということでいいな?」

奇声に対して魔王様が得意げに言う。
全然違うけれどもうなんかそれでオッケーですという気持ちになって、無言でコクコク頷いた。

うむと満足げな顔で魔王様が笑う。
超絶可愛くて鼻血が出そうだ。

「普通に喋るのに魔王様もおかしいな。名で呼ぶがいい」
「な、なまえ」

阿呆のようにオウム返しして愕然とする。
呼びたくて呼びたくて仕方ないけれど、あいにく魔王様の名前は本誌に一度も登場していない。こんなに全力で推していると言うのに、私は魔王様の本名をあだ名ですら知らないのだ。

「お、お名前を教えていいただける、の、でしょうか?」

ドクドクと心音が速まっていく。
期待に胸が膨らんだ。

「……言い方が違うのではないか」

意地悪そうに魔王様が笑う。

はいかっこいい。
はい無理。死ぬ。

「な、なまえ、おし、えて……」

精一杯のタメ口は完全にカタコトにしかならなかった。
その無様さが面白かったのか、魔王様が笑いを漏らす。
恥ずかしいけれど、笑顔が可愛いので結果オーライだ。

「ノクティス・レイン・カルナティオという。長いからノクトでいい」

ずっと知りたかった情報を、ファンブックでも本誌情報でもなく本人の口から直接聞けるなんて。

「ノクト……」

感動のあまり唇から知ったばかりの名前が漏れる。

「なんだ、あかり」

私の呟きに、ノクトが華やかな笑みを浮かべて返事をする。

ああ、なんて都合のいい幻覚なんだろう。
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