上 下
14 / 27

14.

しおりを挟む
「らっしゃっせー」
「……前から思っていたがシアは随分俗っぽいところがあるな」

マッサージする気満々でカダを迎え入れたせいで、つい店で働いていた時の挨拶が出てしまう。
カダは何とも言えない微妙な顔をしていて、だからベッドに座らせながら身の上話をした。
もう二ヵ月近く経つのに今更だけど、彼になら話してもいいかなと思えた。

「――そんなわけで、権力を笠に着て威張り散らしていた家族と婚約者に見切りをつけてスラムに落ち延びたわけです」
「それは……よく生きていられたな」
「家出時に着ていたドレスは速攻売り払って、ボロい男物の服でいたら襲われずに済みました。で、運良くマッサージ師の養父に拾われて、そこで三年間働いてたんです。その町は貧乏でしたけど比較的治安も良くて、みんなで支え合って生きていました」
「……民衆は強いな。私のせいで国を荒らしてしまったのが申し訳なくて仕方ない」
「あら、それはカダ様のせいじゃないでしょ? 前の王がゴミだっただけ、で……」

そこまで言って口を噤む。
先王はカダの実父だ。
私は実父なんて反吐が出るほど嫌いだが、普通親子というのは血縁者が馬鹿にされるのは嬉しくないはずだ。

「申し訳ありません」
「……いや、いいんだ。事実だから」

カダが辛そうに笑う。

「ゴミみたいだったけど、父親だから。やはり私の責任でもある」

その気持ちは少しだけわかる。
ゴミ同然の父と母と妹だったけれど、彼らのやらかした暴挙は可能な限り私が止めたかったし、被害を受けた使用人や領民に償いをしたかった。
どんなに頑張っても、私一人の力では全然足りなかったけれど。

「あーやめやめ。やめましょう暗い話は。ホラ横になってください」

湿っぽくなりそうな空気を無理やり追い払ってカダを押し倒す。
素直にうつ伏せになったカダは「気を遣わせてすまないな」と笑った。

「でもそうか、シアの物怖じしない性格にはそういった事情があったのか」
「気が強いのはもともとですけどね。口が悪くなったのは間違いなくスラムでの生活のせいです」

用意しておいたお湯で蒸しタオルもどきを作って、首元に巻きながら言う。
枕に顔を埋めて、くぐもった笑いを漏らしたあとでカダが「果たしてどうだろうな」と意地の悪いことを言った。

「可愛くないこと言ってると首へし折りますよ」
「不敬罪で処刑するぞ」
「うわ、洒落になんないわー」

色々とギリギリの軽口を叩いて小さく笑い合う。
正直、王様という地位の人間と話している気はまったくしなかった。
こんなことでもなければ、一生目も合わせないような天上人だというのに。
この二ヵ月で、随分と気安い雰囲気が出来上がってしまったように思う。

「そういや今日の昼寝のあと調子どうでした?」

早速マッサージに取り掛かりながら、軽い口調で聞いてみる。

「ああ、それが驚くほど仕事が捗ってな。本当に助かった」
「それは良かった。今夜はみっちりぎっちりマッサージしてあげますので、遠慮なく寝ちゃってくださいね」
「……迷惑にならないか」
「なーに言ってんですか。普通王様ってのは後宮でヤったら朝までぐっすりでしょ? ここ入れられた時点でそういうもんだって思ってましたし」
「私は一度もしたことがないな」
「あんだけ短時間で済めばそりゃ……スローセックスしろとは言いませんがもちょっとなんとかなりませんかアレ」
「いや申し訳ない……だが政の勉強ばかりで男女の色事にはどうも疎くてな……」

ごにょごにょと言い訳のように言って、ますます枕に顔をうずめる。
上手く隠しているつもりかもしれないが、耳が真っ赤だった。
もしかしたらあの淡白なセックスの原因に、コンプレックスのようなものもあるのかもしれない。

「……お耳が赤いですわよ、国王陛下」

見逃してあげるべきだったかもしれないけれど、国で一番偉い人が些細なことに恥じらうのが面白くて、揶揄うように耳元のツボを押した。
肩がビクッと跳ねて、ますます楽しくなってしまう。
これはもしや私がリードするべきなのでは? とつい最近まで自分も処女だったことを棚に上げてにやりと笑った。

「……不敬罪」
「寝落ちしてる隙に返り討ちにしてくれる」
「抵抗する暇もないな」

観念したように笑って、カダの全身から力が抜けていく。
もうだいぶ眠いのだろう。
もう少し喋っていたかったけれど、カダがここに来た理由はあくまでも睡眠なのだ。
ここからはもう静かにしていよう。

口を閉じてマッサージに集中すると、ほどなく寝息が聞こえ始めた。

不眠症が聞いて呆れる。
苦笑しつつ、全身全霊でカダの身体を丁寧にほぐしていった。

やがて自分の腕が限界を迎えて、深く息を吐き垂れ落ちる汗を袖で拭った。
心底疲れていたけれど、程よい達成感に胸が満たされて、私自身よく眠れそうだった。
濡れたタオルで身体を清めて、カダの隣に潜り込む。

規則的な寝息は子守唄よりも心地よく、すぐに眠りの世界に落ちていくことができた。
しおりを挟む
感想 82

あなたにおすすめの小説

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

【完結】私の婚約者は妹のおさがりです

葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」 サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。 ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。 そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……? 妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。 「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」 リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。 小説家になろう様でも別名義にて連載しています。 ※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ
恋愛
 ――なぜならわたしが奪うから。  正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...