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「……私が幼い頃の父は優秀で真面目だった]

戸惑いを滲ませる私の、頭を軽く撫でながらカダが言う。

「父の前の王は怠惰で、政治に関わろうとしない姿勢に憤っていたのをよく覚えている。自分は違うと人一倍努力して有能であることを示して王座を目指した。だが王の座を勝ち取ってから人が変わってしまったんだ。自分の意思一つで人の人生を好きに出来ることに快感を覚えてしまったのだろう。見る間に横暴に、残虐になっていくのを信じられない気持ちで見ていた。私は何も言えなかった。いつか元の父に戻るはずだと根拠もなく妄信していた。いいや妄信ではないな。見ないフリをして逃げていたんだ」
「そんなの、誰もがそうだったはず」

誰もカダを責められるはずがない。
国中が先王に不満を持っていたのに、誰一人逆らえず、止められず、みすみす国の衰退を招いた。
命を賭して忠言した人は容赦なく処刑され、それを助ける人はいない。
王に逆らえば殺される。
誰もがそれを知っていて、だからもう誰も何もしなかった。
そんな中でカダが何を出来ただろう。

「誰もがそうでも、私だけは逃げてはいけなかった。あの人の息子なのだから」
「関係ないわ」

即座に否定すると、カダがつらそうな顔をした。

「そのうちに母が殺された。もちろん父にだ。古くから尽くしてくれた執事を、拷問の末殺したことに苦言を呈しただけで。それでようやく目が覚めた。父はもう戻らないのだと」

遅すぎたがな、と自嘲するように笑う。

「殺そうと思った。国のために。自分のために。母が殺されたその日の夜、護身用の短刀を持って父の自室に向かった」
「……では、あなたが」

殺したのか、と問う前にカダが情けない顔で首を振った。

「父の部屋の前で、伯父や年の離れた兄達が待っていた。それは自分たちの仕事だと。お前は国を立て直せと言って、私の短刀を取り上げた。今まですまなかったと謝る伯父は泣いていたよ。これは私達の罪だと言って、私を置いて父の部屋に入っていった」

その光景を思い出すようにカダが目を閉じる。
苦しそうに眉根が寄った。

「何度も父の悲鳴が聞こえた。私は震えて立ち尽くすしか出来なかった。伯父たちは一人ずつ父を刺し貫き、全員が王殺しの罪を負った。そうして自ら処罰を望み、王宮の牢獄に入った」
「そんな……ことが……」
「そうして継承権を持つ中で一番の年長者となった私が王位を継いだ。他の者達は私が優秀だからと持ち上げてくれたがな。必死だったよ。彼らに報いなくてはならないと。民を導かねばならないと。伯父たちを凶行に走らせた原因は私だ。私に手を汚させないために彼らは剣を取った。だから私は全力で国のために働こうと決めた」

それが大袈裟ではなく本気だということはよく知っている。
ボロボロの身体で、今にも死にそうな顔で、彼は無茶を重ねてきた。
私と出会ってからも、カダはこの部屋にいる時と寝る時間以外ずっと働いているのだ。

先王のしでかしたことも、彼の伯父たちのことも、全部がカダの責任になるわけがない。
カダもそれは分かっているはずだ。分かっていて、それでも全てを背負おうとしているのだろう。

その覚悟に何も言えなくなって、ただカダの身体にしがみ付くことしか出来なかった。

「……楽しいという感覚も、嬉しいという感情もすっかり忘れて政務に打ち込んだよ。いろんな事が麻痺して、いかにこの身体を酷使できるかにしか興味がなくなっていた」

初対面の時の彼は、そうやって全てを削ぎ落した状態だったのだ。
寝不足や疲労だけでなく、彼が望んでそうなっていたのだとようやく気付いた。

「それでいいと思っていたし、他に何もなかったからそうあるべきだと割り切るのは簡単だった」

そこでようやく言葉を途切れさせて、何も言えない私を安心させるようにようやく厳しい表情を緩めた。
それからまた私の頭を優しく撫でる。

「自分が幸せを感じることなど、この先一生ないのだと思っていた」

硬かった声が穏やかになり、私を抱く腕の力が強くなる。
顔がカダの胸に埋まって息苦しかったけれど、抜け出そうとは思わなかった。

「……まるで今が幸せと言ってるみたいに聞こえます」
「ああ、そう言っている」

さらりと認められて胸が高鳴る。

「ありがとうシア。シアが私に感情を思い出させてくれた」
「そんな、おおげさ」

小さく笑いながら言ったけれど、本当は少し泣きそうだった。
私の傍若無人ぶりがカダの心を救ったのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。
養父のため、生活のためにマッサージの腕も磨いておいてよかった。
彼の役に立つことが出来てよかった。

「……そうだ、さっき中途半端になっちゃったマッサージどうします? 疲れたでしょうし続きしましょうか」

それから自分の存在意義を思い出して慌てて問う。
今はもう国のためとか家を潰してもらうとかではなく、ただ純粋にこの人のために何かしてあげたかった。

「いや、いい」
「でも、」
「今はこのまま寝かせてくれ。朝になったらまた頑張るから」

そういって穏やかな顔で目を閉じる。

カダは私を抱きしめたまま、すぐに眠りに落ちた。

「……あんまり頑張りすぎないでね」

本当にマッサージしなくてもいいのかなと思いつつ、腕の中が心地良くて、結局は何も言わずに私も目を閉じた。
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