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「実は……王の義務を果たせなくなった」
ため息の後で、ものすごく言いづらそうにカダが言う。
気まずいのか、露骨に私から目を逸らしている。
「義務? めちゃくちゃ働いてるのになに言ってんですか」
「そっちじゃなくて……子を残すことが出来なくなった」
「えっ、不妊発覚ですか!?」
それは確かにやばい、と私まで焦ってしまう。
けれどカダはなんとも言えない微妙な表情だ。
「そうではなく……その、たたないんだ」
「はい?」
カダの言葉を上手く意味ある言葉に変換出来ずに首を傾げる。
土気色の頬がわずかに上気するのが見えた。
「だから、だな。最後にシアと会った日があるだろう。その時にあれが本当は気持ちいいものだとわかって、だから月曜日に幾分前向きな気持ちでリーシャの部屋へ行ったのだ」
「あ、待ってちょっとわかっちゃったかも」
誰の部屋も訪れなくなった王様。
月曜担当の不機嫌リーシャ。
たたないのは勇気とかやる気とかそういうのではなく。
つまりリーシャの部屋への訪問を最後に、カダは部屋付きを回っていないのか。
「頑張ったけど勃たなかった」
「なるほど理解しました」
子を残せない王は退位しなければならない。王族の血が絶えてしまっては一大事だ。
けれどカダにはすべきことはまだまだ沢山残っている。
不能だとバレて退任させられる前に、王としての役割を少しでも多く果たすために躍起になっていたのだろう。
「だからこんな無茶を」
そして同時にリーシャの不機嫌の理由も理解した。
今まで淡白ではあったけれど毎週きっちり部屋付きのところに顔を出していた王様。
その人が自分相手の時に勃たなくなったなんて、プライドが傷付いたことだろう。
さらに言えば、魅力がなくなったからお役御免として後宮から放り出される可能性もある。
リーシャはここの生活を気に入っていると言っていた。
帰りたくなかったのだろう。
だから他の部屋付きや、中級妃たちの呼び出し事情も把握していたのかもしれない。
自分だけじゃないのだと安心するために。
「けど、なんでそれが私のせいになるんです?」
セックスの気持ち良さを教えたことがなぜ勃起不全につながるのか。
普通なら性欲が増してあちこちに手を出すのではないか。
こっちはこっちでヤリまくりの性魔人に変貌したらどうしようなんて、無駄な心配をしていたくらいなのに。
「……シアがそばに居ないと駄目だと気付いてしまった」
「へっ?」
「けれどそうだと気付いた時には手遅れだった。王の座を追われる前にと改革はもう始めてしまった。突き進むしかない。だがその間もずっとシアに会いたかった。仕事中も、少ない仮眠の時間も。ずっとシアのことを考えていた。一秒でも早く会いたかったから死ぬ気で頑張ったよ。おかげですっかり寝不足だ」
責めるようないじけるような口調だ。
言いがかりにもほどがある。
なんだよやっぱり私別に悪くないじゃん。
言い返そうと思うのに、全身が熱くなって上手く喋れない。
今、とんでもないことを言われている気がする。
なのに言った本人に明らかに自覚がない。
なんだこいつ。
馬鹿じゃないのか。
仕事の出来る馬鹿。
鈍いにも程がある。
恋愛から遠ざかってたにしても、自分の気持ちくらい把握しとけって。
言いたいことは頭の中で空回りして、上手く言葉に出来ない。
「たった一週間会わないだけで落ち着かなくてね。何故こんなに必死なのかわからないが、民衆や国のことより、シアのことばかりを考えていた。これでは王失格だな」
そうしている間にもカダは自嘲するように苦笑して、それからつらそうに眉根を寄せた。
「……すまない、本当はシアのせいじゃないのは分かっている。私自身のせいだ。会えない間、とても苦しかった。どうしてだろう。前は一人で平気だったのに」
泣きそうな顔だ。
庇護欲をそそる、捨てられた仔犬のような。
世の女性が見たら、思わず抱きしめて慰めてあげたくなるだろう。
だけどぶっちゃけそれどころではない。
心臓は悲鳴を上げていたし、まともにカダの顔を見ていられなかった。
だってこれってどう考えても。
「えーっと、それって、恋なのでは……?」
自分で言うのもどうかと思いつつ、全身真っ赤になりながら言う。
沈黙が落ちた。
ふざけんななんか言え。
私が滑ったみたいじゃないか。
八つ当たり気味に思いながらちらりとカダを見る。
ぽかんと口を開けたまま、私と同じくらい、いや、私以上に真っ赤になっていた。
「……王様失格か、私相手に試してみます?」
探るように尋ねてみると、ハッとした顔になってカダが首を振った。
「試すまでもない……」
顔を真っ赤にしたまま苦悩するように頭を抱えて俯く。
なんとなく視線を追った先に、臨戦態勢のそれがあった。
「なんだ、めっちゃ元気じゃん」
耐えきれず噴き出す。
ケラケラとベッドの上で笑い転げると、咎めるようにカダの手が私の肩を軽く叩いた。
どうしようもなく幸福で、その手を掴んで引き倒す。
「うわっ」
バランスを崩したカダが、私の上に倒れ込む。
咄嗟のことなのに、私を潰さないようにカダが腕を突っ張って自分の身体を支えた。
そんなことでさえ嬉しかった。
「あのね、カダ様」
今度は首に腕を絡めて抱き寄せる。
それから耳元に唇を近づけて囁いた。
「私もあなたが好き」
耳まで真っ赤に染めたカダが、泣きそうな顔で私にキスをする。
ずっと笑い出したいような気持ちでカダと深く抱き合った。
死ぬほど気持ちが良くて、自然と涙が溢れた。
一晩中でも繋がっていたかったけれど、瀕死のカダの体力が底を尽きて、残念ながら一度だけで終わってしまった。
それでも満足感は胸を一杯に満たして、会えなかった二週間の心の隙間をすっかり埋めてくれたのだった。
ため息の後で、ものすごく言いづらそうにカダが言う。
気まずいのか、露骨に私から目を逸らしている。
「義務? めちゃくちゃ働いてるのになに言ってんですか」
「そっちじゃなくて……子を残すことが出来なくなった」
「えっ、不妊発覚ですか!?」
それは確かにやばい、と私まで焦ってしまう。
けれどカダはなんとも言えない微妙な表情だ。
「そうではなく……その、たたないんだ」
「はい?」
カダの言葉を上手く意味ある言葉に変換出来ずに首を傾げる。
土気色の頬がわずかに上気するのが見えた。
「だから、だな。最後にシアと会った日があるだろう。その時にあれが本当は気持ちいいものだとわかって、だから月曜日に幾分前向きな気持ちでリーシャの部屋へ行ったのだ」
「あ、待ってちょっとわかっちゃったかも」
誰の部屋も訪れなくなった王様。
月曜担当の不機嫌リーシャ。
たたないのは勇気とかやる気とかそういうのではなく。
つまりリーシャの部屋への訪問を最後に、カダは部屋付きを回っていないのか。
「頑張ったけど勃たなかった」
「なるほど理解しました」
子を残せない王は退位しなければならない。王族の血が絶えてしまっては一大事だ。
けれどカダにはすべきことはまだまだ沢山残っている。
不能だとバレて退任させられる前に、王としての役割を少しでも多く果たすために躍起になっていたのだろう。
「だからこんな無茶を」
そして同時にリーシャの不機嫌の理由も理解した。
今まで淡白ではあったけれど毎週きっちり部屋付きのところに顔を出していた王様。
その人が自分相手の時に勃たなくなったなんて、プライドが傷付いたことだろう。
さらに言えば、魅力がなくなったからお役御免として後宮から放り出される可能性もある。
リーシャはここの生活を気に入っていると言っていた。
帰りたくなかったのだろう。
だから他の部屋付きや、中級妃たちの呼び出し事情も把握していたのかもしれない。
自分だけじゃないのだと安心するために。
「けど、なんでそれが私のせいになるんです?」
セックスの気持ち良さを教えたことがなぜ勃起不全につながるのか。
普通なら性欲が増してあちこちに手を出すのではないか。
こっちはこっちでヤリまくりの性魔人に変貌したらどうしようなんて、無駄な心配をしていたくらいなのに。
「……シアがそばに居ないと駄目だと気付いてしまった」
「へっ?」
「けれどそうだと気付いた時には手遅れだった。王の座を追われる前にと改革はもう始めてしまった。突き進むしかない。だがその間もずっとシアに会いたかった。仕事中も、少ない仮眠の時間も。ずっとシアのことを考えていた。一秒でも早く会いたかったから死ぬ気で頑張ったよ。おかげですっかり寝不足だ」
責めるようないじけるような口調だ。
言いがかりにもほどがある。
なんだよやっぱり私別に悪くないじゃん。
言い返そうと思うのに、全身が熱くなって上手く喋れない。
今、とんでもないことを言われている気がする。
なのに言った本人に明らかに自覚がない。
なんだこいつ。
馬鹿じゃないのか。
仕事の出来る馬鹿。
鈍いにも程がある。
恋愛から遠ざかってたにしても、自分の気持ちくらい把握しとけって。
言いたいことは頭の中で空回りして、上手く言葉に出来ない。
「たった一週間会わないだけで落ち着かなくてね。何故こんなに必死なのかわからないが、民衆や国のことより、シアのことばかりを考えていた。これでは王失格だな」
そうしている間にもカダは自嘲するように苦笑して、それからつらそうに眉根を寄せた。
「……すまない、本当はシアのせいじゃないのは分かっている。私自身のせいだ。会えない間、とても苦しかった。どうしてだろう。前は一人で平気だったのに」
泣きそうな顔だ。
庇護欲をそそる、捨てられた仔犬のような。
世の女性が見たら、思わず抱きしめて慰めてあげたくなるだろう。
だけどぶっちゃけそれどころではない。
心臓は悲鳴を上げていたし、まともにカダの顔を見ていられなかった。
だってこれってどう考えても。
「えーっと、それって、恋なのでは……?」
自分で言うのもどうかと思いつつ、全身真っ赤になりながら言う。
沈黙が落ちた。
ふざけんななんか言え。
私が滑ったみたいじゃないか。
八つ当たり気味に思いながらちらりとカダを見る。
ぽかんと口を開けたまま、私と同じくらい、いや、私以上に真っ赤になっていた。
「……王様失格か、私相手に試してみます?」
探るように尋ねてみると、ハッとした顔になってカダが首を振った。
「試すまでもない……」
顔を真っ赤にしたまま苦悩するように頭を抱えて俯く。
なんとなく視線を追った先に、臨戦態勢のそれがあった。
「なんだ、めっちゃ元気じゃん」
耐えきれず噴き出す。
ケラケラとベッドの上で笑い転げると、咎めるようにカダの手が私の肩を軽く叩いた。
どうしようもなく幸福で、その手を掴んで引き倒す。
「うわっ」
バランスを崩したカダが、私の上に倒れ込む。
咄嗟のことなのに、私を潰さないようにカダが腕を突っ張って自分の身体を支えた。
そんなことでさえ嬉しかった。
「あのね、カダ様」
今度は首に腕を絡めて抱き寄せる。
それから耳元に唇を近づけて囁いた。
「私もあなたが好き」
耳まで真っ赤に染めたカダが、泣きそうな顔で私にキスをする。
ずっと笑い出したいような気持ちでカダと深く抱き合った。
死ぬほど気持ちが良くて、自然と涙が溢れた。
一晩中でも繋がっていたかったけれど、瀕死のカダの体力が底を尽きて、残念ながら一度だけで終わってしまった。
それでも満足感は胸を一杯に満たして、会えなかった二週間の心の隙間をすっかり埋めてくれたのだった。
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