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1巻

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 そう、どんな理由があろうとこれはこの上なく「ラッキー」なことだ。神様の気まぐれだろうと運命が変わったことに深く感謝して、明日からはもっと役に立てるように頑張ろう。
 なにより、生前大好きだったキャラクターに尽くせるのだ。こんなに幸せなことはない。
 俗っぽいことを考えつつお風呂で身を清めて、よく温まった身体でベッドにダイブする。
 まだ完全に破滅フラグを回避したという保証はなかったが、きっとこれからはいい未来が待っている。根拠もなくそう確信して、晴れやかな気持ちで目を閉じた。


  ◇◇◇


 翌朝目覚めると、時計は七時を回るところだった。
 伸びをして少しすると、ノックの音が聞こえてきた。

「はーい」
「入ってもよろしいですか?」

 返事をすると神官長の声がしたので、寝起きの間延びした声で「どうぞー」と応える。神官長は食事を載せたワゴンと一緒に入ってきた。まだベッドの上にいる私を見て、慌てて視線を逸らす。

「おや寝起きでしたか。すみません」
「いえお気になさらず……あ! お食事を運んでくださったのは神官長様だったのですか⁈」

 昨日の夕食も神官長が持ってきてくれたのだろうか。神殿で働く職員は沢山いるはずなのに、こんな小間使いみたいなことをしているなんて驚いてしまう。

「……もしかして神官長様って結構おヒマなのですか?」
「違います! 昨夜は他の職員が運びましたし、今朝も本当は別の者のお役目でした」
「ではなぜ……」
「何故ってそりゃあ神の間のことが聞きたいからに決まっています」

 興奮気味に食器を並べてくれながら、神官長が目をキラキラと輝かせた。

「どうでした? やはり神の間は神聖な空気に満ちていましたか? 神の存在を感じ取ることが出来ましたか⁉」
「ええっと……」

 畳み掛けられるように問われても、なんと答えていいのかわからない。朝食の準備を手伝いながら考える。神様の存在って明かしてしまってもいいのだろうか。確かゲームでは神殿長でも神様の実態を知らないはずだ。それって神様の存在を秘匿ひとくしなくちゃいけない理由があるのではないか。私は考えながら、曖昧に口を開く。

「うーんと……言葉では言い表せないとでもいいますか……」
「そんなに素晴らしい体験をしたのですか⁉ ちなみに内装はどんな感じでした? きらびやかで荘厳なものでしたか⁈」

 しどろもどろな私の言葉にも、神官長は追及の手を緩めてくれない。薄々感じていたけど、神様フリークだ、この人。

「あ、そうだ神官長様、これからは毎朝新聞のチェックをしたいのですが、どこかで読める場所はありますか?」

 仕方なく無理やりにでも話を変えようと、別のことを切り出す。

「それなら神殿の職員が出入りできる図書館がありますが……はっ、もしやそれも神の御神託ですか⁉ どういう風に御神託を受けるのです⁉」

 うわ全然話が変わらない。全部神様に繋がってしまう。オタクってすぐ自分の推しに話繋げがちだね。困るわー。
 生前のオタク気質な自分を思い出し頭を抱えたくなりながら大きく頷く。もう何を言っても神様のことにすり替えられてしまうのだから、こっちの方が早い。

「そう。そうです。御神託によって国内情勢を把握する必要があると判断しました。神様の情報については明かしていいものかわかりかねますので次の御神託をお待ちください」

 キリっと生真面目な顔を作ってもっともらしいことを言う。一応嘘を言っているわけではない。神様からのお言葉であることは間違いないし、新聞が必要と思ったのは自分の考えだけど、神様のお役に立とうとしてのことだ。
 すると神官長はぱあっと顔を輝かせた。

「あっ、そうですよね神について軽々しく明かしていいものではないですよね、失礼いたしました……何せ知っている人間が聖女になるなんてことそうそうないものでつい気安く聞いてしまいました……お許しください」

 どうやら興奮状態は収まってくれたらしい。ホッとしながら頭を下げる。

「いいえお気になさらず。お話しできることがありましたらすぐにお知らせいたしますね」
「ありがとうございます……ところでお食事をご一緒しても?」
「ええ、ぜひとも。一度ゆっくりお話ししたいと思っていましたの」

 二人分の食事を並べ終えて笑みを交わし合う。
 神官長は食事の間はしっかり自重して、神様の話題を控えめにしてくれた。職業柄なのか聞き上手だ。推しのことを少しでも多く知りたい気持ちはよく分かる。
 神官長に神様のことをお話ししていいか、あとで確認しておいてあげよう。
 そう決めて、爽やかな朝の時間を楽しんだ。


 朝食を終えた後、身だしなみを整えてさっそく神様のお部屋の扉をノックする。まだ寝ていたらどうしようかと思ったが、扉は自動的に開いた。

「あれ!?」

 中を見て思わず驚きの声を上げる。
 部屋の広さが昨日の十分の一ほどに狭まっていたのだ。狭まっていたと言っても私の部屋と同じくらいの広さはあるのだけど、昨日のはるか遠くまで見渡せる広さの空間と比べるとやけに小ぢんまりとして見えた。

「おはようございます神様……あの、お部屋どうされたんです?」
「元に戻しただけだ」

 つれない返事をして神様は読んでいた本から視線を上げた。相変わらず家具と呼べるものはベッドとソファだけだが、部屋の広さのせいで扉から神様までの距離が近い。

「そうなんですか? じゃあ今は異空間じゃないということですか」

 問いながら近寄ると、ポスンと昨日のクッションが落ちてきた。これに座れと言うことらしい。
 態度も言葉もツンケンしているのに、こういうところの気遣いはしないではいられないようだ。

「ありがとうございます」

 にこっとしながらお礼を言っても無反応だ。気にせずクッションに腰を下ろす。

「今日は何をしましょうか? お掃除は朝のうちに済ませてしまった方がよろしいですよね?」
「必要ない。この部屋には埃など発生しないからな」
「そうなんですか⁈ じゃあ昨日のはなんのために……」
「嫌がらせだ。文句も言わず手抜きもせずにやりきったから面白くなかった」
「うわぁはっきりとおっしゃいましたね。でもなんかそんな気はしていました」

 だって最初から全然汚れていなかったもの。部屋も何も置かれていないから広い必要もないし。神様はやはりこちらに目を合わせずに続ける。

「広い空間も好きではない。無駄なことだった」
「……ちなみにお祈りの場所は?」
「どこでも構わぬ。なんならそこで祈るがいい」

 言った瞬間、低い振動音がしてクッションの下に魔法陣が現れる。昨日飛び込み台にあったものと同じなのだろう。

「もちろん昨日の階段も……」
「嫌がらせだ。バタバタ走り回るのが鬱陶うっとうしいからやめた」
「嫌がらせしかないじゃないですか。しかもご自分もダメージ受けてらっしゃる」
「まったくだ。無意味なことをしてしまった」

 眉間にシワを寄せて神様が大きくため息をついた。

「だから嫌がらせはやめて、そなたで楽しむことにした」
「私で……楽しむ……?」
「どうもそなたは異常なほど打たれ強いようだからな。余計な気遣いもいらぬと判断した」
「あ、やっぱり心配してくださってたのですね」
「心配などしておらん」
「またまた」

 うふふ、とこらえきれない笑いを漏らせば、不本意そうに顔をしかめられた。

「でもお任せください! 楽しいことなら私も大好きです!」

 拳を握り締めて力強く言うと、神様が呆れた顔で私を見た。

「……怒ったりはしないのか」
「怒る? 何故です」

 本気でわからなくて首を傾げる。
 神様が難しい顔をして眉間のシワを揉みほぐした。

「……まぁいい。手始めに何か面白い話でもしてみせよ」

 諦めたように脱力して、手に持っていた本を閉じた。
 神様は不機嫌そうだったけれど、なんだか楽しくなりそうな予感に、私の胸は躍り始めていた。
 ふむ、面白い話か。
 早速顎に手を当てて考える。けれどここのところ学校以外は神殿通いをしていたから、特に面白い話などない。
 そう考えてからハタと気づく。
 私の人生自体、ある意味おかしなことの連続ではないか。
 前世で若くして死んで、何故かその記憶を持ったまま別世界に転生した。その時点でもうおかしいのに、その別世界は前世のゲームの世界なのだ。そのうえ私を待ち受けているのは破滅のみ。それを回避するためにあがいた結果、なんと悪役令嬢とは正反対の聖女に選ばれてしまった。
 この半生を聞いてもらうだけで、神様は十分に楽しんでくれるのではないか。
 そんなことを考えて、ふと聞きたかったことを思い出した。

「そういえば、私が聖女の力を授かったのって何か理由があるんですか?」

 そう言うと、神様は思案顔になった。

「……そなたが一番騒がしくて、一番タフそうだったからだな」
「なんと」
「毎日神殿に祈りに来ていただろう。そなたが来るとうるさくてな」
「騒いだことはないと思うのですが……」
「脳内の話だ。願い事など、あれこれべらべら喋るものではない」
「それは大変申し訳なく……お願いに至る説明が必要かと思いまして。ところでお願い事って全て把握してらっしゃるのですか?」
「祈りの間での願いのみだが、届くようになっておる」
「それはそれは……」

 祈りの間だけとは言え、毎日の参拝者はかなりの数に上るだろう。それら全てを把握しなければならないなら、神様とはかなり大変な仕事だ。

「そなた、何か月か前から毎日のように通っていただろう。注文がやたら細かいうえに訳が分からぬものばかりで、なんだこやつはと思っていた」
「そんなこと思われてたんですか⁈」

 ショックだ。分かりやすいように現状を説明したうえで破滅回避を願ったのに、わけがわからんとは。いやでもそう思われて仕方ないことを願っていたかもしれない。
 ヒロインが転入してきませんようにとか、数年後の処刑予定を免れますようにとか、父上の不正が早く、ダメージの少ないうちに暴かれて正しくお仕置きされますようにとか。
 神様はちょっと意地の悪い表情を浮かべて私を見つめる。

「変に悲惨な未来予測をするわりに悲愴感は少ない。嫌なことがあってもへこたれない。馬鹿みたいに前向きで、物事を深く考えない」
「そうですねぇ。確かにそんな感じです。よくご理解いただけているようで恐縮です」
「だから歴代の聖女たちが一年ともたない役割も、そなたならあるいはと魔が差したのだ」
「魔が差した」

 真顔で復唱すると、神様が小さく笑いを漏らした。
 初めて見る笑顔だ。思わず見惚れてしまう。スチルより数百倍素敵だ。ゲームをやっていた時のときめきを思い出してうっとりしてしまう。けれど感動している私に気づいて、神様が決まり悪そうに笑みを消してしまった。残念。もっと見ていたかったのに。

「……だからそう深い意味はない」
「でも、神様が選んでくださったのですね。ありがとうございます、とても嬉しいです」

 良かった、数百万人目の当選者とかじゃなくて。神様は見ていてくれたのだ。うるさいだのタフそうだの悪態をついているが、要は私に興味を持ってくれたということだ。
 思わず微笑んでお礼を言うと、神様が目を逸らしてむっつりとした顔になった。これは照れている表情だ。そう思うとキッと神様はこちらを向いた。

「勝手に決めつけるでない」

 わずかに目元を染めて言われても信憑性しんぴょうせいは薄い。
 嬉しくてニコニコしていると、私を納得させるのを諦めたのか神様が小さくため息をついた。

「もういい。それで? ヒロインだの破滅だの言っていたのはなんだったのだ」

 問われて少し考える。自分がこの世界に転生したこと、この世界は私の前世でプレイしたゲームの中の世界に酷似しているということ。そういった諸々を明かしてしまっても大丈夫なのだろうか。世界が崩壊するとか、天罰が下るとか。

「話してみよ。なにか不都合があるのならば余がなんとかしてみせようではないか」

 ふむ。神様にそう請け負ってもらったのなら大丈夫か。神様も深く考えないのが私の美点だとおっしゃっていることだし。
 そう結論付けて、私は全てをつまびらかにすることに決めたのだった。


 かいつまんで自分の現状を説明すると、神様は難しい顔で黙り込んでしまった。

「……嘘は言っておらぬようだな」
「はい、それはもちろん」

 すぐにバレるのが分かっているのに神様に嘘をつくほど馬鹿ではない。

「全てそなたの妄想という可能性は」
「なくはないですけども。実際私も自分の頭がおかしくなったんじゃないかと思いましたし」

 苦笑しながら、否定も肯定もしない。何度も自分に問いかけ続けたことだ。だけど妄想にしては情報が現実と合致している。ただ、当たっていたと思っている事実も含めて、自分の妄想だという可能性は否定しきれないままでいる。

「……いや、それはないな」

 神様が緩く首を振って否定する。

「余が心を読めるのを知っていたのであろう。余の存在自体も」
「ツンデレだということも」
「つんでれが何かは分からぬが、なぜかイラっとするな」

 したり顔で付け足すと、神様があからさまにムッとした顔になる。

「……別世界の言葉か。確かに今の話の中に、余の知らぬものがたびたび出てきておったな」
「文化も結構違いますからね。前世では魔法のたぐいは一切ありませんでしたし」
「力の在り方が違うのであろう……それにしても不思議な話だ」
「記憶を持ったまま転生っていうのはそこそこあるものなのですか?」
「あるわけなかろう。転生という概念はこの世界にもあるが、一度死んだ魂が再構成されることなどない。他の魂と混ざり合って別の命として生まれ変わるのだ」
「そうなんですか……じゃあやっぱり私が私のまま、別の世界の別の人間として生きてるのって例外中の例外みたいですね」
「うむ……まぁ、まったくありえないことでもないのかもしれぬ」
「心当たりがあるのですか?」
「どこぞの神が望めば、あるいは」
「神様? 神様の他にもこの世界には神様が存在するのですか?」
「当然だ。格の違いはあれど、栄えている国には必ず神がおる」
「へぇ~そうなんですか!」

 初めて知る事実に感心してしまう。
 前世でゲームをプレイしていたからこの世界のほとんどのことを分かっているつもりでいた。しかし実際のところ私がこの世界について知っていることなどわずかなのかもしれない。
 ゲームの設定で明かされている世界観なんて、ゲームの進行上必要なものだけだ。魔法の仕組みも不明なら他の国での神様の扱われ方も不明。転生の概念があることも知らなかったし、死んだ人の魂が混ざり合って新たに生まれるということも知らなかった。公式サイトにも攻略サイトにも書いていないからだ。
 だけどゲームの外の世界は確かに存在している。私がここにいるのも、そういう設定外の大いなる力が働いているせいなのだろう。

「あ、もしかしたら神様が望んでくださったのでは?」
「しておらん。というか神様神様うるさいの。名を知っているのならそっちを呼べばよかろう」
「え、でも」
「そなたも娘だの人間だの呼ばれたら鬱陶うっとうしいだろう」
「それはそうですけど……」

 神様の名前はもちろん知っている。呼びたい気持ちもある。神様という存在が、目の前の神様だけではないというのなら、区別のためという口実もある。
 だけど本当にいいのだろうか。知っているというだけで、呼んで許されるものなのか。
 だって神様の名前は特別なのだ。ゲームの中で彼の名前は心を許した相手……つまりヒロインにしか明かされていないのだから。

「ライラ」

 困ってうつむいた私の耳に、美しい声が届いて反射的に顔を上げる。
 神様はさっと目を逸らした後で、思い直したようにまっすぐ私を見た。

「そなたそなたと言い続けるのもなんなのでな。余が直せと要求する以上、そなたへの呼び名も直そうではないか、と、思ってだな……」

 最後の方はごにょごにょとしてよく聞き取れない。
 ただ、恥ずかしくて気まずくて照れているのだなということはよく分かった。

「照れてなどおらぬと言っておるだろうが!」

 全然怖くないのに声を荒らげる神様に思わず笑みがこぼれる。
 いいや違う。神様、ではない。

「では遠慮なく呼ばせていただきます、ノルディーク様」
「……ノルドでよい」
「……じゃあ、ノルド様で」

 私が呼びかけるとノルド――心の中では遠慮なく呼ばせてもらおう――はぶっきらぼうに頷き、微かに笑った。
 その美しい笑みは、私の胸に鮮烈に刻みつけられた。


「それで、ゲームというのは具体的になんなのだ。遊戯盤のようなものか?」
「いえ、全然違います。うーんなんと説明したらいいのか……」

 こちらの世界にない概念や技術のオンパレードなので、どれかひとつ説明するだけでも四苦八苦する。そもそも私自身、電気やらテレビやらプログラムやらの仕組みがまったくわかっていないのだ。なんとか前世の記憶の引き出しをあちこち引っ張り出して、少しでも理解してもらおうと努力する。絵が動くだの声は人が当てるだのといった仕組み的なことから、選択肢がどうのルートがどうのというゲーム自体のシステムの解説も試みてみるが、喋れば喋るほどノルドの首の角度が曲がっていく。

「……そなた、説明ど下手くそか」
「いやもう我ながらひどいものだと思いながらお話ししております」

 学校の成績は努力の甲斐あってなかなかの順位を保っているが、理路整然と人に教えることには完全に向いていない。自分の新たな一面を発見してしまってがっかりだ。反省して次に生かそう。まずはこの場をどう乗り切るかだ。

「前世で二十年以上生きていたというのに情けない話です……」
「何、そなた意外に年増なのだな」
「前世の分はカウントしないでリセットしてください」

 ノルドの言葉にかぶせるように真顔で言う。女性のそういう繊細な部分には、いくら神様とは言え触れてはいけないと思う。本当に。真面目に。そこはきちんと訴えていきたい。

「だいたいノルド様こそおいくつなんです? 私なんかよりよっぽど年上なのでは?」
「覚えておらぬが……この国の成り立ちの時点ですでにこの国と同じくらいは生きていたか」
「この国って建国五百年以上ですよ⁉ ノルド様、おじいちゃんじゃないですか! あっ! いたっ、なんかビリッときた!」

 驚いて思ったことを口にした瞬間、身体中に低周波マッサージの電流のような痺れが走る。私は目の前で素知らぬ顔をするノルドを睨んだ。

「ひどいです!」
「なんのことやらわからぬなぁ」

 ノルドに抗議しても、澄ました顔でとぼけられる。犯人は絶対に間違いなくこのお方だ。
 神様とあがめられ、長い年月を生きて精神的に成熟しているはずじゃなかったのか。

「……おとなげないなぁ」
「わざわざ口に出すとはいい度胸だ」

 目を逸らしボソッと呟いた言葉にノルドがパキリと指を鳴らす。
 しかし表情をうかがい見ると、なんだか楽しそうな顔をしていた。大人げないようでも、やはり長く生きた神様は器が大きいのだろう。
 ホッとして先を続けるが、結局上手く要点を話すことも出来ず、ゲーム講座入門編の授業は終わってしまった。

「何ひとつ理解できなかったな」
「ですよね……」

 がっくり肩を落として項垂うなだれる。この時間はなんだったのだろう。

「ライラ。そなたちょっとここに座れ」
「へ?」

 ノルドはソファの端に身体を寄せて、空いたスペースに私を呼んだ。神様の隣に座るなんてさすがにおそれ多すぎるのではと躊躇ちゅうちょするけれど、それを口にしたらご機嫌斜めになりそうだったので素直にクッションからソファへとお尻を移動させる。

「もっと近くに寄れ」

 遠慮して端っこの方に座ると、呆れたようにノルドが言った。距離の近さは気にならないらしい。いっそぴったりくっついて嫌な顔をさせてみようかしら。
 思い立って肩を寄せ合う距離に座ると、ノルドは動じるどころか「それでいい」とのたまった。
 ツンもデレもないその反応にガッカリしていると、顎にノルドの指が触れた。そのままスイ、とノルドの方を向かせられる。なにを、と思っている間にノルドの顔が近付いてくる。
 心臓が大きく音を立てた。反射的にぎゅっと目を閉じる。その勢いで自然と顔がうつむいた。

「ぐぎゃっ!」

 その瞬間、額に衝撃を受けて思い切りうめいてしまった。

「……そなたもう少しかわいらしい声を上げられないものか」
「いきなり頭突きされたら無理ですよ! なんなんですか一体!」
「おなごのものとは思えん無様な悲鳴だったな」
「ノルド様ったら何百年も生きてるのにまだ女子に夢を抱いているんですか⁉」

 あまり痛くはなかったが、不意打ちの衝撃に涙目になりながら言い返すと、ノルドがムッとした顔になった。

「別に夢などないわ」
「女子がきゃーとか言うのは余裕がある時ですよ。覚えといてくださいね」

 まったく、そうやって女心がわからないから歴代の聖女が短期間でやめていってしまうのだ。

「そ、それは関係なかろう……」

 ノルドも言い返すが、心なしか自信がなさそうに見える。可哀想になってきたのでこの辺でやめておこう。

「で? 一体何がしたかったのですか」
「額を合わせたかっただけだ。ライラがいきなり動くからぶつかった」
「だからなんのためにです」
「そなたの説明があまりに下手くそなのでな。直接情報を見ようと思ったのだ」
「そんなことが出来るんですか?」
「肌を触れ合わせれば可能だ」
「先に言ってくださいよ。びっくり損じゃないですか」
「攻撃の意図はないのにそなたが騒ぐからこうなった」

 自分に非はないとノルドが胸を張る。いまいち納得はいかなかったが、これ以上文句を言うとへそを曲げてしまいそうだ。すみません、と頭を下げる。

「不服そうだな」
「気のせいです。さあどうぞ」

 さえぎるように言って、今度は自ら上を向くように額を差し出した。すると再びノルドの顔が近づいてくる。目を開けたままじっと待つ。今度は心構えをしていたから大丈夫だ。
 それにしても間近で見ても非の打ちどころのない美形だ。至近距離で見られて最高。幸せ。ボーナスステージありがとうございます神様。いや本物の神様目の前にいたわ。しかしホント眼福。生きててよかった。

「うるさい。黙っておれ。あと目を閉じよ」

 目を見開いたまま、あれこれ考える私と額を合わせたままノルドが呆れたように言う。頬がうっすらピンクに染まっているように見えるのは、たぶん気のせいではないだろう。もう数百年も生きてるのに照れ屋さんだなんて。なんてかわいらしい神様なのか。
 言われた通り目を閉じながら、口元が緩むのを止められなかった。


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