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18.夜間訪問

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午後は別の仕事があるらしく、テオの助けは借りられなかった。
アランと二十人分の片付けをして、二十人分の食事の準備をする。
それで明日の朝食の仕込みなんかもして食堂の掃除をすると、あっという間に夕飯の時間になってしまった。

それぞれの仕事を終えた船員たちが、夕飯の並んだテーブルを見て目を輝かす。
食材が乏しいから、昼食とそこまで大差があるわけではないのに、幸せそうな笑顔を浮かべている。
そうしてまた私に礼を言って、綺麗に平らげてくれた。

すぐにこの食事にも私の存在にも慣れて、これが当たり前になるのかもしれない。
そうだとしても、今嬉しいことに変わりなかった。

食事が終わり、アランと片付けを終えて部屋に戻る。
そうして着替えを取ってから、教えられたシャワー室へと向かう。

この船には驚いたことに海水を真水に変える造水器が装備されているらしく、遠慮なく湯を遣えるそうだ。
造水器は貴重で、結構な値段がするはずなのにこんな小規模な船に搭載されているとは。
よほど悪どいことをしてお金を稼いでいるのだろうか。
考えてなんとも言えない気持ちになるが、シャワーが使えるのはこの上なくありがたい。
黒い想像からは目を逸らしつつ汗を流して、浴室に備え付けのタオルで身体を拭いた。

シャワー中に乱入されるなんて心配はもうしていなかった。
船員たちは皆良い人たちで、見かけるたびに挨拶をしてくれたり軽口を叩いたりして笑わせてくれる。しかも船長の言いつけを守って、触ったり怖がらせるような真似を一切しないのだ。

たった一日ですっかり警戒心を解かれて、本当に大丈夫かとも思うが疑い続けるのも疲れる。それに婚約者のクリスと侍女マリーからすでに特大級の裏切りを受けている身としては、あとで船員たちに手の平を返されたとしてもそんなにダメージを受けない気がした。
あまりありがたくはないが、メンタルがこの超短期間で鍛えられてしまった。

部屋に戻ってベッドに腰掛ける。
本当に何もない部屋だ。
狭いし、掃除は済ませたが明かりは小さく夜は薄暗い。それでも波の音が聞こえてきて、不思議と息苦しさは感じなかった。

明日は早起きをして朝食の支度をしなくては。
もっとあの厨房に慣れて手早く出来るようになったら、他の仕事もさせてもらおう。
そうすればもっと認めてもらえるし、マスコットキャラとして甘やかすのではなく、対等に扱ってもらえるようになるはずだ。

そんなことを考えていると、ノックの音が聞こえた。

「はい」

アランだろうか。首を傾げつつ返事をする。
開いたドアからは、ウィルが顔を出した。

「今大丈夫か」
「はい。問題ありません」

上司の訪問に居住まいを正す。
畏まった私の態度に、ウィルが苦笑した。

「そんな堅い話をしにきたんじゃねぇよ」

言って手に持っていた簡素な椅子を床に置いた。
家具を増やしてくれるのだろうかと思ったが、ウィルがそれに座った。

部屋が狭いせいでやけに近い。手を伸ばせば触れられるほどの距離だ。目線の高さが合うと、余計に近く感じて少し緊張してしまう。

「今日、どうだった」
「どうとは?」
「ここで過ごして。そんな警戒するほど悪くもなかっただろ」

自信ありげにニッと笑う。
たぶん自分の船が、船員も含めて大好きなのだろう。

その気持ちはよく分かった。
大きくはないけれどよく磨き上げられた船、明るく大らかで優しい船員達。
たった一日過ごしただけで、居心地の良さを知ってしまった。

「……はい。楽しかったです」
「その丁寧な喋りやめねぇ? むず痒い」
「いえでもここで働く以上、船長は上司なので」
「身分はおまえの方がよっぽど上だろう」
「勘当された人間に身分などあるとでも?」

嫌味や当て擦りではなく、純粋に疑問に思って笑いながら問う。
身分で言えば家を失った私は今、最下層に位置するのではないか。

「まぁそうだが……いやでも最初のキャンキャン言ってた時の方がいい。戻せ」
「キャンキャンなんて言ってないでしょう!」
「ほらキャンキャン言ってるじゃねぇか」

馬鹿にしたように言われて歯噛みする。
雇ってもらう手前、丁寧に接しようと思ったのがアホみたいだ。

「……じゃあ遠慮なく」
「おう。そうしろ」

鷹揚に頷いてふふんと笑う。まるで王族のような貫禄だ。
腹立たしかったが、その仕草は妙に彼に似合っていた。
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