13 / 54
13.
しおりを挟む
冷え切った身体でシャワーを終えて出る。
幸いもう六月なので震えるほどの寒さはなかった。
邪念雑念を振り切れないまま棚からバスタオルを取る。
洗濯カゴに入れられた使用済みタオルはあえて見ないようにした。
大丈夫だろうかこの同居生活。
主に魔王様の貞操的な意味で。
自分の理性が全く信用できないままドライヤーのスイッチを入れる。
なんて手入れし甲斐のない髪だろう。
さっきとは大違いだ。
だけどボサボサのまま魔王様の前に出るなんて言語道断なので、入念に乾かしてゆるくひとつにまとめた。
脱衣所を出るとまだ部屋の電気がついていた。
まだ寝る気分ではなかったのか、ベッドの縁に腰掛けた魔王様と目が合った。
ドキっと心臓が音を立てる。
私のベッドに魔王様が。
現実味は薄いままだけど、動揺しないかといったらそれは完全な別問題だ。
「あ、の、眠れません、か……?
「いや、あかりはどこで寝るのだろうと思って」
「え、そのへんで」
ソファなんて場所を取るものは置いていないし、収納も少ないから客用布団もない。
だけどもう夜も十分暖かい季節だし、丸めたバスタオルを枕にしてお腹に夏用タオルケットでもかけておけば風邪をひくこともあるまい。
そんなことを告げると魔王様が思い切り顔を顰めた。
「馬鹿者。家主が居候に寝床を明け渡してどうする」
叱られてきゅんとする。
そんなの気にせず堂々と休んでくれていいのに。
私は魔王様のために存在しているのに。
傍若無人な振る舞いと無縁の魔族の王は、ちっぽけな人間の健康を気遣ってくれるのだ。
「でも他に布団もないですし」
「ならば床で寝るのなら俺だろう」
「そんなことさせられません」
「何故だ」
「信仰心が篤いからです」
握りこぶしできっぱり答えると、魔王様が理解不能とばかりに眉根を寄せて俯いた。
それから深いため息をついて、王の威厳漂う厳しい表情で私を見た。
「……では信仰対象からの命令だ。ベッドで寝ろ」
「ええ!? そんなのズルいです! 反則です!」
予想外の搦め手に抗議する。
これだから頭の回転の速い人は。
信者の心を弄ぶなんてひどい。
でもそんなとこも好き。
「知ったことか。俺はもう魔王でもなんでもないんだ。変な気遣いはやめろ」
「魔王じゃないと言うのならその命令はなおさら聞けません!」
「魔王じゃなくとも信仰しているのだろう? 聞くのが筋だ」
「そんなの屁理屈です!」
「どっちが」
子供の言い合いのような低次元さだ。
仲裁に入ってくれる大人はここにはいない。
「じゃあ魔王様こそ家主の言うことに従うべきなのでは!?」
「……なるほど、一理ある」
勢いで言った言葉に魔王様が腕を組む。
よし、やった、と説得成功の手応えを感じてホッとした。
「ではこうしよう。二人でベッドを使えばいい」
「…………はい?」
「この大きさなら二人で寝れるだろう」
「へ? いや、それはちょっと、さすがに」
「なに、手出しはせん。追い出されたくはないからな」
「いやそっちの心配はあんまりしてないですけど、」
そんなことをする人じゃないということくらいわかっているし、どちらかと言うと魔王様が襲われる心配をするべきだ。
「さすがにそれは嫌なのだな」
「嫌ってわけでもないんですけど、」
「崇拝するくらい慕っているというのなら添い寝に嫌悪感もないだろうと思ったが、そこまでではなかったようだな」
挑発的に魔王様が言う。
なんだこれ、信仰心を試されているのか?
「ならばやはりあかりがベッドで、」
「寝ます」
「うん? うむ、最初からそうやって、」
「魔王様と一緒のベッドで寝ます」
ならば証明してやろうじゃないか。
都合のいい幻覚だろうと本物だろうと、私は決して魔王様に手を出したりはしない。
「襲わないと誓います。私の信仰は絶対です」
なかば据わった目で答えると、予想外だったのか魔王様がぽかんと口を開けた。
はぁ、どう転んでも可愛いのずるいわ。
幸いもう六月なので震えるほどの寒さはなかった。
邪念雑念を振り切れないまま棚からバスタオルを取る。
洗濯カゴに入れられた使用済みタオルはあえて見ないようにした。
大丈夫だろうかこの同居生活。
主に魔王様の貞操的な意味で。
自分の理性が全く信用できないままドライヤーのスイッチを入れる。
なんて手入れし甲斐のない髪だろう。
さっきとは大違いだ。
だけどボサボサのまま魔王様の前に出るなんて言語道断なので、入念に乾かしてゆるくひとつにまとめた。
脱衣所を出るとまだ部屋の電気がついていた。
まだ寝る気分ではなかったのか、ベッドの縁に腰掛けた魔王様と目が合った。
ドキっと心臓が音を立てる。
私のベッドに魔王様が。
現実味は薄いままだけど、動揺しないかといったらそれは完全な別問題だ。
「あ、の、眠れません、か……?
「いや、あかりはどこで寝るのだろうと思って」
「え、そのへんで」
ソファなんて場所を取るものは置いていないし、収納も少ないから客用布団もない。
だけどもう夜も十分暖かい季節だし、丸めたバスタオルを枕にしてお腹に夏用タオルケットでもかけておけば風邪をひくこともあるまい。
そんなことを告げると魔王様が思い切り顔を顰めた。
「馬鹿者。家主が居候に寝床を明け渡してどうする」
叱られてきゅんとする。
そんなの気にせず堂々と休んでくれていいのに。
私は魔王様のために存在しているのに。
傍若無人な振る舞いと無縁の魔族の王は、ちっぽけな人間の健康を気遣ってくれるのだ。
「でも他に布団もないですし」
「ならば床で寝るのなら俺だろう」
「そんなことさせられません」
「何故だ」
「信仰心が篤いからです」
握りこぶしできっぱり答えると、魔王様が理解不能とばかりに眉根を寄せて俯いた。
それから深いため息をついて、王の威厳漂う厳しい表情で私を見た。
「……では信仰対象からの命令だ。ベッドで寝ろ」
「ええ!? そんなのズルいです! 反則です!」
予想外の搦め手に抗議する。
これだから頭の回転の速い人は。
信者の心を弄ぶなんてひどい。
でもそんなとこも好き。
「知ったことか。俺はもう魔王でもなんでもないんだ。変な気遣いはやめろ」
「魔王じゃないと言うのならその命令はなおさら聞けません!」
「魔王じゃなくとも信仰しているのだろう? 聞くのが筋だ」
「そんなの屁理屈です!」
「どっちが」
子供の言い合いのような低次元さだ。
仲裁に入ってくれる大人はここにはいない。
「じゃあ魔王様こそ家主の言うことに従うべきなのでは!?」
「……なるほど、一理ある」
勢いで言った言葉に魔王様が腕を組む。
よし、やった、と説得成功の手応えを感じてホッとした。
「ではこうしよう。二人でベッドを使えばいい」
「…………はい?」
「この大きさなら二人で寝れるだろう」
「へ? いや、それはちょっと、さすがに」
「なに、手出しはせん。追い出されたくはないからな」
「いやそっちの心配はあんまりしてないですけど、」
そんなことをする人じゃないということくらいわかっているし、どちらかと言うと魔王様が襲われる心配をするべきだ。
「さすがにそれは嫌なのだな」
「嫌ってわけでもないんですけど、」
「崇拝するくらい慕っているというのなら添い寝に嫌悪感もないだろうと思ったが、そこまでではなかったようだな」
挑発的に魔王様が言う。
なんだこれ、信仰心を試されているのか?
「ならばやはりあかりがベッドで、」
「寝ます」
「うん? うむ、最初からそうやって、」
「魔王様と一緒のベッドで寝ます」
ならば証明してやろうじゃないか。
都合のいい幻覚だろうと本物だろうと、私は決して魔王様に手を出したりはしない。
「襲わないと誓います。私の信仰は絶対です」
なかば据わった目で答えると、予想外だったのか魔王様がぽかんと口を開けた。
はぁ、どう転んでも可愛いのずるいわ。
11
お気に入りに追加
886
あなたにおすすめの小説
【完結】強制力なんて怖くない!
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のエラリアは、十歳の時に唐突に前世の記憶を取り戻した。
どうやら自分は以前読んだ小説の、第三王子と結婚するも浮気され、妻の座を奪われた挙句、幽閉される「エラリア」に転生してしまったらしい。
そんな人生は真っ平だと、なんとか未来を変えようとするエラリアだが、物語の強制力が邪魔をして思うように行かず……?
強制力がエグい……と思っていたら、実は強制力では無かったお話。
短編です。
完結しました。
なんだか最後が長くなりましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。
※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。
元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。
破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。
だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。
初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――?
「私は彼女の代わりなの――? それとも――」
昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。
※全13話(1話を2〜4分割して投稿)
元大魔導師、前世の教え子と歳の差婚をする 〜歳上になった元教え子が私への初恋を拗らせていた〜
岡崎マサムネ
恋愛
アイシャがかつて赤の大魔導師と呼ばれていた前世を思い出したのは、結婚式の当日だった。
まだ6歳ながら、神託に従い結婚することになったアイシャ。その結婚相手は、当代の大魔導師でありながら禁術に手を出して謹慎中の男、ノア。
彼は前世のアイシャの教え子でもあったのだが、どうやら初恋を拗らせまくって禁忌の蘇生術にまで手を出したようで…?
え? 生き返らせようとしたのは前世の私?
これは前世がバレたら、マズいことになるのでは……?
元教え子を更生させようと奮闘するちょっぴりズレた少女アイシャと、初恋相手をもはや神格化し始めた執着男ノアとの、歳の差あり、ほのぼのありのファンタジーラブコメ!
※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる