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十五で実家を飛び出してから、スラムで三年生き延びた。
半月も経たずに野垂れ死ぬと覚悟を決めたそこで、養父がボロボロになっていた私を拾ってくれたのだ。

自分自身、盲目というハンデを背負って明日を生きるのすら難しい中、私に同情して住むところを与えてくれた。
そうして養父が細々と続けていた店を手伝い、そこに住む人々と交流を持ちながら生きた。
暮らしは苦しかったが、優しい養父のもとで、初めて人間らしい生活を送れたと言えよう。

そんな平穏に生きる私の現状をどうやって知ったのか、実家がコンタクトを取ってきたのだ。
どうせロクな話じゃないとは思っていたが、案の定とんでもない話を持ち掛けてきた。

どうやらロカの後宮入りを命じられたらしく、身代わりで私を後宮に入れようという魂胆らしい。


「はぁ⁉ 今更なんなのよ! ふざけないで! 追い出したのは自分たちでしょう!」

カッとなって言い返すと、実父が顔を顰めた。

「ますます下品になりおって……まぁいい。だからそれをなかったことにしてやると言っている。侯爵家に戻れるのだ。ありがたいと思え」
「今更御免だわ。こんな家、私には不要よ」
「強がらないでお姉様。スラム街での生活なんてつらかったでしょう。臭くて汚くて、人間以下の生き物ばかりだもの」
「お前も少しは反省しただろう。テルエーゲ公は寛大なお方だ。お前がレゾナントに戻ることを許してくださった」
「ロカの身代わりにするためにでしょう……?」

怒りに震えながら言うと、実父は肩を竦めた。

「仕方あるまい。テルエーゲ公はロカと婚約したのだ。ロカがいなくては困る」

悪びれる様子もなく実父が言う。
その隣でロカが誇らしげに微笑んだ。

「前からお姉様じゃなくて私と結婚したかったのですって。絶対に相性がいいからって」
「そうでしょうね。残忍で傲慢で。これ以上ないくらいにお似合いだわ」
「シア! 貴様!」
「いいのよお父様。お姉様は突然のことで少し混乱しているのよ」

手を振り上げる実父をロカが制す。
余裕たっぷりの顔で、同情的な声を出すから余計に腹立たしい。

「心配しないで。後宮はいいところよ。少なくともあんなゴミ溜めよりずっとね」

よく言えたものだ。

後宮入りと聞くと、確かに他国では名誉な場合もある。
この国も昔はそうだった。
けれど今はもう違う。
この国の先王は暴君となり下がったのだ。
後宮入りした娘の未来に待つのは死か、それにほど近い絶望だけ。

先王は残虐な性質で、拷問の果てに殺すのが大好きで、言いがかりのような罪を押し付けては捕まえさせて民を処刑した。それを止めようとした役人たちも処刑された。まともな人間は我先にと逃げ出し、王の周りに残ったのは王と似たり寄ったりな悪人ばかり。
国は乱れに乱れて、一部の特権階級以外は貧困に喘いでいる。

後宮も似たようなものだ。
逃げ場がない分、貧民街で暮らすよりも性質が悪いかもしれない。
運よく王に気に入られれば任期まで生きられるが、そのあとは後宮を放り出される。

お払い箱になったあと、自分の足で王城を脱出して帰りつくことが出来る者もいるが、それは稀だ。
王におもねり取り入ったケダモノたちに捕まれば、そいつらの慰み者になって、死んだ方がマシなくらいボロボロにされるという。

一応貴族から選出された上級妃はそれなりに丁重にもてなされるらしいが、それも王の機嫌を損ねなければの話だ。
要は貴族の娘の後宮入りなど、王を裏切らないための人質でしかなかった。

粗相があれば容赦なく殺される。
つまり実父は妹の代わりに私に死にに行けと言っているのだ。

「なに、あちらにとってもお前は大事な人質だ。そう悪い扱いは受けんだろう」

なんの根拠もなく適当なことを言う。

嫌っている娘を生贄に差し出せば、この先も安泰な生活が保証される。
特権階級として甘い汁を吸い続けて、自分にはなんのリスクもない。

「お前を拾ったあの按摩師の老人……カゴウといったか。そやつの生活を保障してやってもいい」

この瞬間、私の後宮入りは決まったと言っていい。

貴族も王もクソ食らえだ。
けれど養父を人質に取るような物言いに頷くしかなかった。

養父は自分のことなど気にするなと言うだろうが、そういうわけにもいかない。
私にとってこの世で大切なのは、もはや彼だけなのだから。
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