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27.救護の技術

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再び甲板に出てきた私に、気付いた船員たちがぎょっと目を剥いた。
それをスルーして、アランと手分けして怪我人の救護に当たる。

床はだいぶ洗い流されていたが、未だ血の匂いは強く、ところどころに惨状の跡が見えた。
死体は海に捨てず、敵方の船に戻しているらしい。

「どうして戻すの?」

腕に包帯を巻いてあげながらテオに聞く。
全体的に切り傷や銃弾が掠ったような痕は多かったが、そんなに深いものはなかった。
器用な手が傷付かなくてよかったとホッとする。

「彼らも海賊だからね。自分の船で死にたいだろう」

おとなしく私の処置を受けながら、苦笑してみせる。
海賊にとって船は自分の家と同じだ。その気持ちは少しわかる。暗い海に放り投げられるより、慣れ親しんだ場所で眠りたい。

「船の底に穴を開けたからずっとさまようこともない。いずれ魚の餌にでもなって還っていくさ」
「海賊は水葬なのね」
「うん。出来れば海で死にたいかな」

自身の死について、穏やかな顔で言う。
死を当然のものとして受け入れているような、どこか達観した表情だった。

「おいおいお嬢ちゃん、まだこんなとこにいやがんのか」

どこか寂しい気持ちになっていると、呆れた声が背後にかかる。
振り返るとウィルがしかめっ面で立っていた。

「なにか文句でも?」

ムッとした顔をしながら答える。
すぐに正面に視線を戻し、手早くテオの手当てを続けた。

「……へぇ、結構きっちりやれてんじゃねぇか」

後ろから覗き込むように私の手元を見るウィルが、意外そうな声で言う。
当然だ。処置の方法は付け焼刃ではない。きちんと教師をつけて学んだのだ。
元婚約者の、役に立てそうなことならなんでも覚えたかったから。

その知識が、こんな形で活かせることになるとは思ってもみなかったが。

テオの処置を終えて立ち上がる。

「それじゃあ私行くね」
「ああ、ありがとう。助かったよ」

ウィルを無視してテオにだけ挨拶をする。
その露骨な態度に、テオは少し笑いをこらえたような顔で私に手を振った。

「お嬢様ってのぁ血を見たらぶっ倒れるもんじゃねぇのか」

次の怪我人を目指して歩く私の後ろを、ひょこひょこついてきながらウィルが言う。
無視されても気にしていないようだ。
基本的になんでも打たれ強い。
小馬鹿にしたようなことを言われて振り返り睨んでも、堪えた様子はない。

「……これくらい、なんてことないわ」

効果の薄さに、意地を張るのも馬鹿らしくなって諦めて質問に答える。

実際、前世ではサスペンスやホラー映画が好きだったから、人並み以上にグロ耐性はあると思う。
さすがに実物を見るのは初めてだったが、慣れてしまえば結構平気だった。

「どういう教育受けてきたんだ? 変わった親だったんだろうな」
「別に普通よ。勝手に学んだの。だから嫌われて縁を切られた」
「……ふぅん? 変わり者はレーナの方か」
「そうかも。……アル! 手当するからちょっと手を休めてくれる?」

素っ気なく言いながら、アルフレッドを呼び止める。
二の腕には血で真っ赤に染まったバンダナを巻いているのに、平気な顔で後片付けをしていた。

「やぁ嬉しいな。レーナが俺を心配してくれるなんて」

私に気付くと、パッと表情を明るくして綺麗な顔に笑みを浮かべる。

緩くウェーブする、肩ほどまでの金髪が渇いた血でところどころ固まっていた。
小さな切り傷もあるし、疲れた顔をしている。それでも彼の甘いマスクは陰りを知らない。

「けど、レディにそんなことをさせるわけにはいかないな。こんなのほっとけば勝手に治るよ。それよりレーナの綺麗な手を汚す方がつらい」

キザったらしいセリフも、アルフレッドの口から紡がれると、社交辞令と解っていてもつい聞き惚れてしまう。

「血が付くくらいなんてことないわ。それよりアルの怪我の方が心配」
「そんなに俺のことを好き? なら食事のあと俺の部屋においで」
「そうね。手当てをしたあとでなら考えるわ」

アルフレッドは顔を合わせるたびに軽薄なセリフで私を口説いてくる。
だけど決して手を出そうとはしてこない。
女性を口説くのはあくまでも彼の趣味で、ライフワークの一環なのだろう。
見慣れた光景に、ウィルも口を挟まず呆れた顔で見るばかりだ。

「本当に? じゃあ部屋を片付けておかなくちゃ。ワインも用意しておこうか。それと、」
「アル。腕を出して」

苦笑しながら強めに言うと、アルフレッドは観念したように作業を止めて腕を差し出した。
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