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その後、イーライは馬車はローゼンバーグの街屋敷まで走らせた。
ナディアを暖炉のある部屋に招き、フカフカの毛布にくるんで温めた牛乳を入れてくれたあとでぎゅっと抱きしめてくれた。
それから窓越しの時のような他愛のない話をして、ゆっくりとナディアの心を落ち着かせてくれた。

日をまたぐ頃に辺境伯が戻り、部屋を移しての話し合いが始まった。

「疲れているところすまないが、早く結果を知りたいだろう」
「ありがとうございます父上。是非聞かせてください」
「私も大丈夫です。どんな結果でも覚悟はできています」

イーライとナディアが意志の強い目でそう答えると、辺境伯はまっすぐに二人を見て深く頷いた。

「陛下とは話をつけた。本物の聖女がいるから十分だろうと」
「一体どんな話術でやりこめたんですか……」

辺境伯の言葉を受けて、イーライが呆れたように返す。

彼の言う通り、辺境伯は一体どうやってその着地点まで持っていったのだろうか。
きっと簡単にはいかなかったはずだ。だってロザリンド曰く、聖女を虐げていた女だ。

「私に対する、処罰は」

ごくりと唾を飲み込んで問う。
謀っていたつもりなんてないが、あの場では誰もがナディアのことを罪人と認識したはずだ。
捕らえられて拷問されてもおかしくはないはずなのに。

「それも問題ない。一人の少女を数年間に渡り監禁していたという事実を差し引けば、大した罪ではないのだからな」

言って辺境伯が鼻で笑う。
その目には怒りのようなものが滲んでいた。

彼自身騎士団を率いて先陣を切るという勇猛な戦士なのだ。
その眼光には背筋が寒くなるような凄みがあった。

「父上、お顔が鬼のようになっています」

気の抜けたような声でイーライが言って、そっとナディアの手を握る。
それから安心させるようにこちらを見て、にこりと微笑んだ。

「おおすまん、ついな」

それで辺境伯の表情が緩んで、ナディアの肩の力も抜けた。

「まあともかく。無事本物の聖女も見つかり、殿下も気に入って万々歳ということだ」
「父上は聖女制度には反対だったのではないのですか?」
「なに、望んで聖女になりたがる者がいるのだ。やらせておけばいい」

にやりと悪い顔で笑って辺境伯が言う。

「あれは聖女とは名ばかりの人柱だ。堂々と警護と監視をつけられるようになれば、これまで以上に自由などなくなるだろう」

それを聞いてゾッとする。
やはり聖女に自由などなかったのだ。
もしギリアンと結婚していたら、その先には絶望しかない。

「ナディアを陥れて成り上がろうとする女には似合いの末路ですね」

らしくない冷たい声音で言って、イーライが短く嘆息する。

「ごめん、今のは良くない言い方だった」

反省したように言って、イーライがナディアに頭を下げる。

「お前にしては珍しく感情的だな」

辺境伯が面白そうに言って、それからひたりとナディアに視線を向けた。

「それで、君は本当に息子と結婚する気はあるのか」
「はい。彼を愛しています」

屈強な騎士でも気圧されるような鋭い眼光で問われ、けれど逸らすことなくナディアは頷く。

隣でイーライが恥じらうように身じろぎをした。
彼がそばにいてくれるなら、ナディアはもう何も怖くなかった。

「……ふむ。ならばおまえたちの結婚を許そう」
「よろしいのですか……?」

反対されるのを覚悟していたのに、あまりにあっさり許可が出て思わず問い返してしまう。

「駆け落ちされても困るからな」

辺境伯が苦笑する。
その目元がイーライにそっくりだった。

「偽の聖女などいらぬという言質は取った。安心して式の準備をしなさい」

優しく言って、辺境伯が目を細める。

「君がどんな人間なのかはそこの愚息に嫌というほど聞かされた。私は君を歓迎するよ」
「……ありがとう、ございます」

信じられない思いで深々と頭を下げる。

隣でイーライが「余計なことを言わないでください」と焦ったように言っているのがおかしかった。

「しかし王都は大丈夫でしょうか」
「ふん、知ったことか。せいぜいあの性悪を崇め奉って自滅するがいい」

イーライの心配そうな問いに、辺境伯が嘲るように笑った。
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