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冷え切った身体でシャワーを終えて出る。
幸いもう六月なので震えるほどの寒さはなかった。
邪念雑念を振り切れないまま棚からバスタオルを取る。
洗濯カゴに入れられた使用済みタオルはあえて見ないようにした。

大丈夫だろうかこの同居生活。
主に魔王様の貞操的な意味で。

自分の理性が全く信用できないままドライヤーのスイッチを入れる。
なんて手入れし甲斐のない髪だろう。
さっきとは大違いだ。
だけどボサボサのまま魔王様の前に出るなんて言語道断なので、入念に乾かしてゆるくひとつにまとめた。

脱衣所を出るとまだ部屋の電気がついていた。
まだ寝る気分ではなかったのか、ベッドの縁に腰掛けた魔王様と目が合った。

ドキっと心臓が音を立てる。
私のベッドに魔王様が。
現実味は薄いままだけど、動揺しないかといったらそれは完全な別問題だ。

「あ、の、眠れません、か……?
「いや、あかりはどこで寝るのだろうと思って」
「え、そのへんで」

ソファなんて場所を取るものは置いていないし、収納も少ないから客用布団もない。
だけどもう夜も十分暖かい季節だし、丸めたバスタオルを枕にしてお腹に夏用タオルケットでもかけておけば風邪をひくこともあるまい。

そんなことを告げると魔王様が思い切り顔を顰めた。

「馬鹿者。家主が居候に寝床を明け渡してどうする」

叱られてきゅんとする。

そんなの気にせず堂々と休んでくれていいのに。
私は魔王様のために存在しているのに。

傍若無人な振る舞いと無縁の魔族の王は、ちっぽけな人間の健康を気遣ってくれるのだ。

「でも他に布団もないですし」
「ならば床で寝るのなら俺だろう」
「そんなことさせられません」
「何故だ」
「信仰心が篤いからです」

握りこぶしできっぱり答えると、魔王様が理解不能とばかりに眉根を寄せて俯いた。
それから深いため息をついて、王の威厳漂う厳しい表情で私を見た。

「……では信仰対象からの命令だ。ベッドで寝ろ」
「ええ!? そんなのズルいです! 反則です!」

予想外の搦め手に抗議する。
これだから頭の回転の速い人は。
信者の心を弄ぶなんてひどい。
でもそんなとこも好き。

「知ったことか。俺はもう魔王でもなんでもないんだ。変な気遣いはやめろ」
「魔王じゃないと言うのならその命令はなおさら聞けません!」
「魔王じゃなくとも信仰しているのだろう? 聞くのが筋だ」
「そんなの屁理屈です!」
「どっちが」

子供の言い合いのような低次元さだ。
仲裁に入ってくれる大人はここにはいない。

「じゃあ魔王様こそ家主の言うことに従うべきなのでは!?」
「……なるほど、一理ある」

勢いで言った言葉に魔王様が腕を組む。
よし、やった、と説得成功の手応えを感じてホッとした。

「ではこうしよう。二人でベッドを使えばいい」
「…………はい?」
「この大きさなら二人で寝れるだろう」
「へ? いや、それはちょっと、さすがに」
「なに、手出しはせん。追い出されたくはないからな」
「いやそっちの心配はあんまりしてないですけど、」

そんなことをする人じゃないということくらいわかっているし、どちらかと言うと魔王様が襲われる心配をするべきだ。

「さすがにそれは嫌なのだな」
「嫌ってわけでもないんですけど、」
「崇拝するくらい慕っているというのなら添い寝に嫌悪感もないだろうと思ったが、そこまでではなかったようだな」

挑発的に魔王様が言う。
なんだこれ、信仰心を試されているのか?

「ならばやはりあかりがベッドで、」
「寝ます」
「うん? うむ、最初からそうやって、」
「魔王様と一緒のベッドで寝ます」

ならば証明してやろうじゃないか。
都合のいい幻覚だろうと本物だろうと、私は決して魔王様に手を出したりはしない。

「襲わないと誓います。私の信仰は絶対です」

なかば据わった目で答えると、予想外だったのか魔王様がぽかんと口を開けた。

はぁ、どう転んでも可愛いのずるいわ。
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