15 / 27
15.
しおりを挟む
翌朝、隣でモゾモゾと動く気配に目を開けた。
「すまない。起こしてしまったか」
「……んぁ、いえ」
ロクに開かない口で何とか答えて、寝転がったまま視線を巡らせる。
窓から差し込む光はまだ薄暗く、明け方だということが窺えた。
「……もうおしごとですか」
「ああよい。まだ寝ていなさい」
ぼんやりした頭で起き上がろうとするのをカダが制止する。
そう言われても、この後宮の主がこれから働こうとしているのに、仕えるべき人間がオチオチ寝ているわけにもいかない。
なんとか上半身だけを起こして、あくび混じりに「おはようございます」と挨拶をした。
「ああおはよう。とても気持ちのいい目覚めだ。シアの働きに感謝する」
明るい声が言って、喜びを表現するように私の身体を抱きしめる。
眠気が一瞬で吹き飛んだ。
「おかげで仕事によく集中できそうだ。頭も身体もとても軽い」
弾む声が耳元で聞こえる。
よほど嬉しかったのだろう、私が身を固くするのにも気付かず腕に力が込められた。
この人の声が好きだな、と気付いて、それから少し体温が上がった。
「……いえ。お役に立てたなら、良かったです」
形だけとは言え、一応セックスまで済ませている間柄だというのに、不覚にもドギマギとしてしまって上手く言葉が紡げなかった。
雑に抱きしめられているだけだと言うのに、機械的な性行為よりよっぽど気持ちいいと感じるのは何故なのか。
「その、えっとじゃあ、お仕事頑張って、ください」
「ああ。シアのためにも早く国を良くしなくてはな」
動揺を誤魔化すように言うと、爽やかに返されて顔を覆いたくなった。
なんだかキラキラしている。
誰だこいつ。キャラ違うじゃん。
睡眠足りるとネジ跳ぶのか。
心の中で毒づいて、うっかり顔が赤くならないように思考回路を無理やり遮断した。
ようやく離れてくれたカダが、遠慮がちに笑みを浮かべる。
「また眠れなくなったらここに来てもいいか」
「……ふはっ、そんなの、王様なんですから好きにしてくださいよ」
呆れて思わず笑いが漏れた。
カダという人は、とことん私の知る王様像とはかけ離れているようだ。
「邪魔に思われて寝首を搔かれてはたまらんからな」
「実家を潰してくれるまでは我慢してさしあげます」
茶目っ気を含んだ物言いに、ニマッと笑って返す。
薄暗闇の中で軽やかな笑いが弾けて、カダが出ていった後もその明るい空気が私の部屋に残された。
早朝から彼の勢いに圧倒されてしまったが、なんだか気分が良くて二度寝をしようという気分にはなれなかった。
それ以来カダはちょくちょくこの部屋を訪ねてきては、昼寝をしたり泊っていったりするようになった。
自室で寝るときも少しずつ深く眠れる時間が増えているらしく、嬉しそうに報告してくる。
来るたびに入念なマッサージをしていた甲斐もあって、カダの身体の変化は如実に表れ始めた。
肌にはハリ、髪にはツヤが出始め、顔を出すたびに年相応になっていくのが面白い。
施術を始めてから寝落ちまでの時間も少し伸びて、比例するようにお喋りをする時間が増えていく。
カダと話をするのは楽しかった。
彼は思慮深く、聡明で、豊富な知識を持ち、無知な私を馬鹿にもせず丁寧にいろんなことを教えてくれた。
本格的にマッサージを始めて以来私とのセックスは中断していたけれど、身体を繋げるよりよほど彼のことを知ることが出来ている気がする。
それがなんとなく嬉しく、そして誇らしく思えた。
もう後宮に来てから、三ヵ月が過ぎていた。
「すまない。起こしてしまったか」
「……んぁ、いえ」
ロクに開かない口で何とか答えて、寝転がったまま視線を巡らせる。
窓から差し込む光はまだ薄暗く、明け方だということが窺えた。
「……もうおしごとですか」
「ああよい。まだ寝ていなさい」
ぼんやりした頭で起き上がろうとするのをカダが制止する。
そう言われても、この後宮の主がこれから働こうとしているのに、仕えるべき人間がオチオチ寝ているわけにもいかない。
なんとか上半身だけを起こして、あくび混じりに「おはようございます」と挨拶をした。
「ああおはよう。とても気持ちのいい目覚めだ。シアの働きに感謝する」
明るい声が言って、喜びを表現するように私の身体を抱きしめる。
眠気が一瞬で吹き飛んだ。
「おかげで仕事によく集中できそうだ。頭も身体もとても軽い」
弾む声が耳元で聞こえる。
よほど嬉しかったのだろう、私が身を固くするのにも気付かず腕に力が込められた。
この人の声が好きだな、と気付いて、それから少し体温が上がった。
「……いえ。お役に立てたなら、良かったです」
形だけとは言え、一応セックスまで済ませている間柄だというのに、不覚にもドギマギとしてしまって上手く言葉が紡げなかった。
雑に抱きしめられているだけだと言うのに、機械的な性行為よりよっぽど気持ちいいと感じるのは何故なのか。
「その、えっとじゃあ、お仕事頑張って、ください」
「ああ。シアのためにも早く国を良くしなくてはな」
動揺を誤魔化すように言うと、爽やかに返されて顔を覆いたくなった。
なんだかキラキラしている。
誰だこいつ。キャラ違うじゃん。
睡眠足りるとネジ跳ぶのか。
心の中で毒づいて、うっかり顔が赤くならないように思考回路を無理やり遮断した。
ようやく離れてくれたカダが、遠慮がちに笑みを浮かべる。
「また眠れなくなったらここに来てもいいか」
「……ふはっ、そんなの、王様なんですから好きにしてくださいよ」
呆れて思わず笑いが漏れた。
カダという人は、とことん私の知る王様像とはかけ離れているようだ。
「邪魔に思われて寝首を搔かれてはたまらんからな」
「実家を潰してくれるまでは我慢してさしあげます」
茶目っ気を含んだ物言いに、ニマッと笑って返す。
薄暗闇の中で軽やかな笑いが弾けて、カダが出ていった後もその明るい空気が私の部屋に残された。
早朝から彼の勢いに圧倒されてしまったが、なんだか気分が良くて二度寝をしようという気分にはなれなかった。
それ以来カダはちょくちょくこの部屋を訪ねてきては、昼寝をしたり泊っていったりするようになった。
自室で寝るときも少しずつ深く眠れる時間が増えているらしく、嬉しそうに報告してくる。
来るたびに入念なマッサージをしていた甲斐もあって、カダの身体の変化は如実に表れ始めた。
肌にはハリ、髪にはツヤが出始め、顔を出すたびに年相応になっていくのが面白い。
施術を始めてから寝落ちまでの時間も少し伸びて、比例するようにお喋りをする時間が増えていく。
カダと話をするのは楽しかった。
彼は思慮深く、聡明で、豊富な知識を持ち、無知な私を馬鹿にもせず丁寧にいろんなことを教えてくれた。
本格的にマッサージを始めて以来私とのセックスは中断していたけれど、身体を繋げるよりよほど彼のことを知ることが出来ている気がする。
それがなんとなく嬉しく、そして誇らしく思えた。
もう後宮に来てから、三ヵ月が過ぎていた。
31
お気に入りに追加
2,555
あなたにおすすめの小説
【完結】私の婚約者は妹のおさがりです
葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」
サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。
ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。
そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……?
妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。
「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」
リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。
小説家になろう様でも別名義にて連載しています。
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
お姉さまは最愛の人と結ばれない。
りつ
恋愛
――なぜならわたしが奪うから。
正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる