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だってひどい王様だった。
だから死んで清々した。
次の王だってどうせ同じ。
親しみなんてこれっぽっちも感じないし、どうせ嫌いになるのだから、いっそ何も知らないままでいたかった。

だけどどうやらこの人は、前の王様とは違うみたいだから。

「名乗りが遅れてすまない。カダ・ローザインと申す。一応この国の国王をやっている者だ」

かしこまって姿勢を正すカダは、真面目ぶった言い方をしているくせに声に笑いが含まれている。
明らかにこの状況を面白がっていた。

「国民すべてが私の名を知っているという驕った考えは改めるべきだな」
「あらいえ嫌だわそんなうふふ」

自分の無知を棚に上げて、それに同意する図太さはさすがにない。
曖昧に笑って、誤魔化すように小首を傾げてみせた。

「でもそういう謙虚な気持ちは必要だと思います」
「あはは」

ただ言うべきことは言っておこう、この際だから。
どさくさ紛れに付け足した言葉にカダが笑う。
笑うと言ってもほとんど声だけなのだけど。

本当に表情が乏しいなこの人。
笑い声すら弱弱しいし。

「ところで陛下」
「カダで良い」
「ではカダ様。睡眠の質にこだわっておいでのようですけど、普段どれくらい寝てらっしゃいますか」

遠慮なく名前で呼ぶと、カダは心なしか満足そうに頷いた。

「そうだな、だいたい二時間ほどか。長くて四時間は寝る」
「すくなっ」

びっくりして言うと、彼は苦笑いのようなものを浮かべた。

「死にますよそんな生活してると」

そりゃ顔が死人の色にもなる。
今のカダは覇気も生気も消え失せて、歩く死体そのものだ。

「……だが寝ている暇などないのだ」

ぽつりと言って、途方に暮れたように視線を落とす。
なんだか頼りなげな風情に、本当に一国の主なのかと疑いたくなってしまう。

しかし何故そんなに時間がないのか。
前回もそんなようなことを言っていた。
王様って好き放題しているものじゃないのか。
妙な趣味に入れ込んで、時間も忘れて夜通し没頭しているのだろうか。
だがそれにしては全然幸福度が高くなさそうだ。

「時間がないのなら私のところへの訪問回数を減らされては?」

どうせ気に入られていないみたいだし、と思いつつ提案すると、カダは微かに眉根を寄せた。

「子を残すのは王族の義務だ」

当然のように言われて、まぁ義務ではあるかもだけどと思う。

この国の国王は世襲制ではあるが長子制ではない。
代替わりの際に王の血筋を持つ者の中から、優秀なものが選ばれて決まる。
だから出来るだけ子を成し、選択肢を増やす必要があるのだ。

不健康そうな彼は、見た目通り先が長くないのかもしれない。
だとすれば生きているうちに少しでも多く子供を作っておかなければと焦っているのだろうか。

「の、わりには身が入っていないように感じますが」

私にだけでなく、全ての上級妃に対してあの扱いなのだという。
さっさとヤって、さっさと帰っていく。
時間にしてわずか十分程度。
表情が乏しいのは常だが、汗一つかかずに終わらせるあたり、大した熱意もなさそうだ。
彼にとって優先順位が低いのは明らかで、たぶん周囲の人間にせっつかれてのことだろうと容易に想像できた。

「……私には国を立て直すという急務がある」
「え!!」

予想外の言葉に大きな声が出てしまった。
カダがびっくりした顔をしている。

「あ、いえすみません続けてください」

なるほど、だからこんなにも時間がないと主張するのか。
確かに国内情勢がこんなにめちゃくちゃでは、いくら時間があっても足りないかもしれない。

だけどまさか王様が国を良くしようとしているなんて。

当然のことのはずなのに、生まれた時から愚王が治める国で育ってきたせいで、まったく考えつきもしなかったのだ。
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