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「もう一度、ちゃんと言わせてほしい」
「な、にを……?」
ぎこちなく問うと、イーライが真剣な顔で背筋を伸ばした。
「ナディアが好きだ。俺と一緒に逃げよう」
真っ直ぐにナディアの目を見て告げられたプロポーズに、堪えていた涙がひとつこぼれ落ちた。
もうナディアは聖女ではなくなってしまった。
ギリアンとの婚約も破棄され、逃げる必要もない。
それでもイーライは自分を必要としてくれている。
何も考えず今すぐ彼の胸に飛び込みたかった。
けれど先程浴びせられた罵倒の数々が脳裏によぎり、身体が竦んでしまう。
「……偽聖女で、なんの能力もない嘘つきなのに?」
自虐的な気持ちで問う。
何年も軟禁状態に耐え、国のために尽くしてきたのに、みんなあっさりとロザリンドを信じてしまった。
まるで聖女の力以外おまえは無価値だと言われているみたいで怖かった。
「そんなこと関係ある?」
けれど怪訝そうに眉をひそめながら逆に問われ、ナディアはぽかんとしてしまう。
その拍子に、涙がもう一粒零れ落ちた。
「ナディアと話せば嘘つきじゃないことくらい分かる。それに、聖女かどうかなんてどうだっていい」
きっぱり言い切って、イーライがナディアの涙をそっとぬぐう。
「君の歌声に惹かれた。歌う時の幸せそうな横顔に心を奪われた。どんな人間でも優しい言葉で語る、春の陽だまりみたいなナディアの世界を愛してる」
あのいかにも計算高そうな侍女を善人みたいに言うのは君くらいだよ、とイーライが揶揄うように言って優しく笑う。
そんなふうに想っていてくれたなんて。
陽だまりみたいなのはあなたのほうだ。
その笑顔に私は何度も救われてきたの。
涙はあとからあとから溢れて、返事をしたいのにうまく言葉が出てこなかった。
「ありっ、……がとう、イーライ……っ、私も、あなたが……!」
それでもしゃくりあげながら懸命に気持ちを伝える。
イーライは涙でくしゃくしゃになったナディアを笑いもせず、苦しそうに眉根を寄せてナディアを抱きしめた。
「帰ろうナディア。君のいる場所はあんな寂しいところじゃない」
ナディアの背中を宥めるように撫でながらイーライが言う。
だけどナディアに帰る場所なんてなかった。
聖女じゃなくなったナディアは、ただの孤児なのだから。
「でも、私……どこにも帰れない。家族なんていないもの」
「家族ならここにいる。俺じゃ頼りない?」
イーライが温かい微笑を浮かべながらナディアの目元に口づける。
「あなたがいい……っ、あなたじゃなきゃ、ダメなの……!」
胸が苦しくなるほどの幸福に満たされて、ナディアはイーライを抱き返し、声を上げて泣いた。
イーライはナディアが泣き止むまで、馬車に揺られながら辛抱強く待っていてくれた。
帰ろう。
イーライと一緒に。
この先どうなるかなんてまるで分からなかったけれど、イーライさえいてくれれば何も怖くない。
そう思えた。
王宮の離れでの暮らしには、なんの未練もなかった。
「な、にを……?」
ぎこちなく問うと、イーライが真剣な顔で背筋を伸ばした。
「ナディアが好きだ。俺と一緒に逃げよう」
真っ直ぐにナディアの目を見て告げられたプロポーズに、堪えていた涙がひとつこぼれ落ちた。
もうナディアは聖女ではなくなってしまった。
ギリアンとの婚約も破棄され、逃げる必要もない。
それでもイーライは自分を必要としてくれている。
何も考えず今すぐ彼の胸に飛び込みたかった。
けれど先程浴びせられた罵倒の数々が脳裏によぎり、身体が竦んでしまう。
「……偽聖女で、なんの能力もない嘘つきなのに?」
自虐的な気持ちで問う。
何年も軟禁状態に耐え、国のために尽くしてきたのに、みんなあっさりとロザリンドを信じてしまった。
まるで聖女の力以外おまえは無価値だと言われているみたいで怖かった。
「そんなこと関係ある?」
けれど怪訝そうに眉をひそめながら逆に問われ、ナディアはぽかんとしてしまう。
その拍子に、涙がもう一粒零れ落ちた。
「ナディアと話せば嘘つきじゃないことくらい分かる。それに、聖女かどうかなんてどうだっていい」
きっぱり言い切って、イーライがナディアの涙をそっとぬぐう。
「君の歌声に惹かれた。歌う時の幸せそうな横顔に心を奪われた。どんな人間でも優しい言葉で語る、春の陽だまりみたいなナディアの世界を愛してる」
あのいかにも計算高そうな侍女を善人みたいに言うのは君くらいだよ、とイーライが揶揄うように言って優しく笑う。
そんなふうに想っていてくれたなんて。
陽だまりみたいなのはあなたのほうだ。
その笑顔に私は何度も救われてきたの。
涙はあとからあとから溢れて、返事をしたいのにうまく言葉が出てこなかった。
「ありっ、……がとう、イーライ……っ、私も、あなたが……!」
それでもしゃくりあげながら懸命に気持ちを伝える。
イーライは涙でくしゃくしゃになったナディアを笑いもせず、苦しそうに眉根を寄せてナディアを抱きしめた。
「帰ろうナディア。君のいる場所はあんな寂しいところじゃない」
ナディアの背中を宥めるように撫でながらイーライが言う。
だけどナディアに帰る場所なんてなかった。
聖女じゃなくなったナディアは、ただの孤児なのだから。
「でも、私……どこにも帰れない。家族なんていないもの」
「家族ならここにいる。俺じゃ頼りない?」
イーライが温かい微笑を浮かべながらナディアの目元に口づける。
「あなたがいい……っ、あなたじゃなきゃ、ダメなの……!」
胸が苦しくなるほどの幸福に満たされて、ナディアはイーライを抱き返し、声を上げて泣いた。
イーライはナディアが泣き止むまで、馬車に揺られながら辛抱強く待っていてくれた。
帰ろう。
イーライと一緒に。
この先どうなるかなんてまるで分からなかったけれど、イーライさえいてくれれば何も怖くない。
そう思えた。
王宮の離れでの暮らしには、なんの未練もなかった。
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