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35.陸上生活④

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翌朝、遅めの朝食をとって、船員達と街へ繰り出す。

「すっごーい!」
「活気があっていいだろ。迷子になるなよ」
「レーナあっち行ってみよう! あの海鮮串焼き美味しそう!」
「アランたら。ごはん食べたばかりじゃない」
「じゃあそっちの氷菓子は? あ! 飴細工もあるよ!」
「お前は食い気ばっかだな」

大通りには露店が雑然と並び、色とりどりの土産物や海産物が所狭しと売られている。
一般的に休日に当たる今日は、お祭りかと思うくらいの賑わいを見せていた。

私たちはと言えば例に漏れず浮かれきっていて、昨夜のモヤモヤなんてどこかへ吹き飛んでしまっていた。

「アラン、女性にはアクセサリーか花を贈るのが一番喜ばれるんだぞ」
「でもレーナ、アクセサリーとかいらないって昨日」

したり顔で言うアルフレッドに、アランがあっけらかんと返す。

「そうね。あんまり興味ないかな」
「そうなの⁉ こんなに美しいのにもったいない……でも飾らなくてもレーナは十分輝いてるよ」
「ありがとうアル。ちなみに昨日の美人さんには何を贈るの?」
「……うん?」

にっこり笑いながら聞くと、アルフレッドの極上の笑みが凍り付いた。

「エミリオから聞いたわ。飲み屋で一番の美人と連れだって店を出たって」

さすがアル、と他意なく言ったのだけど、アルフレッドは笑顔のまま「ちょっと失礼」とさわやかに言って、少し離れたところで露店を覗いているエミリオのもとに走って行ってしまった。
なにやら言い争っている様子だ。
あまり触れてほしくない話題だったのだろうか。

「何やってんだあいつら……」

ウィルがそれを見送って呆れたように肩を竦めた。


「レーナは食材の買い出しがメイン?」
「うん。テオが用事終わったら手伝ってくれるの。そのあとで時間があったらワイアットと医療品の買い出しも」
「オレも必要な買い物終わったら手伝うから。あとで一緒に回ろう」
「ありがとう。なんかワクワクしちゃうね」
「ね! 関係ないもんいっぱい買っちゃいそう!」
「ほどほどにしとけよ。俺は別の用があるからあとは任せた。ちゃんと宿に帰ってこいよ」
「わかってるって。レーナはテオとはぐれないようにね」
「はぁい」

ウィル達と別れ、観光客や地元民でひしめく中、露店を冷やかしながらテオを待つ。
アクセサリー類を欲しいと思わないのは本音だったが、それでも貝殻や珊瑚を加工した小物類には目を惹かれた。

「欲しいの?」
「ひゃっ」
「ああごめん、驚かせちゃったかな」
「テオ!」

背後からの声に飛び上がる。
振り返ると申し訳なさそうな顔をしたテオが立っていて、ホッと息をついた。

「待たせて悪かったね。心細くなかった?」
「全然! むしろ見るものが多すぎて時間が足りないわ」
「あはは。レーナって結構肝が据わってるよね」
「そうかしら」
「だって船長の話だと結構なお金持ちのお嬢様なんだろ。こんなガラの悪いところ、怖いんじゃない」

そう言われても、東京の繁華街なんてここ以上に人で溢れていたし、一本道を間違えればここより治安が悪くなるなんてザラだった。
二度目の人生で十八年も経って、だいぶ久しぶりではあっても恐れるような場所ではない。
けれどたしかに侯爵令嬢だけをしていたのなら、敬遠する場所になっていたかもしれないと気付く。

「危機感が足りないのかも。危ないことをしていたら教えてね」
「もちろん。レーナは我が海賊団の大切な宝物だから」
「えぇ? なぁにそれ」

大仰に言われて思わず笑う。

確かに食事は生命線だから、それを担当する私はありがたがられる存在かもしれない。
最初に言われていた花だの潤いだのにはなれていないが、そこだけは結構自信を持って言える。
なにせ他のメンバーの料理の腕は壊滅的なのだから。

「失うわけにはいかないよ」
「じゃあ宿に無事に帰りつかなきゃいけないわね」
「お守りいたします、お姫様」

くすくす笑い合いながら、並んで歩き出す。
私の手に、テオの手が自然と重なった。

「はぐれたら大変だ」

優しく言って、ふわりと笑う。

繋がれた手に、不覚にも胸が少しときめいてしまった。

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