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「らっしゃっせー」
「……前から思っていたがシアは随分俗っぽいところがあるな」
マッサージする気満々でカダを迎え入れたせいで、つい店で働いていた時の挨拶が出てしまう。
カダは何とも言えない微妙な顔をしていて、だからベッドに座らせながら身の上話をした。
もう二ヵ月近く経つのに今更だけど、彼になら話してもいいかなと思えた。
「――そんなわけで、権力を笠に着て威張り散らしていた家族と婚約者に見切りをつけてスラムに落ち延びたわけです」
「それは……よく生きていられたな」
「家出時に着ていたドレスは速攻売り払って、ボロい男物の服でいたら襲われずに済みました。で、運良くマッサージ師の養父に拾われて、そこで三年間働いてたんです。その町は貧乏でしたけど比較的治安も良くて、みんなで支え合って生きていました」
「……民衆は強いな。私のせいで国を荒らしてしまったのが申し訳なくて仕方ない」
「あら、それはカダ様のせいじゃないでしょ? 前の王がゴミだっただけ、で……」
そこまで言って口を噤む。
先王はカダの実父だ。
私は実父なんて反吐が出るほど嫌いだが、普通親子というのは血縁者が馬鹿にされるのは嬉しくないはずだ。
「申し訳ありません」
「……いや、いいんだ。事実だから」
カダが辛そうに笑う。
「ゴミみたいだったけど、父親だから。やはり私の責任でもある」
その気持ちは少しだけわかる。
ゴミ同然の父と母と妹だったけれど、彼らのやらかした暴挙は可能な限り私が止めたかったし、被害を受けた使用人や領民に償いをしたかった。
どんなに頑張っても、私一人の力では全然足りなかったけれど。
「あーやめやめ。やめましょう暗い話は。ホラ横になってください」
湿っぽくなりそうな空気を無理やり追い払ってカダを押し倒す。
素直にうつ伏せになったカダは「気を遣わせてすまないな」と笑った。
「でもそうか、シアの物怖じしない性格にはそういった事情があったのか」
「気が強いのはもともとですけどね。口が悪くなったのは間違いなくスラムでの生活のせいです」
用意しておいたお湯で蒸しタオルもどきを作って、首元に巻きながら言う。
枕に顔を埋めて、くぐもった笑いを漏らしたあとでカダが「果たしてどうだろうな」と意地の悪いことを言った。
「可愛くないこと言ってると首へし折りますよ」
「不敬罪で処刑するぞ」
「うわ、洒落になんないわー」
色々とギリギリの軽口を叩いて小さく笑い合う。
正直、王様という地位の人間と話している気はまったくしなかった。
こんなことでもなければ、一生目も合わせないような天上人だというのに。
この二ヵ月で、随分と気安い雰囲気が出来上がってしまったように思う。
「そういや今日の昼寝のあと調子どうでした?」
早速マッサージに取り掛かりながら、軽い口調で聞いてみる。
「ああ、それが驚くほど仕事が捗ってな。本当に助かった」
「それは良かった。今夜はみっちりぎっちりマッサージしてあげますので、遠慮なく寝ちゃってくださいね」
「……迷惑にならないか」
「なーに言ってんですか。普通王様ってのは後宮でヤったら朝までぐっすりでしょ? ここ入れられた時点でそういうもんだって思ってましたし」
「私は一度もしたことがないな」
「あんだけ短時間で済めばそりゃ……スローセックスしろとは言いませんがもちょっとなんとかなりませんかアレ」
「いや申し訳ない……だが政の勉強ばかりで男女の色事にはどうも疎くてな……」
ごにょごにょと言い訳のように言って、ますます枕に顔をうずめる。
上手く隠しているつもりかもしれないが、耳が真っ赤だった。
もしかしたらあの淡白なセックスの原因に、コンプレックスのようなものもあるのかもしれない。
「……お耳が赤いですわよ、国王陛下」
見逃してあげるべきだったかもしれないけれど、国で一番偉い人が些細なことに恥じらうのが面白くて、揶揄うように耳元のツボを押した。
肩がビクッと跳ねて、ますます楽しくなってしまう。
これはもしや私がリードするべきなのでは? とつい最近まで自分も処女だったことを棚に上げてにやりと笑った。
「……不敬罪」
「寝落ちしてる隙に返り討ちにしてくれる」
「抵抗する暇もないな」
観念したように笑って、カダの全身から力が抜けていく。
もうだいぶ眠いのだろう。
もう少し喋っていたかったけれど、カダがここに来た理由はあくまでも睡眠なのだ。
ここからはもう静かにしていよう。
口を閉じてマッサージに集中すると、ほどなく寝息が聞こえ始めた。
不眠症が聞いて呆れる。
苦笑しつつ、全身全霊でカダの身体を丁寧にほぐしていった。
やがて自分の腕が限界を迎えて、深く息を吐き垂れ落ちる汗を袖で拭った。
心底疲れていたけれど、程よい達成感に胸が満たされて、私自身よく眠れそうだった。
濡れたタオルで身体を清めて、カダの隣に潜り込む。
規則的な寝息は子守唄よりも心地よく、すぐに眠りの世界に落ちていくことができた。
「……前から思っていたがシアは随分俗っぽいところがあるな」
マッサージする気満々でカダを迎え入れたせいで、つい店で働いていた時の挨拶が出てしまう。
カダは何とも言えない微妙な顔をしていて、だからベッドに座らせながら身の上話をした。
もう二ヵ月近く経つのに今更だけど、彼になら話してもいいかなと思えた。
「――そんなわけで、権力を笠に着て威張り散らしていた家族と婚約者に見切りをつけてスラムに落ち延びたわけです」
「それは……よく生きていられたな」
「家出時に着ていたドレスは速攻売り払って、ボロい男物の服でいたら襲われずに済みました。で、運良くマッサージ師の養父に拾われて、そこで三年間働いてたんです。その町は貧乏でしたけど比較的治安も良くて、みんなで支え合って生きていました」
「……民衆は強いな。私のせいで国を荒らしてしまったのが申し訳なくて仕方ない」
「あら、それはカダ様のせいじゃないでしょ? 前の王がゴミだっただけ、で……」
そこまで言って口を噤む。
先王はカダの実父だ。
私は実父なんて反吐が出るほど嫌いだが、普通親子というのは血縁者が馬鹿にされるのは嬉しくないはずだ。
「申し訳ありません」
「……いや、いいんだ。事実だから」
カダが辛そうに笑う。
「ゴミみたいだったけど、父親だから。やはり私の責任でもある」
その気持ちは少しだけわかる。
ゴミ同然の父と母と妹だったけれど、彼らのやらかした暴挙は可能な限り私が止めたかったし、被害を受けた使用人や領民に償いをしたかった。
どんなに頑張っても、私一人の力では全然足りなかったけれど。
「あーやめやめ。やめましょう暗い話は。ホラ横になってください」
湿っぽくなりそうな空気を無理やり追い払ってカダを押し倒す。
素直にうつ伏せになったカダは「気を遣わせてすまないな」と笑った。
「でもそうか、シアの物怖じしない性格にはそういった事情があったのか」
「気が強いのはもともとですけどね。口が悪くなったのは間違いなくスラムでの生活のせいです」
用意しておいたお湯で蒸しタオルもどきを作って、首元に巻きながら言う。
枕に顔を埋めて、くぐもった笑いを漏らしたあとでカダが「果たしてどうだろうな」と意地の悪いことを言った。
「可愛くないこと言ってると首へし折りますよ」
「不敬罪で処刑するぞ」
「うわ、洒落になんないわー」
色々とギリギリの軽口を叩いて小さく笑い合う。
正直、王様という地位の人間と話している気はまったくしなかった。
こんなことでもなければ、一生目も合わせないような天上人だというのに。
この二ヵ月で、随分と気安い雰囲気が出来上がってしまったように思う。
「そういや今日の昼寝のあと調子どうでした?」
早速マッサージに取り掛かりながら、軽い口調で聞いてみる。
「ああ、それが驚くほど仕事が捗ってな。本当に助かった」
「それは良かった。今夜はみっちりぎっちりマッサージしてあげますので、遠慮なく寝ちゃってくださいね」
「……迷惑にならないか」
「なーに言ってんですか。普通王様ってのは後宮でヤったら朝までぐっすりでしょ? ここ入れられた時点でそういうもんだって思ってましたし」
「私は一度もしたことがないな」
「あんだけ短時間で済めばそりゃ……スローセックスしろとは言いませんがもちょっとなんとかなりませんかアレ」
「いや申し訳ない……だが政の勉強ばかりで男女の色事にはどうも疎くてな……」
ごにょごにょと言い訳のように言って、ますます枕に顔をうずめる。
上手く隠しているつもりかもしれないが、耳が真っ赤だった。
もしかしたらあの淡白なセックスの原因に、コンプレックスのようなものもあるのかもしれない。
「……お耳が赤いですわよ、国王陛下」
見逃してあげるべきだったかもしれないけれど、国で一番偉い人が些細なことに恥じらうのが面白くて、揶揄うように耳元のツボを押した。
肩がビクッと跳ねて、ますます楽しくなってしまう。
これはもしや私がリードするべきなのでは? とつい最近まで自分も処女だったことを棚に上げてにやりと笑った。
「……不敬罪」
「寝落ちしてる隙に返り討ちにしてくれる」
「抵抗する暇もないな」
観念したように笑って、カダの全身から力が抜けていく。
もうだいぶ眠いのだろう。
もう少し喋っていたかったけれど、カダがここに来た理由はあくまでも睡眠なのだ。
ここからはもう静かにしていよう。
口を閉じてマッサージに集中すると、ほどなく寝息が聞こえ始めた。
不眠症が聞いて呆れる。
苦笑しつつ、全身全霊でカダの身体を丁寧にほぐしていった。
やがて自分の腕が限界を迎えて、深く息を吐き垂れ落ちる汗を袖で拭った。
心底疲れていたけれど、程よい達成感に胸が満たされて、私自身よく眠れそうだった。
濡れたタオルで身体を清めて、カダの隣に潜り込む。
規則的な寝息は子守唄よりも心地よく、すぐに眠りの世界に落ちていくことができた。
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