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21.安穏

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そうやって日々を過ごすうちに、すっかりウィルの存在に慣れた。
初日の警戒心はなんだったのかと自分でも呆れるほどに、彼は何もしてこない。
おかげで、夜に狭い部屋で二人きりだというのに、完全にリラックスしてしまっている。

ウィルはスキンシップが多く、不意に触れられることが結構あったが、それ以上の接触は一切ない。
セクハラじみた軽口もあったが、いやらしさを感じることもなく、不快感はなかった。
たぶん彼が纏う特殊なオーラというか空気感のせいだろう。

とにかく、性的な嫌悪感を抱かせるような行為はなく、どちらかというと紳士的でさえあったかもしれない。
本当に自分の身体に興味ないんだなと、安心すると同時に自信を無くしたりもする程度には。
十歳以上離れているからそもそも対象外というのもあるかもしれないが、それにしても淡白だ。

思い返してみれば、元婚約者も手を出してこなかった。
そういえば前世でも女子にばかりモテて男子からは一切モテなかった。

どうやら私は魂レベルで色気がないようだと。
諦めの境地に至り、つい遠い目になる。


「大丈夫か」
「へ?」
「ぼうっとしてたから。疲れたならもう寝ろ」
「ううん、少し昔のことを思い出していただけ」

ウィルが心配そうに私の顔を覗き込む。
ハッとして首を振ると、疑わし気に顔をしかめた。

この船に来てもう十日は経つか。
今夜も彼は私の部屋を訪れ、他愛のない会話をしているところだった。

「そうか? ……まぁ顔色は悪くないか」

言って、確かめるようにそっと頬に触れる。
触れられた部分が、ジンと熱を持った。
この人は私より平熱が高いのだろうか。触れられるといつも、少しだけ体温が上がる気がした。

「大丈夫。それよりもっと話を聞かせて」

元気なのをアピールするように笑って見せる。
まだお開きにはしたくない。もう少し話をしていたかった。

ウィルの冒険の話を聞くのは楽しい。話し方が上手いのか、他愛のない発見や、ちょっとした事件の話が面白くて仕方ないのだ。

せっかく前世とは違う世界に生まれたというのに、私は王宮内のことしか知らない。
私がせがむ度、ウィルはいくつも新しい話を聞かせてくれた。

引き留める私に少し笑って、子供をあやすように私の頭を撫でる。
そうしてまたひとつ他愛のない話をしてくれた。

「今日はこのくらいにしておけ。明日に響く」
「はぁい」

まだ物足りなかったが、仕方なしにうなずく。
納得していない様子に苦笑して、咎めるように私の両頬を手で挟んで軽く押しつぶしてくる。
その手をぺちんと叩くと、小さな抵抗に彼は声を上げて笑った。



日々は平穏に過ぎ、海上で暮らすのも悪くないな、なんて思い始めていた。

みんな良い人たちだし、自分の役割を終えてしまえば自由に過ごすことが出来る。
夜にウィルと話すのが楽しい。
食材が少ないせいで食事のレパートリーはワンパターンになってしまっているが、それでも船員たちは変わらず喜んでくれる。

最初に想像していたような悪いことは、ひとつも起こらなかった。
今までの暮らしはなんだったのかと思うくらい幸せな毎日を過ごしていた。

だからすっかり忘れていたのだ。

彼らがどういう集団で、どういう手段でこの生活を維持していたのかを。
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